魔剣とシャルの父
魔王とシャルが歩き続けていくと、一つの小さな家が見えてきた。
そこは枯れた枝や植物たちに外装が絡まれて侵食されている、いかにも古ぼけた家だ。
それでも千年近くも建っていたと考えれば、よく形状が残っていたものだと感心する。
けれど屋根の色も剥げていて、どれもボロボロな状態で住めるような建物ではない。
魔王はその朽ちてしまいそうな小屋をみながら呟いた。
「これがお前の住んでいた家か?かすかにだが付加魔法が家に込められているな。それでも劣化は酷いものだが」
「お父さんの付加魔法が……効力を失ってしまって、代わりに私の付加魔法で材質を無理に………保たせていたんです。やっぱり……、お父さんや魔王のようにはできませんでしたけど。こっちです」
シャルは小屋に近づいて汚れた扉を開ける。
鍵が掛かっていないことを考えると、中は獣によって荒らされていてもおかしくない。
中は酷い惨状なんだろうなと覚悟をして、シャルと魔王は小屋の中を覗き込んだ。
しかし意外にも部屋の中は整理されていて、とても長年放置されていたものだと思えない状態だった。
埃も少ないし、蜘蛛の巣すら張っている様子はない。
このことにシャルは違和感を覚えたようで家に入るなり、部屋の中を見回りだした。
暖房やテーブル、ベッドに簡易的な厨房、照明のランプにタンスなどの家具に数少ない道具。
そして一通り見終わった後に、シャルは魔王に小さな声で言った。
「…よく分からないですけど、最近まで誰かが使っていた……みたいです。でも道具を見る限り、もう出て行ったらしいです」
「旅人か、部下の魔物が簡易的な休憩所として使ったのだろうな。何百年と放置されていたのなら、別の誰かが使っていてもおかしくない。それで、お目当ての形見の剣は大丈夫なのか?」
「そうでした…。でも、きっと大丈夫です。隠して……ありましたから」
シャルはそう言うなり、ベッドの下へと潜り込み始めた。
さすがにそこまでは清掃がされているわけではないようで、枯葉などが溜まっていたがシャルはそんなことを気にせずに何やら物音を立てる。
その間に魔王は部屋を見渡して特に意味もなく、適当に物色しながら時間を潰して待つ。
そしてシャルはベッドの下の床の板を外して、そこから布に包まれた長い棒のような物を取り出してきた。
きっと中には形見の剣が包まれているのだろう。
シャルは被っていた青い帽子の汚れを叩き落としながら、テーブルの上に取り出した物を置いた。
そこでシャルが剣に巻かれた布を解くために縛ってあった紐を解いていくが、その動作の時に魔王はまだ姿見えぬ剣の違和感に気づいた。
それは遥か昔、感じたことのある魔力。
数百年前に戦った最後のエルフが使っていた魔剣と同じ魔力が、今シャルが取り出そうとしている剣からまったく同じものを感じる。
「まさか…」
魔王はここで気づく。
いや、むしろなぜ今まで気付かなかったのか。
薄々とどこかで分かっていたのかもしれない。
それでも、魔王は今まで深く考えることが無かったために確信へと至ることはなかった。
「どうしました…、魔王?」
シャルが巻かれた布を取り払ったとき、中から現れたのは銀と青色の刃をもつ魔力が込められた剣だった。
つまりは魔剣だ。
今では世に二本しか存在しない内のひと振りの魔剣。
そしてその魔剣の本来の持ち主を魔王はよく知っている。
いや、シャルの方が本来の持ち主については詳しく知っているだろう。
でも魔王はその持ち主の最期を唯一知っている。
「シャル、これはお前の父親の剣……なのか?」
「そうです…。私のお父さんは……二つの剣を持って出て行きました。片方はまだ見つかっていませんが……、これは西の地で探している時に…見つけたのです」
「そうか。なら、あのエルフはお前の父親だったというわけか」
魔王のこの言葉にシャルは僅かに目を見開いた。
今の言動だと、魔王はシャルの父親のことを知っていることになるからだ。
だからシャルは戸惑いや動揺がありながらも、急ぎ口調で魔王を問い詰めた。
「どういうことですか魔王…。私の……お父さんのことを知っているのですか?」
シャルは真っ直ぐな目で魔王の顔を見つめる。
このシャルの真剣な言葉と瞳に、魔王は目線を逸らしながらもためらう事なく答えた。
「あぁ、知っている。だがシャル、お前の父と俺が仲が良かったわけではない。むしろ真逆だ。だから側面的なことは知らない。しかし、お前の父がどうなったのかは知っている」
「どうなったか…?それは、どういうことです?……お父さんは…、生きて……いるのですか?」
「いや、お前の父はもう生きていない」
魔王の言葉にシャルは唾を飲むような動作をする。
表情をこわばらせて、体が硬直したかのように身を引き締めて固まる。
かすかに息も荒くなり、胸が嫌な方へと高鳴る。
かなりの衝撃があったのだとは思うが、それでもシャルは震える言葉で続けた。
「それは……薄々分かっては………いました。だから今更…、悲しむことはないです…。でも、魔王。お父さんがどうして生きていないのと……確信持って言えるのですか?その理由を……、私は聞きたい…です」
「………俺の目の前で死んだからだ」
「え…?」
「お前の父は、俺に戦いを挑み、俺の目の前で死んだ。だからお前の父親が死んだと断言できる」
「魔王に戦い…?お父さんが…?意味が……分からない」
シャルは困惑して、腰を抜かしたように床へと座り込んでしまう。
そして目をかたく瞑り、手で頭を押さえた。
蘇る記憶、夢で回想された映像、最後の思い出、最期の会話。
お父さんはそいつとよく話さないといけない。
シャルのもとから去る日、お父さんはシャルに言った。
そいつを指している言葉が魔王のことなら、魔王やお父さんの言葉の意味が理解できる。
それでも理解しきれない。
分かっているのに整理しきれない。
変な感情と混乱が頭の中をかき乱す。
熱くて悲しい想いが喉や胸の奥を詰まらせて、冷静でなんていられない。
よく分からないのに苦しい。
よく分からないからこそ苦しい。
「どういうこと…、分からない。私には分からない…!」
「シャル、端的に言わせてもらうが、お前の父は種族の仇を討つために俺に戦いを挑んだのだ。俺がそれを迎え討ち、シャルの父が死んだ。それだけの話だ」
「魔王が…、魔王が私のお父さんを殺したの…?」
「……どうだろうな。それは難しい質問だ。原因は確かに俺だ。しかし死に至ってしまった経緯は俺によるものではない」
シャルは顔をあげた。
その時のシャルの顔を見て、魔王は感情を表情に出さないようにと目を細めた。
シャルの目はうっすらと赤くなり、透明な雫が溜まっている。
その雫はもっとも感情が昂ぶった時にでるもの。
だから魔王はシャルの想いを理解し、捨てたはずの心を痛めた。
「どういうことなんですか…?」
「その時、すでに俺は今のような…今以上の力を持っていた。だからお前の父は俺と対等の力を得るために、呪いの力に触れたのだ。しかし呪いの力には魔法の血……、エルフや妖精のような魔力を扱える者の血が必要なのだ。そしてすでに魔法の血を持つ者は俺とシャル、それとシャルの父親のみだった。だからお前の父は自らの血を使い、呪いの力を得た。おそらく本人は分かっていただろう。それが自殺行為だと」
「…それで、お父さんはどうなったんです…?」
「自分の血を贄に、力を得たのだ。それは自らの血を全て抜き取るのと同じ行為。そして呪いは血は決められた量だけを、呪いの力に変換できるという便利なものではない。本人の意図に関わらず、体内の魔法の血が全て捧げられたのだ。呪いの力という世界の理から外れた力によって体は動かせたが、長く保つことはできなかった。俺の目の前に来た時は、すでに満身創痍だった。言葉に尽くしがたいほどの状態のな」
すでにシャルは黙って言葉を聞くだけだ。
もはや言葉に出すほど思考力に余裕がないために、ただ魔王の言葉を聞くしかなかったのだ。
だからか魔王は言葉を続けた。
「そして少し話してから交戦し、俺が攻撃を与える前にお前の父は……苦しみ倒れた。それから呪いの力に身を蝕まれ、理性を殺されてお前の父は狂気そのものとなった。だから俺は言い訳になってしまうだろうが、情けとしてお前の父を殺そうとした」
シャルの父の凶暴化は、シャルには想像できないだろう。
だけど、魔王にはすぐに思い出すことができる。
それはシャルの父親の変化が印象に残っているだけはなく、ついさっき洞窟内で同じように狂気に苛まれた魔物を見たからだ。
まさにシャルの父は、洞窟内で魔王を襲ったオークと同じ状態だった。
「だが、俺は殺すことができなかった。お前の父は最後に高潔であろうとしたのか、自分の体を魔剣で貫いたのだ。自ら命を絶った。そしてお前の父は最期の最後に…」
魔王はそこで言葉を区切った。
シャルは魔王が続けて言うのかと思って黙ったままだが、魔王は言葉に出さず気難しい顔をした。
一体何を思い返しているのか。
魔王はしばらく黙った後、テーブルの上に置かれた魔剣を手にとった。
それからシャルの手を無理矢理にとって静かに言った。
「シャル、お前の父を埋葬した所に連れて行ってやる。シャルの祈りがあればお前の父も安否を知って喜ぶだろう。いくぞ」
「え、あ……」
シャルが何も気持ちに整理がついていないにも関わらず、魔王は強制的に転移魔法を発動させてシャルと魔王は小屋から姿を消した。




