希望
魔王は、城があったであろう場所に立って静かに呼吸をして魔力を探し出す。
入る場所はすでに埋まっていて、今のシャルは生き埋めの状態だ。
地下のそのもが部屋が崩れていることはないだろうが、長い間は放置できない。
そのために魔王はすぐに連れ出そうとテレパシーを使ってみた。
前はシャルは受信することはできなかったが、特訓を怠っていないなら可能なはずだ。
問題は距離だ。
シャルの魔力が届く範囲であればいいのだが。
『シャル、聞こえるか。魔王だ。聞こえるなら返事しろ』
『ま……う……!……お…う…!はや………て……!』
かすかに、ノイズが混じったような感覚ではあるがシャルの声が聞こえた。
どうやら魔王のテレパシーに反応して、送信してきたようだ。
魔王はこの微弱な魔力を感じ取って、少しだけ移動する。
そして足元からシャルの魔力を感じ取るなり、すぐに転移魔法を発動させた。
シャルの魔力のおかげで正確な深さも把握できている。
そのために初めて行く見えない所への転移でも、問題はない。
「魔王!」
魔王が地下室の牢獄に着くなり、シャルは魔王に飛びついて抱きついた。
牢獄は半壊していたがシャルの付加魔法により崩れることはなかったようだ。
シャルの体は相変わらず小さくて軽く、ここの気温のせいか少し冷たい体温だった。
そして魔王の暖かい体温と魔力を感じながら、シャルは安心したのか泣き声で訴えかけるように言葉を発した。
「魔王、私寂しかった…。魔王と…お話したかった…!会議から二週間以上……ずっと会いたかった……!」
すでに離れて二週間近くも経つかと魔王は思う。
シャルと一緒にいた時間はもっと少ない。
それでも互いにとって、二人の時間は良いものだったのは違いない。
共に楽しむような時間でなくとも、充分な悠久の時だった。
魔王は優しく抱きしめ返し、薄汚い囚人服を着ているシャルの姿を見ながらとりあえずは謝罪の言葉をかけた。
「すまない、シャルよ。約束を違えることなってしまった。お前を守るといったのに、こんな目に遭わせることになってしまったのは俺の責任だ。許してくれ」
シャルは涙を流しながら首を横に振る。
それは気遣っての否定によるものか、魔王には分からない。
「ううん、いいの…。魔王が、こうして助けに来てくれたから……。でもこれからは私を離さないで……お願いします。一人は……、寂しいの」
「寂しい、か……」
魔王には寂しいという気持ちは分からない。
それは遥か昔、その感情を痛いほどに体感してしまっていたからだ。
それがあまりにも辛く、魔王は感情を破棄して寂しいという想いすら捨てていた。
だが、こうしてシャルを失うと思った時の魔王の行動は、その寂しいという感情によるものかもしれない。
寂しいという想いをしたくないからこそ、シャルを第一に優先して助けに行った。
シャルを失ったら魔王は悲しくて寂しいから。
それを魔王は一切自覚していないが、寂しいという感情を避けるための行動だった。
鷲の側近のように長い時間を一緒にしたわけではない。
それなのに魔王のシャルに対する仲間意識は、異常なほどに強かった。
どうしてこのような気持ちがあるのか魔王本人には分からない。
共通点で言えば、長い時間を生きていたという経験ぐらいだ。
孤独に、悲しく生きていた。
「もうお前には寂しい思いはさせない。それよりシャル、ケガはないのか」
「大丈夫、です…。酷いことは……されなかった」
「そうか、それは運が良かった。お前に何かあったらどうしようかと思ったぞ」
「…そう、なんですか」
シャルは涙を指で拭き取りながら、少し意外そうに言った。
まさか魔王がここまで自分のことを思ってくれていたとは、考えてもいなかったからだ。
あくまでシャルはお世話になっている立場と言っていい。
シャルは北の地の惨状を把握してないとはいえ、こうも優先してくれているような発言には驚く他ない。
「とにかく無事で良かった。安心しろ、俺はお前を手放すことはない」
「あ、魔王……」
魔王はシャルを更に抱き寄せる。
魔王の力が強いために少し痛かったが、シャルは羽をパタパタと動かしながら照れくさい気持ちでありながらも心の底から安心していた。
やっぱり魔王の魔力だけではなく、こうして身近に魔王の存在を感じれるのが心落ち着く。
シャルはこのひと時に甘えて、肌や感覚から伝わるの魔王の存在に喜びを感じていた。
「…いつまでもここにいるわけにもいくまい。北の地へ帰ろう、シャル。そして暖かい所へ散歩にでも行こうか。もう人間と争うこともあるまい。ゆっくりと共に時間を過ごそう。一緒に生きていけば、寂しいと思うことはなくなる。だからずっと俺の傍にいろ。いいな?」
「うん、ずっと魔王の傍にいる…。いさせて…下さい。魔王がいれば、私はどうなってもいいから……、寂しくないから………。これからもよろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそよろしく頼むぞ。俺はお前を頼りにしている」
魔王がそう言うと、シャルはそっと魔王の頬に口づけをした。
そしてほぼ同時に魔王は転移魔法を発動させて、北の地へと飛んだ。
この時の魔王の魔力はさっきまでの様子とは真逆なほどに穏やかで、魔力の大きさも一割未満にまで抑えられていた。
感情が魔法に影響を与えたのだ。
その事実は魔力を強大にさせたのと同じなのに、まるで意味が違った。
もう、互いの存在が自分にとっての希望同然となっていた。
こうして中央地には何も残らず、人間の主要都市である王国都市は滅亡した。
人間は絶望する。
これからやってくるだろう魔王の時代に恐れ、嘆き悲しむ。
もう人間には戦う力はない。
星の騎士もやられてしまい、兵器も無効にされて勝目などない。
それでも人間は希望を求めた。
魔王を打ち倒す存在を求めた。
戦争に負け、圧倒的に打ちのめされて、ほとんどを失っても、魔王を倒してくれる存在を絶望しながらも欲した。
そして人間が絶望する時に現れる希望は、いつだって勇者であった。
西の地、かつてエルフが住んだと言われる森の近くに一軒の小さな小屋があった。
その小屋で、仲間たちに手厚く看病されている青年がいた。
片目を失い、ひどく大きな傷を負っているが力強い体をしている。
そして青年の傍らの小さなテーブルには、魔剣と潰れた鈴が置いてある。
青年の名前はアテナ。
勇者だ。




