動き出す歯車
「はにゃ~ん……、魔王様のばかぁん。こんなの私一人で処理できるわけないじゃないですかぁ。今頃シャルちゃんとデートとか羨ましすぎますよぉ。私もシャルちゃんとデートしたいですぅ」
北の地の支城の仮の執務室。
そこではサキュバスが紙に埋もれるようにして悶えていた。
総本拠地であった本城は燃やされてしまったために、今は場所を移して支城だったところを新総本拠地として魔王軍は活動している。
そのために単純なる仕事だけではなく、多くのことの物事の処理や整理が山積みとなっていてサキュバスは非常に多忙となっていた。
「ふむ、頑張っているようだな。愚痴りながらもするその真面目な姿勢、素直に感心するぞ」
魔王の声が聞こえたためにサキュバスは慌てて紙の海から飛び上がり、体を起こして魔王とシャルの姿を見た。
しかし魔王の突然の帰還に慣れているのか、サキュバスは特に取り繕うこともなくだらしない表情でぼやく。
「あぁ、魔王様ですかぁ。って、なんでシャルちゃん濡れているんですかぁ?何かいかがわしい事でもしてたんですぅ?」
「おっと、そうだったな。シャル、お前は一度着替えて来い。濡れたままでは風邪をひくであろうからな」
「そう…します。それでは、少し失礼…」
シャルは濡れた足でぺたぺたと床に足跡をつけながら執務室から出て行き、魔王とサキュバスはその様子を見届けた。
そしてシャルが部屋から出て扉が閉められたとき、魔王はさっきまでの不抜けた面持ちから打って変わって真面目な表情へと早変わりした。
「さてと、サキュバス。なにか報告はあるか?」
魔王に聞かれてサキュバスはだらしない姿勢のまま適当に散乱していた紙を手に取って、紙を眺めていきながら答えた。
「んー、報告ですかぁ。色々とありますけどぉ、気になるのはこれだけかなぁ。なんでも西の地でルナという雌女が頻繁に出没するそうですよぉ」
「ルナ?あぁ…、星の騎士の副団長か。今更あいつ一人でどうにかできるとは思えんがな。しかし西か。……なにかあったのだろうか」
「西ってぇ、せいぜい薬草の種類が豊富なだけじゃないんですかぁ?特に私自身も思い当たる節はないんですけど、そのルナって人が何か行動を起こそうとしてるのは間違いないですよぉ」
「そうだな、少し気にかけてはおこうか。西には地帝がいるし、大きな問題にはなるまい」
魔王はそう言いながらも、ルナが使っていた魔剣のことを思い出した。
そういえば、もう一本の魔剣の行方は知らないままだ。
魔剣が二本あって、あの魔剣の特質上どっちも健在なのは間違いない。
なにせあの魔剣に込められている魔力により、名剣を上回る切れ味を常に保持されている。
魔法で劣化しない上に、素人が見てもただの剣とは思えないほどの物で、打ち捨てられていることはないはずだ。
今は時間に余裕があるから、今のうちに探し出すべきか。
「それでサキュバス。大悪魔はもう出かけたのか?」
「そうですよぉ。大悪魔様は血で翼を接合し終わったので、中央地の指揮に向かいましたぁ。でも大悪魔様は雷帝様の代わりに幹部になりましたけど、いきなり大役を任せて大丈夫なんですかぁ?雷帝様ってけっこう部下に信頼されていましたし、大悪魔様には難しいと思うんですけどぉ」
「心配することはない。あいつは大悪魔と名乗る程度に上の立場を経験している。雷帝に影響されてか、中央地の魔物は愚直な奴が多いからな。変に反感を買うことはないだろう」
「だと、いいですけどぉ」
魔王は散乱している紙を拾い上げて目を通していく。
そして魔法を発動させては紙を全て綺麗に重ねて整えていき、あっという間に机の上に整理された状態で積み重ねられた。
「で、炎帝と魔人からの連絡はどうだ?」
「炎帝様と魔人からは特に目ぼしい報告はないですよぉ。南の後処理もだいぶ進んでいるようで、至って平穏だそうですぅ」
「そうか。なら西にいるルナ、そして東に潜伏している人間の軍だけが懸念というわけだ。しばらく休暇を頂いたからな。これらのことは俺とシャルで片付けよう。サキュバス、すまないが引き続き事務処理を頼む」
「え~、いいですけどぉ。まったく片付かないんですがぁ」
「鷲の側近ならいつも余裕を持たせて片付けていたぞ。とは言っても、あいつはあいつでとんでもない奴だったからな。せめて整理だけはしておけ。俺が夜にまとめて処理をしていく」
魔王が言ったその時、サキュバスの腹から大きなうなり音が鳴り響いた。
まさに獣の雄叫びのような音で、つい魔王が一瞬だけ驚いてしまうほどのものだった。
そのことにサキュバスは照れる素振りもなく、自分のお腹をさすってぼやいた。
「あ~、最近ほとんど寝ずに働いていますから、すぐにお腹が空いてしまうんですよねぇ。ほんと、睡眠不足はお肌の敵なのにぃ」
「あとでワイトに豪勢な料理を作らせるよう言っておく。食事の後に一眠りしてから仕事に戻れ。では、俺は行かせてもらうぞ」
魔王は転移して湖に置いてきていた料理を北の支城の食堂へ運び、ワイトに一言料理を作るようにと頼んでおく。
そして続けて転移をおこなって、北の支城の魔王の新しい自室へと入っていった。
新しいとはいっても相変わらず魔王の部屋はほとんどの物がなく、家具すら不十分な状態だった。
それに部屋も前と比べたら綺麗とは言い難いものだ。
「シャル、着替えは終わったか?終わったならいくぞ」
魔王は自室に着くなりそう呼びかけると、着替え終わったシャルがひょっこりと出てきた。
シャルの服装は青い短パンと白のハイニーソックス、上着は青を強調した長袖で袖にはフリルがついていて白い線や黄色い小さなリボンが着いた女の子らしい服装だった。
そして頭には小さな白の羽とリボンがついた青い帽子をかぶり込み、前の服装と比べたらかなり華やかなものだ。
シャルは薄く透明な羽をぱたぱたとさせながら、魔王にかけよった。
「着替え、終わりました。いくぞって……どこに行くのですか?」
「西の地だ。少し探し物と動向を探りにな。俺一人でもいいんだが、お前も一応連れて行こうと思ってな。西の地については俺より詳しいだろう」
「……そうですね。昔は西に住んでいましたし、一番父親を探し回った場所ですから…」
「よし、では行こうか。その前に少し寄り道をさせてもらうぞ」
魔王は転移を発動させてシャルと共に、焼け落ちた城へと移動した。
元は北の魔城があった場所だが、今は見る影もなく全てが廃れた黒いゴミの山だ。
山に吹く強い風がススを吹き飛ばし、白い山が少しだけ黒ずんでいる。
魔王はその魔城を眺めながらただ黙っていた。
一体何をしているのかとシャルは魔王の顔を覗き込むと、ずいぶんと真剣な表情であまり深入りできそうな雰囲気ではなかった。
でも黙っているばかりでどういう意味があるのか分からないので、シャルは戸惑いながらも魔王に声をかけた。
「魔王…、なにを……しているのですか?」
「……なに、ただの黙祷だ。俺の不手際で多くの者が死んだのだ。だから弔いとして魂に労いをかけてやろうと思ってな。………アクイラよ、すまない。今までありがとう。お前のおかげで良い時間を過ごせた……」
魔王はそう呟いて、シャルには聞き覚えのない名前を口にした。
鷲の側近の名前を知る者は、もはや魔王だけと言っていい。
だから魔王は鷲の側近の本名であるアクイラを声に出して言った。
せめて死んだあとは鷲の側近としてではなく、アクイラとして自由なる魂であって欲しいからだ。
そう、大鷲の意味を示すアクイラという名に相応しき尊大なる鳥として逝ってもらうために。
「すまない、退屈な時間をとらせたな。では今度こそ行こうか。西の地へ」
魔王は転移魔法を発動させて西の森へと飛ぶ。
その同時刻、アテナ達は東に避難した王へと合流するために、西から東の地へと移動を始めようとしていた。




