シャルの父が残したもの
魔王とシャルは転移した先へと着地した。
一体ここはどこだろうかとシャルが周りを見渡すと、そこは小さな島だった。
直径五十メートルほどしかない小さすぎる島で、遠くを見ると一面は海だけで他の地面が一切見えもしない。
そして足元には一面に色とりどりの花たちが咲き乱れていて、足の踏み場に困ってしまうほどだ。
他には孤島の中央に木が一本だけ生えているだけで特別なものはない。
ただ静かな波の音が聞こえてくるのと、花の香りが辺りを満たすばかりである。
「魔王…ここは?」
「ここは西の地より更に西にある島。かつてエルフが住んでいた場所の一部だ。他のエルフの地は全て海の底だが、ここだけが唯一残った。せっかくだからな、エルフに馴染み深い地へと埋葬したのだ。お前の父はあの木の下に埋めた。祈りを捧げてやれ」
魔王に促されて、シャルは島に唯一ある大木へと近づいた。
しかしシャルは何度か大木を見上げたり根の方へと目線を移したりと、祈るような素振りはしない。
いきなり言われて把握できずに戸惑っているのかと、魔王はシャルに再び祈りを促す言葉をかけた。
「どうした、シャル。父に、何か掛ける言葉はないのか?」
「……そんなの分かりません。今更…、言う言葉なんてないです。私が話したいのは……生きている父であって、死んでいる父に話したいことは一つもありません」
「そういうものか?しかし、それでも言っておきたい言葉や伝えたいことはあるだろう。お前の想いは死んだ父の魂に、魔力の波長により届くはずだ」
魔王はそういったが、シャルは祈るわけでもなく戸惑いながらも首を横に振るだけだった。
やはり死を受け入れられないことがあるのか、それとも別のことを気にしてしまっているのか。
シャルは大木を見つめながら、後ろに立っている魔王にいつもとは微妙に違う気力のない口調で話しかけた。
「……魔王からみて、父はどんなエルフでしたか?面識が最期のときの一度だけだったとしても、私はそれを………聞きたいです」
「お前の父か。…そうだな、正義感の強く穢れを恐れない良き父だろうな。俺と違い、自己のためだけではなく、他者の事を考えて行動する立派なエルフだ。きっと、一番エルフらしくなくてエルフの理想に程遠い存在だ」
「エルフの理想…ですか?」
「エルフは穢れを嫌っていた。純粋な純血だけを好み、それが正しいという思想の種族だ。妖精の種族だけは認めていたようだが、それでも混血は極端に嫌われていた。妖精以外の種族の混血なら尚更酷いものだ。その中、お前の父は妖精と誓いを交わしてシャルという子を得た」
実は半精霊という呼び名は差別名と言ってもいい。
妖精でもなく、エルフでもなく、精霊でもないできそこないの半端者。
その呼び名をつけたのはエルフであり、そこからもエルフがいかに混血を嫌っていたのか意味さえ知っていれば推測できる。
「そして何よりシャル、この魔剣を持ってみろ。この魔剣こそが、お前の父が俺と違って他人のためにあろうとしたか分かる」
魔王はそう言いながら、小屋から持ってきた魔剣をシャルに差し出した。
どういう意図か分からずに、シャルは魔剣を片手で受け取って持ってみせる。
一体これが父の偉大さにどうして繋がるのか、シャルには分からない。
しかし魔王はシャルが魔剣を持った立ち姿を見て、口元を緩めて笑ってみせた。
「その魔剣、持っていてどうだ?」
「…特には。父が丹精込めて鍛え上げた……魔力を感じる剣です」
「重さは?」
「え?あ……」
シャルはここで気づく。
魔剣がまるでプラスチック材質のように軽い。
この剣なら非力が特徴である妖精でも充分に扱える。
そのためシャルはベッドの下から取り出すときも、そして今も姿勢を崩すことなく魔剣を持っていた。
大悪魔と剣の打ち合いの特訓をしていたときは、振るのもやっとで体力の消費も魔力の消費もとてつもなく大きかった。
けれどこれほどに魔剣に重みがないなら、魔法に集中できるし動きも安定する。
魔王は驚いているシャルに続けて指摘した。
「魔剣に重みが少ないのは、シャルの父親の付加魔法の一つによるものだろうな。さらにその状態から魔剣か自分に付加魔法を使ってみろ。きっと、それこそが魔剣の真価を発揮する」
「…分かりました」
シャルは魔王の言われた通りに、自分と魔剣に付加魔法を発動させた。
魔剣には更に質量の軽量を、自分には力の付加を。
このとき、シャルは気づく。
魔剣の魔力が自分の魔力と連動して、効力が激的に変化していることを。
今までと感覚がまるで違う。
そして魔剣から感じる。
父親の魔力の感覚が自分の身に流れ、力を貸してくれているのが分かる。
しかもこの父親の魔力は長年込められているもののために、本来父親が持っている魔力とは比較にならないほどに強力で、シャルの何十倍を越える魔力だ。
これほどに桁違いの魔力なのに、自分の思い通りに扱えた。
それは父親と同じ系統の付加の魔力を持つからこそ、魔力の乱れが起きずに安定するためだ。
「どうやらその魔剣は魔力の粒子を纏っているようで、それで切れ味が変化しているみたいだ。つまり持ち主の魔力が大きければ大きいほど、粒子の流動は素早く密度も高くなり、切れ味が更にあがる。しかも、魔剣の魔力と完全に同化しているお前ならその変化は絶大だ」
「そう…なんですか。でも…それだと、この魔剣はまるで……」
「そうだ。その魔剣はシャルのために作られた。お前の父が、お前に残すことを考えていたのだ」
「そんな……、でも魔剣だけ…残されても私は…!私に本当に必要なのは剣じゃなかったのに!」
「シャルの父親が残したのは魔剣だけではない。実は俺は、お前の父から二つの言葉を託されている」
「二つの言葉…?なんですかそれ…」
シャルは唇を噛み締めて、感情を押し殺しながらも言葉を何とか発した。
同時に手にある魔剣の輝きが強くなっている。
シャルの激しい感情の乱れが、魔力に影響を与えて魔剣に纏っている魔力も変化しているのだ。
魔王はその魔力によりシャルの動揺に気づきつつも、言うべきだと判断して冷静に話した。
「シャルの父親が死ぬ直前、自分の魔剣で胸を刺し貫いて本当の最期の最後にだ。俺に一つの頼みごとと、シャルへ伝えてくれという言葉。…一つの俺への頼みごとが、娘を助けてやってくれ、だ。妙な言葉だった。見逃してくれではなく、助けてやってくれだぞ。まるでお前を守れという意味だ。そんな言葉を言ったのだ。敵であった俺に」
シャルは率直に、自分の父親らしい言葉だと思った。
あぁ、思い出す。
父がどんな人物だったのか。
お父さんと過ごした日々がどういうものだったのか。
そうして思い出す中、魔王の言葉を聞き続けた。
「そして最後に、お前の父はこう言った。帰れなくてすまない、お父さんはずっと見守っていると娘に伝えてくれと」
この言葉を聞いた瞬間、シャルの頬に涙が流れた。
父親がどうしていなくなったのか、帰って来なかったのかシャルは知らなかった。
もしかしたら私は捨てられたのかと思うこともあった。
それでもシャルは父を探し続けて、生き続けた。
それは父に会いたかったから。
だから何百年も探して、生きて、泣いて、頑張って、何度も何度も死にかけながらも父の影を追い続けた。
でも父はずっと見守っていると、近くにいると気付けなかった。
気づけるわけがなかった。
父は死んでいないと、生きていると信じ続けていたからこそ気づけないのだ。
死という現実から目を逸らしていたために。
シャルはうつむきながら大木へ振り向き直り、魔剣を地面に刺した。
そして魔剣に寄りかかるようにして前かがみにしゃがみ込み、嗚咽と一緒に言葉を吐いた。
その言葉は死んだ父へのもの。
死んだ父に話すことはないと言っていたが、今にして全てが胸の奥からこみ上げてきた。
「馬鹿…!お父さんの馬鹿っ…!私は…、こんな剣や言葉を遺して欲しかったわけじゃない!お父さんが残ってくれるのが、帰ってくるのが一番嬉しい…ことなのに…!なのに……、なんでいなくなったの!死んじゃったの…!嫌だよ私は悲しいよ!」
目の奥が熱く、胸や呼吸が苦しい。
頭も痛い。
感情でこんなに身体に影響がでるなんて、シャルにとっては何百年ぶりか。
魔王と会ってから初めて、次々と目から流れる涙と共に本心の言葉が口から出てくる。
「帰ってきてよ、お父さん!私はお父さんに会いたい、話したい!お帰りって言ってお出迎えしたい!本当に馬鹿…!お父さんはこんなにも私のことを大切に想っているのに、なんで一番の私の願いを知らないの!裏切っちゃうのよ!私もこんなにお父さんの安全を想っていたのに…!お父さんだけが私のために何かしてくれて、一方的に居なくなるなんてずるいよ!お父さん…!」
まだ言いたいことはある。
でも喉が詰まって、言葉にすることができない。
嗚咽ばかりが漏れて、シャルは苦しい気持ちでいっぱいになる。
何も考えれないほどに、ただ悲しい。
魔王は泣き崩れているシャルの後ろ姿を、哀愁ある目で見守っていた。
そしてシャルの告白を聴いていた魔王は、しばらくしてシャルを呼びかける。
「シャル」
シャルは振り返らずに泣き続けるばかりだ。
それでも魔王は一つの提案をなげかけた。
それは正しい提案であるが、するべきではない提案。
「シャルよ、お前の父は死んだ。最期は自殺によるものだが、やはり俺はお前の父親の仇となるだろう。もし父の仇を討ちたいと、父の最後の願いを遂げてやりたいのなら、その魔剣を俺に向けるといい。お前の父は俺を殺すことが狙いだった。だから、お前には俺に刃を向けるのに充分な理由がある。もし仇を討ちたいのなら、俺を殺してみろ…」
それを聞いたシャルは俯いたまま立ち上がり、魔剣を構えて刃を魔王に向けた。
風が吹き、シャルの緑の髪と魔王の赤い髪、そして地面に咲き乱れた花と大木の葉が揺れた。
いくつか花びらが舞うとき、シャルの手にある魔剣に強大な魔力が流れ出す。
魔王は結界魔法で作り上げた魔法剣を手にしてシャルを見据えたが、シャルは俯いたままで表情が見えなかった。




