愚かなる魔王
魔王は魔法剣を手にしたが、シャルの持つ魔剣とは相性が悪すぎる。
あの魔剣は魔王の言ったとおり、魔法の粒子で対象を切り裂く力がある。
しかもその対象とは物質だけではなく、魔法同士であるがために魔法も斬ることが可能だろう。
だからルナはもう一本の魔剣で、魔王の魔法陣を斬ることができた。
さらにシャルの魔剣は魔力が増していることで、魔王の結界魔法を切ることが容易なはずだ。
だとすれば打ち合いなどできずに、刃が触れ合えば一方的に魔王の魔法剣が消え失せる。
魔王は構えながらもシャルの出方を様子見た。
そして風が落ち着き始めたころ、シャルが花を踏み鳴らしながら一歩だけ進み出る。
やはり復讐として刃を振るかと、魔王は心なしか寂しい想いをして表情を曇らせた。
ここで思い出すのは、初めてシャルと森で特訓したときのことだ。
あの時は魔城にあった剣を使わせたが、本当に素人以下で刃物を使ったことすらないと思わせるほどだった。
体の動きも構えも最低レベルで話にならないほどに弱く、魔法でしかシャルには利点がないくらいだ。
そう思い返したせいで、数メートルの距離の間合いしかないにも関わらず、魔王にはどこか油断と隙ができていた。
そしてシャルが走り出すと、前と比べるのは馬鹿らしくなるほどの動きをみせた。
シャルの駆け出した反動と移動で吹き起こる風で花が宙を舞うと、まるでシャルの姿が消えたように魔王の目には映った。
背の低さを利用してなのか、更に身をかがめることで視点から外れてみせたのだ。
しかし驚くのはその身のこなしではなく、速さと力強さだ。
魔剣の魔力で驚異的な効力の付加魔法が発動しているため、今の速さは星の騎士に匹敵するほどであった。
それは魔王には遥か及ばないにしても、シャルの元の速さを考えたら別格すぎるものだ。
でも身の動きにしなやかさがないために、動きが硬くてキレも技の速さもない。
シャルが魔王の頭を狙って、横切りに魔剣をぎこちなくも振るった。
そのために魔王は驚きはしても、シャルの動きに合わせて魔法剣の刃をぶつけて防ごうとしてみせる。
けれどシャルの振るう魔剣と刃を交えると同時に、魔王の魔法剣はまるで水のようにあっさりと妨げることなく切断されていってしまう。
事前にそのことを予測していた魔王はすぐに魔法剣を消しながら、身をかがめることで避ける。
普通ならここで魔王は相手の腹部を殴りつける。
しかし握りこぶしをつくるだけで腕が動かなかった。
その動揺と躊躇は短い時間でも魔王の動きを完全に止めてしまい、ほとんど無防備となる。
その隙を逃さずか、シャルは魔剣を大きく縦に上から下へと振るった。
振られた魔剣の軌道は魔王の頭を裂くところにあり、精神的な面のせいで動けない魔王にはかわせない。
空気を切る音が聞こえたと共に、魔剣の剣先は地面へ斜めに突き刺さり刃に血が垂れた。
やがて垂れていく血は花に付着して、花を枯らす。
花が枯れたのは呪いの力が強すぎるがためにだ。
花は常に絶妙なバランスで咲いて生きている。
そこに生命力にしろ過剰な要素が一つでも交われば、花は美しく生きてはいけない。
生物も同じだ。
過剰な要素は身を殺す。
「魔王の馬鹿…!」
シャルは呟いた。
その言葉に、魔王は驚きながらもほくそ笑んだ。
「ふっ、何がだ?反撃をしなかったことか?それとも攻撃を避けもしなかったことか?」
魔王は魔剣の攻撃を避けはしなかった。
でも魔王の頬がかすかに裂けて斬れているだけで、大ケガしている所は何一つない。
シャルが意図的に魔剣の軌道をずらして、魔王を斬らなかったのだ。
今の戦闘のことを口にする魔王に対して、シャルは首を横に振る。
そしてくぐもった声で悲痛なる思いを叫んだ。
「違うっ…!そんなことじゃないよ!なんで魔王も……魔王もお父さんと同じなの…!?なんで…!」
ずっと俯いたままだったシャルは顔をあげた。
赤く腫らした目、大粒の涙、歪んだ口元に引きつった頬。
それは魔王が初めて目にする、シャルの心底から泣いている顔だ。
そのぐしゃぐしゃに歪んだ表情のまま、シャルは一度息を飲んでから泣きながら言葉を続けた。
「なんで魔王も私の想いを理解してくれないの!?どうして私のして欲しいことや望んでいることは、こんなことじゃないと分からないの…!おかしいよ…!私は魔王との繋がりを断ち切ることが……望みなんかじゃないっ…!もし私に償いをしたいなら、お父さんの言葉通りに私を守ってよ!今までのように私を助けてよ!それが私にとっての一番なのに、どうして分かってくれないんですか…!」
「シャル…俺は……」
「言い訳なんてしないでください!私には……もう、魔王しかいないんですから…!それを理解して………くださいよ…馬鹿。ばかばかばかっ!魔王の馬鹿ー!」
シャルは幼い子供のように叫んだ。
そして幼い子供のように泣いた。
彼女が欲しいのは力でも、自己満足な思いでもない。
他人との繋がり、大切な存在を欲していた。
考えてみればそれは当然のはずなのだ。
千年近くも孤独に生きていて、手に入れるどころか無くしたものが絆なのだから。
同じく千年前に繋がりを無くし、全てを捨ててしまっていた魔王はそのことに気付けなかった。
魔王は絆というのを蔑ろにして生きていたが、シャルはそれを一番として生きていた。
今まで魔王が捨てていたものが、シャルにとって一番に必要なものとは皮肉だった。
シャルは魔剣を花原へ投げ捨て、泣きながら魔王に抱きついた。
それは繋がり確かめる行為。
この繋がりを無くしたくないという意思表示で、離れたくないという強い想い。
「お願いです、魔王……。魔王まで私の前から消えないで……ください」
魔王は初めて気づく。
シャルがここまで自分を必要にしているのだと、シャルがどんな想いで一緒にいたのかと。
自分は愚かだったと思うしかない。
やはり相手のためだと思っていても、結局は自分のことしか考えれていなかったのだ。
復讐を促す言葉をかけたことに魔王は酷く悔いた。
「……すまない、シャル。俺が無神経だった。そして何も分かっていなかった。大丈夫だ、俺は……お前を手放さない。いつまでも一緒にいると、前にも誓ったからな」
魔王はシャルの小さな頭を撫でる。
できるだけ優しく緑の髪に触れ、あまり撫でるということをしたことないために、少し不格好ながらも魔王はシャルの気持ちが落ち着くようにと接した。
そして物静かな口調で囁いた。
「侘びとして、お前が落ち着くまでここで休もう。シャル……約束通り、俺はお前を守り続ける。俺が死ぬ瞬間まで、そしてお前に寿命が訪れて灯火が消えるその瞬間まで。それまで、俺たちは一緒だ……」
魔王は想いにふけるように目を細め、泣き続けるシャルを抱きしめ返した。




