魔王とシャルの悠久
東の地、人間の小さな町にある一店の食堂店。
時間が昼頃ということもあり、多くの人が来店して食事をしていた。
その中、身を隠すようにローブを着た二人が椅子に座って、テーブルの上に運ばれてきた料理を眺めている。
一人の小さな背で華奢な女の子が料理の一つであるラーメンを見つめながら、向かい側に座っている男性に話しかけた。
「魔王、これがらーめんって料理…、なんですか」
魔王と呼ばれた男性は、指先で器用に箸を回しながら返答する。
「うむ、そうだ。俺も食すのは初めてだ。料理人のワイト曰く、骨身に沁みる味らしい」
「そうなんですか……、その言葉はワイトさんが言うと……説得力、ありますね。では、魔王…。お先に一口どうぞ」
「む、いいのか?シャルが食べてみたいと言うから連れてきたというのに」
魔王の言葉に、シャルと呼ばれた少女はにっこりと笑ってみせる。
とは言っても目つきに変化がないので、口元が少し緩んでいる程度の笑顔だ。
「だからですよ。そのお礼の意味を含めて……最初の一口をどうぞって、ことです…」
「そうか、こんな問答で料理を放置するわけにもいかないからな。なら先に一口頂こうか」
そう言って魔王はラーメンの器に掛けられていたレンゲを手に取って、まずは一口スープを口に運ぶ。
味わうようにゆっくりと飲み込み、次は箸で麺を静かにすすった。
魔王はしっかりと噛んで味を堪能し、喉へと通して胃へと流し込む。
その様子をシャルはジッと見ており、魔王の第一声を期待して待っていた。
しかしなかなか魔王がおいしいとも言わないために、つい催促する言葉をかけた。
「魔王、どうですか…?おいしい……のですか?」
「ふむ、これは……一見くどいように見えてこってりとした料理だと思ったが、口に入れて味わうと意外にそうでもない。この店の特有の技法か食材か隠し味か、最初にスープを飲んだときに口の中に広がる味わいの深さがありながらも、ベタつくような重さがない。見た目は油だらけだというのに何杯でも胃に流し込みたくなる恐ろしい中毒性があるとみた。しかも単純なスパイスや出汁が効いた味だけはなく、確かに存在する甘味と旨味!これがまた食欲をそそる!それにスープに入れた具材への拘り、情熱、苦悩や労力が口に入れた瞬間に垣間見れた気がするぞ。ラーメンという一品の料理にだけはなく、一つ一つの食材に心があるのは間違いない。まさに人間だからこそできる素晴らしき生産能力とその力の入れようだ。一生をかけて理想を求めて育てられて選りすぐった食材を、更に料理人である者が選りすぐっているのがスープだけで分かる。しかもその後に口に入れた麺だ。これがまた絶妙に味を引き出されていて、食感が麺という枠から外れているのではと思うほどの物だ。他の麺とは訳が違う。コンマ数秒も許さないこの麺だけに合った茹で加減により、完璧な調整をされている。これは一切の妥協ない職人の技そのもの。職人の魂とも言える麺のこしが俺の口の中で満足感を生み出していて、一生忘れられない感動を作り上げている。しかも何度も味と共に噛み締めていたいと思うと同時に、一気に食べてしまいたいという矛盾を生み出す事実ができている。これはあまりにも優れた麺と出汁だからこその食べる者の苦悩だ!まさにラーメンを作る職人を評論家が試すのではなく、食べるが側が試されている状況。いつまで満足させてくれるのか、いつ飲み込むのがベストタイミングなのかと葛藤させられる。これが職人によるラーメンという麺料理!存外素晴らしいな。それと麺だけではなく乗せられている具材の彩りによる見た目の引き立たせが更に……」
そこまで言ったところでシャルが割り込んで言葉を発した。
「長いです…。一言で表すとどうなんですか?」
この問いに魔王はさっきとは打って変わって、冷静な表情で淡々と答え直した。
まるで熱意や感動なんて無かったみたいに、いつもの調子だ。
「普通だな。思っていたよりおいしいって所ではないか」
「そう…ですか。では今度は私が一口いただきますね…」
魔王はレンゲと箸を手渡して、シャルが慣れない手つきながらも魔王の真似をしてレンゲでスープを一口飲んでみせた。
それから同じように麺をすする。
似たようなことをするのかと魔王はシャルの反応を待ち、食べる様子をみつめていた。
まさに配役が逆転しただけで同じシチュエーションだ。
問題はシャルがあれだけ魔王のように長々と批評しだすのかだが、シャルは数秒固まってから口を開いた。
「これは……悪くないですね。おいしい…です。すごくおいしいです、スープとか麺とかおいしいです。特に……うん、……思っていたよりおいしいですよ」
「分かっていたが語彙力がないのだな。思っていたよりおいしいなど、さっき俺が言った言葉だ」
「う~……。いいんです。私はそんな…、うまく喋れる口達者じゃないですから…」
シャルは少し恥ずかしそうにしながらそっぽを向くようにして、頬を膨らませながらいじけて視線を逸らした。
まさに子供らしい反応だ。
実際は年齢で言えば子供など到底呼べないものではあるのだが、見た目や経験を含めて少女と呼んで差し支えないだろう。
「そんなむくれることはあるまい。食事は楽しんでするものだ。食事とは自由で救われている気分ではないといけないと、どこかで聞いたぞ」
「そう…なんですか。確かに、魔物は自由な感じがしますね…。こう……、野蛮と言ってしまえばいいのか分かりませんが……」
「さて、色々頼んでいるのだ。全部食べれとは言わん、好きなのを味わうといい」
「残したらどうするんですか?きっと店の人は……料理を残されたら悲しみます」
シャルは当然だが、魔王も大食らいなわけではない。
なのにすでにテーブルの上には数多くの品々があって、少なく見積もっても六人分の量の料理が質素なテーブルを色飾っている。
絶対に食べきれないのは一目瞭然だ。
「まだ料理が来ますから、体の中身の全てが胃でも……食べきれる自信がありません。それにこれなんです…?」
「それはイカのワタ焼きだな。まぁ残す心配はしなくていいぞ。俺を誰だと思っている?そして俺の配下にはあいつがいるんだぞ」
「あいつ…ですか?」
「今頃、北の地で仕事しているサキュバスだ。俺の転移魔法で料理を北に飛ばせば、何も問題なく処理してくれるだろう」
「なるほど…、ならもっと頼みましょう。きっとサキュバスさんなら、ここに貯蔵してある食料全てを食べても……満たされることはありませんから…」
「うむ、まったくもってその通りだ。あいつの胃は異次元だからな」
この言葉に魔王とシャルは、くすっと笑って食事を再開する。
こうして何気なく二人は人間の町で食事をしているが、すでに人間との戦争が終結してから四日が経っていた。
あのシャル奪還からずいぶんと忙しいことや問題が多かったが、魔王は仕事のほとんどを秘書官に任命したサキュバスに押し付けてシャルとの時間を満喫していた。
当然ある程度は魔王も夜中に仕事を済ましはするが、戦時中と比べたら格段に仕事のペースが落ちている。
しかしそれでも危機的な問題が発生しないのは魔物にとって平穏な日々となりつつあるおかげか、少なくとも戦闘に関しては頭を悩ますことはなかった。
シャルはフォークでハンバーグを刺し、口に入れて噛みながら消え入りそうな声で話した。
「魔王…、次は湖か海で泳ぎにいきませんか?私…、こう見えても……泳ぎは得意なんですよ」
「意外だな、てっきり体を動かすのは苦手かと思っていたぞ」
「確かに体を動かすのは得意ではないですけど…、一人の時……よく魚を獲って食べていましたから……。付加魔法で魚を惑わせて……いたんです」
「なるほど。しかし俺の魔法ならプランクトン一匹逃すことなく湖から獲ることが可能だぞ。っくははは」
「う~、魔王は…意地悪です。私だって魔王のような魔法が使えるならできます、多分…。逆に魔王が私ぐらいの魔力だったら魚一匹捕まえる事もできないですよ」
「ほう、なかなか挑発的な発言をするじゃないか。では試してみようではないか」
魔王が少し嫌味たらしく笑いながら指を鳴らした。
すると料理を乗せたテーブルと椅子ごと、シャルと魔王は転移する。
転移して着いた場所は、どこかの地方の湖がある森の中だった。
太陽の光を反射させて彩り豊かに輝く湖が目の前いっぱいに広がっており、とても落ち着いた雰囲気が感じ取れる。
暖かな風、心地のいい空気、心落ち着く風景。
突如ここに転移されたにも関わらず、なんだか穏やかな気持ちでいれる。
「さて、ここには魚が数多くいるだろう。どちらが先に魚を漁れるか勝負をしようじゃないか。もしシャルが先に獲れたなら、俺より魔法を扱うのが上手だと認めよう」
「え…、絶対に無理だよ…。魔王、転移とかの魔法使うんだよね…?」
「安心しろ、転移は使わん。だから他の魔法は扱うが、俺が扱うのは魔法のみだ。つまりこの場から動いたり、手で掴み取る真似はしない。もちろん、シャルは獲りに行っていいがな」
「それなら…、なんとかいけそうです。では、早速……始めましょうか」
「よし、スタートだ」
魔王が開始の合図の言葉をかけるなり、シャルは上着を脱ぎ捨てて湖へと飛び込んだ。
どうやら本当に泳ぎは得意らしく、湖の中を潜っては小魚のように泳ぎ回る。
普段の様子から考えられない動きだから、魔王は見ていてつい笑ってしまう。
そうこうしている内に、早くもシャルは一匹の魚を追い回し始めては寸前まで捕獲できそうとなる。
そのことに気づいた魔王は指先を動かして魔法を発動させた。
別に嘘や誤魔化しを効かせて転移魔法で魚を捕獲してもいいが、小さな約束でも約束は守らなければいけないと思ってはいる。
だから魔王は束縛魔法の光るツタで魚を捕らえて、まるで釣竿のように光るツタをしならせては見事に魚を釣り上げて、自分の手元へと投げ飛ばした。
これでおしまいだ。
あとはシャルが湖から上がって来るのを待つために、食堂店から転移させた椅子に魔王は座り込む。
「お、お前…魔王だな?」
「ん?」
魔王がくつろいでいると、幼い少女の声が聞こえてきた。
声が聞こえてきた方を見ると、そこには子供服を着た青髪の少女がいた。
かなり幼く、背も相当低い。
もしかしたら六歳にもなっていないほどの年齢ではないかと思うほどの見た目だ。
「人間のガキか。こんな湖で何のようだ」
「う、うるさい!お前は魔王なのかと聞いている!」
そう叫んでは青髪の少女はナイフを取り出して、魔王へ刃を向けてきた。
青髪の少女はかなり険しい表情をしていて、敵意があるのは分かる。
別に警戒することではないが、一体何なんだと魔王は蔑んだ目で青髪の少女を見つめた。




