再び戦うために
アテナの泣く姿にセイラは何か声をかけようとしたが、かける言葉が思いつかなかった。
それはアテナがどれほどの想いで生き抜いていたか一番よく知っているからだ。
だから何を言っても安っぽくなりそうで、本当に言葉だけで何も分かっていないような重みがない言葉になりそうで怖い。
セイラが戸惑っているとき、ルナは相変わらず平然とした表情で話す。
本当は長年の仲間を失っているルナも相当に辛いはずなのに、取り乱した様子を誰も見たことがない。
「アテナ、よく聞きなさい。念のためというべきか、私は貴方の体が満足に動かなくなるのは予測はしていた。言語障害や他の障害まで併発していたらどうしようもなかったけど、まだ左半身不随なら大丈夫よ」
「何が…大丈夫なんですか。治らないといったのはルナさんじゃないですか。それにこんな体で戦うなんて不可能だ!」
「私は人間の力では治らないと言ったのよ。この言葉の意味はそのままってこと。何を言いたいのか分かる?」
ルナの遠まわしな発言に、アテナはわずかに目を見開いて驚いた顔をする。
まさか何か治す手段があるというのか。
ありえないけど、信じたい。
治す手段があって欲しい。
「どういうことですか。治す方法が、また戦えるようになる方法があるのですか」
「実は王国都市の書庫で面白い本を見つけてね。魔王の魔法やら再生能力について調べていたら偶然発見したの。その本には禁忌の力、呪いの力、創造の力、超越した力と色んな言い回しをされているけど知っているかしら?」
「……俺の故郷で似たような単語は伝承で聞いたことはあります。でも我が身を殺してしまうとか、そんな伝承でした。それで俺の治療と何の関係が?」
「もしかしたらこの力とやらで貴方の体が治るかもしれないってこと。この力を持つ者は永遠の命を得ているとか大げさなことが書かれていたのだけど、もし魔王が同じ力を持っているのなら何となく辻褄が合うのよ。貴方は知っているか知らないけど、魔王には驚異的な再生能力があって、永遠の命ってのは再生のことを指しているのだと私は推測したわ」
魔王の再生能力…。
ぼんやりとだが心当たりがある。
それは片腕を犠牲にして爆破の式術を発動させたときだ。
あのとき、魔王は回避や防御の行動を起こしたようには見えなかった。
もしあの爆発を受けてかつ無傷に見えたのが間違いでないのなら、それは再生によるものだとしか思えない。
そもそも魔王の着ていた服は燃えていたから、そうだとしか考えられない。
アテナが魔王との戦いを思い出しながらも、続くルナの説明に耳を傾けた。
「この再生能力というのがどれほどあるのか、身につくのか分からないけれど試してみる価値はあるわ。他にも方法がないわけではないのだけど、まずはこの方法を試すべきよ」
「分かりました。すぐに試しましょう。どんな迷信でも、俺が再び戦えるなら何でもします!」
「そう、いい心がけだわ。では、早速行こうかしら」
「行くってどこにですか」
「その力を身につけるのに相応しき場所よ。その場所を天狼と私は探していたの。ちょうど今日見つけたところだし、色々と都合が良かったわ。必要な物も半精霊のシャルちゃんから貰っているし」
「シャル…?」
聞きなれない名前にアテナはその名前の人物に会ったことがあるのか考えたが、今までそんな名前の人に会った記憶どころか聞いたこともない。
それに半精霊とルナは言ったが、エルフや妖精の血統の者を見かけたこともない。
ただルナに特別な交友関係があっても不思議ではないので、アテナは特に気にかけることはしなかった。
「さぁ準備をするわよ。言うまでもないと思うけどセイラも行くのよ。天狼はアテナを乗せてあげてね。本当に時間がないのだから急いで。刻一刻と人間の滅亡は進んでいくのよ。ほら早く」
ルナに急かされながら、アテナ達はでかける準備を始めた。
準備していく間、アテナは補助をしてもらいながらだったが意外にも体の不調は少ない。
目覚めたばかりだから右腕も満足に動かないと思ったが、万全な時と大差なかった。
それはつまりケガの影響を僅かも受けていないということだ。
これだと十日でケガが塞がったどころか、十日間で完治して体に慣れているという段階にまで至っている。
ますます南の地で負ったはずのケガに関しては不思議で、疑問だらけだ。
「行くぞ、アテナ。走りはしないが、体が動かないからといって勝手に落ちるなよ。もし落ちたら口で咥えていくからな」
でかける支度の準備が終わると天狼はアテナを乗せながら、冗談交じりに言う。
アテナはその言葉にいつもの笑顔を見せて言い返した。
「ははっ、そのときはそのまま食べられないように干し肉でもあげればいいのか」
アテナは手持ちの鈴と魔剣、そしていつも旅をしていた時の道具の装備を確認して、支え木を手にしながら天狼にしがみついた。
そしてセイラはいつでも戦闘できるようにと動きやすい服装となっていて、いつもと比べればずいぶんと露出が多い様子だった。
だからか式術やナイフを入れたポーチやホルダーがよく目立つ。
それに比べるとルナはいつもの黄土色のマントとフードに、丈夫なブーツが特徴の装備となっていて、手持ちの武器を見せないスタイルとなっていた。
全員が支度し終わったのを確認すると、ルナを先頭に元特殊部隊は小屋から出て歩き出した。
外を出ると中は枯れた木々の森の中だった。
渇いた土に萎れた草木、殺風景だからか虚しく感じる風。
あと目に付くのは無骨に転がっている岩石ぐらいで、空を飛ぶ野鳥や猪などの動物の姿や気配はしなかった。
「……そういえば、王様や王妃様は無事なんですか」
歩き出して間もなく、少しは落ち着いたアテナが状況を整理するかのようにルナに質問の言葉をかけた。
その質問にルナは振り返ったりはせずに、前を向いて歩きながら答える。
「王族は無事よ。とは言っても今は東で身を隠しているのだけどね。一応、最低限ではあるけど護衛や警護はついている。でも今は東に氷帝がいるから安心はできないわ。あと、この西にも地帝という魔王軍の幹部がいるから気をつけなさい」
「避難はしていたんですね」
「…いいえ、結果的にはそうだけど実は言うと避難はしていなかったに等しいわ。魔王が王国都市を消滅させる直前に、星の騎士団長がある道具を使って瞬間転移というのをしたみたい。それで無事なだけ。話を聞くところかなり切羽詰まった移動だったから、身一つで逃げ出したようなものよ」
「そうなんですか…。どちらにしろ王国都市が消滅した今、王族たちは酷く困憊しているでしょうね。そして全人類も存亡の瀬戸際に立たされて戦う意思もない。……急がないと」
アテナは王族たちやこの世界の人達が絶望しているのを想像すると、焦りが募った。
まだ目にしていないから上手く想像はできないが、今この瞬間にどれほどの人間が絶望して魔物に虐げられているだろうか。
思い浮かべれば思い浮かべる程に、いてもたってもいられなくなる。
そして歩を進めていくうちに、天狼が耳をピクっと動かして臭いを嗅ぐ動作をし始めた。
そのことに他の三人は反応して、最初にセイラが尋ねた。
「天狼?どうしたの?」
「………妙な音が聞こえる。それに土の臭いが嫌に強い。まるで地下から風が吹き出しているような臭いの流れ方だ」
天狼がそう言って地面に鼻を近づけたとき、地面が大きく揺れだした。
決して大きい揺れではないが、体を揺らして立ちづらくなるには充分の地震だ。
しかもいきなり大きな揺れである主要動が来たようで、自然の物ではない何らかの力が働いている揺れ。
やがて全員が姿勢を安定させるのに精一杯になったとき、地面は異常な盛り上がりを見せて明らかにおかしい突起をし始めた。
その突起はまるで土でできた巨大な針のようで、自分の足元にできたら刺さってしまいそうな物だった。
この異常な現象にルナは叫んだ。
「地帝よ!みんな警戒しなさい!」
この叫びをかき消すかのように大きな音が発生して、枯れた木々を倒しながら辺り一体の地面は割れて平坦とは真逆な足場へと変貌した。
もう地面は少し油断したら足を挫いてしまいそうなほどにデコボコとしており、素早い移動は難しいものとなる。
それにまだ揺れのせいもあって、足による移動がより厳しい。
しかしこの状況下の中、ルナは体勢を整えて二本の手斧を取り出して戦闘体勢を取ってみせた。
そして辺りを見渡しながらアテナとセイラ、天狼に指示を出した。
「ここは私に任せて先に行きなさい。時間を稼ぎ次第、すぐにそっちと合流するわ」
「了解した。アテナ、落ちるなよ。今落ちたら本当に咥えていくからな」
天狼は自慢の脚力で飛び上がり、一気に荒れた地面から抜け出した。
それに続いてセイラも遅れながら天狼の後へとついていく。
このとき、アテナはルナに対して不安を感じていたが、炎帝の時も一人で対処していたことを思い出すと大丈夫だろうという楽観的な考えがどこかにあった。
だがアテナは知らなかった。
ルナはまだ南の戦いでダークドラゴンから受けた傷が治りきっておらず、万全な状態に程遠いということに。




