残留せし呪い
魔王とシャルは西の地の森に降り立ち、周りを見渡した。
西と限定していても、歩いて探索する広さとしては有り余るほどにある。
とりあえず魔王は地帝を探してみるのが先決かと、横目にシャルに提案してみる。
「まずは地帝の奴から話を聞こうか。最近のここの一帯は地帝に任せているからな。シャル、特に問題はないな?」
「え…あ、はい」
シャルは妙な態度を見せて答えてきた。
いつも吃った様子はあるが、今のは少しばかり不自然な反応だ。
だから魔王は続けてシャルに問いかけた。
「どうした?何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ…その、あとでいいので私の住んでいた小屋を見にいきませんか?特別、物があるわけではないのですけど、一応……父が残した剣があるので。手入れだけは……しておきたいなと」
「剣?…あぁ、いいぞ。地帝の報告を聞いたあとで構わないならな」
「大丈夫です。では、地帝さんを探しましょう…。どこにいるのですか?」
その問い返しに、魔王は懐から一枚の紙を取り出した。
それは執務室からいつの間にか持ち出してきていた報告書の一枚だ。
報告書の内容はルナの発見した場所、それと建物や洞窟の調査の結果だ。
魔王はそれらに目を通しながら何気なく答えた。
「ふむ、砦や支城にいる可能性はあるが地帝は外を好むからな。おそらく時間帯を考えるかぎり外にいるはずだ。待ちぼうけは嫌なのでな。こちらから歩いて探しだそうか」
「地帝さんの場所、分からないのですね…。ならまずはどこへ…?」
「しらみ潰しに近くの洞窟からだ。ついてこい」
魔王は方向をしっかりと把握しているらしく、戸惑いなく歩き出して行った。
これなら私の案内とかいらないんだろうなと思いつつも、シャルは魔王の後ろを追っていく。
すると、洞窟へ向かう道中に多くの血の跡が目に付いた。
その血の跡を目で追うと、体が切断された魔物の死体が朽ちるように倒れている。
この異常な光景にシャルは不安を隠せないでいて、震えた声で魔王に声をかけた。
「魔王…これは一体なんですか…。沢山の死体……。嫌、です。私……なんだか怖いです」
「…ルナかその一味の仕業だろうな。おそらくだが。どうもこの様子だと地帝もただでは済んではいまい」
魔王は表情を曇らせながらも、魔物の死体には目もくれず歩き続けた。
シャルは一つ一つの魔物の惨状なる死体を見ては怯えて、魔王の腕にぴったりとくっつきながら警戒して同じように歩く。
そして洞窟の手前に着くと、あまりにも多すぎる魔物の死体の山がそこにあった。
ひと目で魔物が惨敗したのだと分かるほどの光景だ。
大胆に飛沫した血、弾けた肉片、どの魔物ものかすら分からぬ肉体の一部、動かぬ屍達。
地帝もいたと考えると、さすがにルナや天狼の手練だけでは不可能だと思える数だ。
しかし他に手練の人物が人間側にいただろうか。
セイラという特殊部隊の一人もいるが、注目するほどの実力の持ち主ではない。
そうとなると、魔王には心当たる人物など存在しなかった。
「魔王…、あれ……」
魔王が考えながら魔物の死体の山を眺めていると、シャルが指をさしながら呼びかけてきた。
他にも何かあるのかと魔王はシャルの指さした先を見ると、そこには小さな体をしたスライムがいた。
そのスライムは魔王にとってはよく見覚えがある。
魔王軍の部隊長を務めている一匹のエンシェントスライムだ。
シャルも軍議の時に一度みかけたことがあるので、ぼんやりとながらも覚えていたようだ。
魔王とシャルはゆっくりとながらもエンシェントスライムに歩み寄って、魔王が声をかけた。
「どうしたエンシェント。ずいぶんと体が小さくなっているではないか。よほどのダメージをくらったようだな。マッチの火でトドメを刺されそうなほどに生命力が弱っているぞ」
「魔王様、すみません、敵にやられてしまったのでこんなザマです」
エンシェントスライムは抑揚がなく、途切れの間隔も極端に短いという特徴的な口調で喋りだした。
スライムであるがために、会話は体の震えで起こす音の振動によるものだから少し奇妙な耳障りだ。
だから慣れていないと少し聞きづらくもある。
「そうか、誰にやられた?」
「勇者と知られているアテナ、そいつにやられました、とんでもない動きと人間離れした力の拳で叩き潰されたのです」
エンシェントスライムがアテナという名前を出したとき、魔王は眉をひそめた。
それは驚きだけによる表情の変化ではなく、もっと色んな意味や感情が含まれたものだ。
魔王自身も理解しきれない、複雑な思いがわき立つ。
「アテナ?おかしい話だ。俺はアテナは死んでいると報告を受けている」
「私もそう聞いていました、しかし勇者にやられたのは事実です、つまり答えは簡単、生きていたということです」
「……納得がいかんな。もしエンシェントが見かけたのが、本当に俺の知るアテナだとしても釈然とせん」
魔王が否定の形から入るのは当たり前だった。
不満なのは魔人からはどう見ても生きてはいないと報告を受けた事だけではなく、エンシェントスライムを拳で叩き潰したこともだ。
人間の手の大きさから考えるに、その拳でエンシェントスライムを叩き潰すのに必要な力は尋常なものではない。
仮にアテナが生きていたとしても、そんな力が発揮できる容態ではなかっただろうし、必要な力は大悪魔レベルになる。
そこまでの力、魔王の知るアテナには到底及ばないはずだ。
「とりあえずは分かった。それで地帝はどこにいる?もし地帝がやられてしまっていても、エンシェントのお前が生きているのなら地帝もトドメは刺されてないはずだ」
「地帝様はここから南の森を抜けた先で戦っていました、今もいるかは分かりませんが、それより一つ補足として報告しておきたいのですが、よろしいですか?」
「なんだ?」
「その勇者アテナは洞窟から抜けてから異常な力を見せたのです、それまで洞窟に入る前はただの病人だったのです」
「洞窟から出て?…ならば先に洞窟内を調べておこうか。何か手がかりがあるかもしれん。シャル、すまないがここでエンシェントの体力を回復させてやってくれ。俺は洞窟内を見ておく。すぐに戻るから頼んだぞ」
「はい……、気をつけて魔王。ではエンシェントさん、リラックスしてください」
シャルは治癒魔法を発動させてエンシェントスライムの回復に当たる。
見た目の変化はほとんどないが、わずかに体積が増して大きさが戻っているにように思える。
そして魔王はシャルとエンシェントスライムを置いて、洞窟内へと足を踏み入れた。
洞窟内は薄暗くて視界も悪いために、魔王は灯りがわりに手元で炎魔法を発動させた。
小さな火の玉で辺りを照らす光を拡散させて、足元もよく見えるようになる。
おまけに地面に無残にも転がっている魔物の死体もよく見えた。
全てというわけではないが、ほとんどの傷は剣による切り口だと見て分かる。
それもかなりの力と切れ味による切断で、驚くほどに綺麗に切断されている。
鮮やかに直線に斬れていることを考えると、相当な速さで剣を扱ったのは間違いない。
アテナも十分な斬撃を見せてはくれたが、さすがに切断するほどではなかったはずだ。
現状が証拠で当時のことを表しているはずなのに、余計に魔王の中では謎が深まるばかりだ。
「む、扉か」
魔王が歩き続けていると、やがては行き止まりとなる壁と扉を目で捉えた。
妙な感覚だ。
扉の先から歪んだ雰囲気を肌で感じ取れる。
それでも魔王は躊躇いなく、扉を開けようとしたがドアノブにべったりと血が付着していることに気がついた。
付着の仕方がまるで拭き取ったように伸びていて、飛沫した血が付着したものではないと分かる。
血の付いた手でドアノブに触れたのだ。
魔王は嫌な予感を抱きつつも、ドアノブを捻って扉を開けた。
そして部屋の中に入ると、そこには一匹のオークがいた。
部屋一面に描かれた魔術の模様の中に、魔王に背中を向けてぽつんとオークが立ちすくんでいる。
部屋に描かれている模様も気になったが、それよりオークの異常な様子に、魔王はオークが吐く呼吸で逸早く感じ取った。
特別荒れた呼吸でも、無音な呼吸でもない。
ただ、オークの口から吐かれている息がこの世界の空気によるものではない。
「なんだ、生き残りか?そこに佇んでどうした」
魔王はひとまずは敵意がないように装いながらオークに近づいた。
そして振り向かせようと肩に手をかけようとした時、オークは雄叫びをあげて振り返ってきた。
振り返って見せた顔は白目を剥いていながらも赤く染まっていて、平常ではないとすぐに察せた。
すかさず魔王は問答無用にオークの頭を蹴り飛ばして、オークの頭が大きく折れ曲がる。
しかしまるで不死身だと言わんばかりにオークは折れ曲がった頭のまま体を激しく動かして、魔王へ襲いかかった。
「やれやれ、呪いの力の残留に当てられたか。俺に後処理をさせるとは厄介なことをしてくれる」
襲いかかってきたオークの胸にはナイフが刺さっていて、それは間違いなく肺を貫いているものだった。
だがそんなこともお構いなしにオークは胸に刺さっていたナイフを自ら抉って傷を広げながらも抜き取り、魔王へと投げつけてきた。
飛んでくるナイフは素早いが、面をくらうほどではない。
どうやらオークの精神が狂っているだけで、特別な力はないようだ。
魔王はナイフを受け止めて、流れるように投げ返してオークの目にナイフを突き刺した。
血は跳ねるがオークは痛がる素振りを見せずに、そのまま魔王へ飛びかかっていく。
オークは元から肉体や生命力が強いせいで、まるで化物みたいな動作だが強さは大したものではない。
魔王はオークの腕に触れると同時に、相手の体を捻って床へと叩きつけた。
そこから更にオークの腕を無理矢理に捻り、片腕を関節を外すと一緒に折ってしまう。
それでもオークは悲鳴ではなく狂気の雄叫びをあげて暴れだし、まだ魔王を襲おうとする。
「痛みで正気…、には戻らんか。かわいそうな奴だ。大人しくひと思いに殺してやろう」
魔王はオークの腕を引っ張ることで強制的に立ち上がらせる。
そしてオークの姿勢のバランスが崩れたところでナイフを抜き取り、ナイフで首を跳ね飛ばして続けて胸の心臓にナイフを突き立てて強く蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたオークの体が壁に衝突すると共に、切り落とされて生首となった頭が床に転がり落ちる。
こうして襲ってきたオークに魔王は特に動揺することなく、部屋をもう一度見渡して静かに深く呼吸をする。
かすかに感じる魔王と同じ呪いの力。
誰かが、何度かこの世界の境界に触れてしまっているために別の世界へ干渉しだしている。
魔王は舌打ちをしながらも、結界魔法を展開させて部屋を包み込んだ。
「まったく、不吉な伝承を俺が伝えたというのに誰かが呪いの力を使ったか。半端な知識でリスクを知らずにするとは馬鹿な奴だ。……いや、こうなってしまっては、最初に呪いに触れた俺が一番の馬鹿なのか。ちっ……」
魔王は不機嫌にしながらも転移魔法を発動させて、結界魔法を残して部屋の前へと出ていった。




