人類滅亡
人類最強の戦闘特化部隊である星の騎士団との戦いは、合計しても一分にすら満たなかった。
四人の星の騎士は走って門へと向かっていたが、目的である魔王の姿が門から消えた。
どこへ行ったかなんて、目で追うどころか気配を掴めることもできない。
まずは突然アケルナルの体が宙を舞った。
その現象に対して完全に音が遅れて聞こえてくるものだから、何がどうなっているのか魔王を除いて全員理解できない。
そしてアケルナルの胸に手持ちだった両刃の槍を串刺しにされて、地面へと突き立てられる。
心臓を的確に貫かれている。
次に、レグルスの武器を持っていた腕だけが吹き飛んだ。
そしてここでようやく一瞬とも言えない細い短い時間だが、魔王の存在にミザルは気づく。
しかし気付くとは言っても魔王がいるという明確な認識ではなく、私達以外の誰かがいる程度の認識。
魔王はレグルスの頭を掌底して、レグルスの体ごと城下町の建物へと弾き飛ばした。
大きな音を立てて建物の壁が崩れたとき、最初に攻撃されたアケルナルの胸から血が飛んだ。
それほどに一瞬のこと。
「アケル…!」
アルコルの目の前にいたアケルナルが瞬きしている間にそんなことになっているのだから、アルコルは驚いて名前を呼ぼうとした。
でも名前を呼ぶ前に、手にある武器を使うべきだった。
いや、使うとしても投げようとする動作の途中で阻められたかもしれない。
魔王はアルコルが叫ぼうとしている途中で、アルコルの小さな体を蹴り飛ばした。
アルコルは痛みを感じる間もなく、右腕の骨は砕かれてレグルス同様に建物の壁へと衝突する。
ミザルは弓を構えて撃とうとするが、間に合わない。
撃つだけなら雷帝の行動に追いつけていたミザルだが、弓矢はどうしても狙いをつける必要がある。
それはミザルの場合一秒もいらないのだが、腕を上げるという構えは絶対に必要だ。
構えと狙い付けを同時に行うからこそ、驚異的な速さの射撃を可能にしている。
しかし驚異的と言っても弓を撃つ場合の話。
魔王の生物の行動としての驚異的な速さとは、まるで意味が違う。
魔王はミザルの腕を叩き折り、胸ぐらを掴み上げた。
やっとここで魔王の顔を見ることができる。
でも魔王の顔を見たミザルの第一声は威勢のいい言葉や痛みによる悲鳴ではなく、泣き言だった。
「うぅ、嫌だ…!助けてアルコ……!」
双子のアルコルの名前を言いきる前に、魔王はミザルの胸ぐらを掴んだまま振り回して城下町の民家へと投げつけた。
民家はレンガでできている。
でもそんなことはお構いなしに投げられたミザルの体は民家をいくつも突き抜けていき、特別に建てられたであろう大きな建物の外壁を抜けてある一室の壁に衝突して止まった。
壁にあったのは黒板。
ミザルが一度も通ったことのない学校という建物。
その黒板に衝突したと同時にミザルは、真っ赤なチョークを何本も投げつけたかのように黒板に模様を描いていた。
しかしミザルの体はそんな模様より赤く染まっている。
体中の骨は折れていて、見るに堪えないほどに体は潰れていたり裂けている。
青かったマントやフード、そして綺麗で鮮やかだった金髪も見事に赤い。
その無残な姿を覆い隠すかのように、ミザルの真上の天井は崩れて体を押しつぶした。
残ったのは飛び散った血だけ。
「お、お姉ちゃん…。ミザル…お姉ちゃん……!」
アルコルは瓦礫から這い出て、おぼつかない足取りで立ち上がろうとする。
ミザルが吹き飛ばされた所を見たわけではない。
でもミザルの姿が視認できないということは、やられたことを直感で理解してしまった。
「あ…あ…、ああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ゛ぁぁぁあ゛ぁ゛ぁあぁぁぁあああぁああああああぁ!!」
アルコルは体中の痛みなど気にせずに腹の底から叫び、まだ動く左腕を使って鉄の輪を魔王へ目掛けて大きく振りかぶって投げつけた。
距離はとてつもなく近いし、鉄の輪はとんでもない速さで魔王に一直線に向かっている。
けれど魔王なら簡単に避けてしまえるだろう。
だからと言って、意外にも魔王は避けはしなかった。
魔王は手に結界魔法を纏わせて、アルコルが全力で投げた鉄の輪を掴んでしまう。
そしてアルコルより小さな動作で投げ返す。
まるで輪投げのような投げ返しにも関わらず、鉄の輪はアルコルが投げたより圧倒的に速くて受け止めるなど到底不可能だった。
鉄の輪はアルコルの首を切り落し、傷口からゆっくりと大量の血を滴らせた。
その後、魔王は足元に今いる住宅街の一帯を飲み込むかのような魔法陣を展開させた。
そして魔王の姿が消えたと同時に、魔法陣からは巨大な炎が噴火して一帯を炎で飲み込んだ。
炎は強力で、あっという間に火の海に変えてしまう。
もうすでにアルコル、レグルス、アケルナルの死体は燃え尽きているに違いない。
人間の最高戦力である星の騎士団は死体を残すこともなく、魔王に負けたのだ。
あれほど魔王軍を苦しめた星の騎士団が。
魔王は火の海となっている住宅街から離れた所に姿を現して、人間の城へ向って歩き出す。
市民達は悲鳴や怒声をあげながら逃げ惑う。
その叫びには興味なく、怒りをぶつけることなく魔王は歩き続けた。
そして城に向かっている途中で、一体の兵士が話しかけてきた。
「ま、魔王さマ。これは一体どうしたのですカ!」
声をかけてきたのはスパイとして忍び込ませていた兵士の姿をした魔物だった。
魔王は訊きたいこともあったので、できるだけ落ち着いたふりをして受け答えをした。
「お前か。心なしか久しぶりだな。なに、少し人間に灸を据えてやりに来ただけだ。それより一つ訊きたいことがある」
「何でしょうカ」
「普段、捕虜は城のどこに幽閉されている?」
「…地下でス。それもかなり深い所デ、地上とは別世界と言っていい程に遮断されていまス」
「なるほど、助かった。では俺の近くにいろ」
突然の謎の命令に魔兵は戸惑うしかなかった。
一体どういう意味かと考えるが、言葉の意味を理解できない。
「一体何をするつもりですカ?」
「今からこの都市全てを焼き払う。遮断されているのなら地下には問題あるまい」
魔王はそう言って、両手を光らせて目の前に掲げる。
すると結界魔法が魔兵と魔王を守るかのようにドーム状となって包み込んだ。
そして都市の空には、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
その大きさは都市より遥かに大きく、もはや空は見えもしない。
これから何が起こるというのか、それは魔兵や人間には予想もつかないだけでなく、想像でも及ばないことだった。
空を覆った魔法陣から、直径数十メートルはある火の玉が降り出した。
轟音を響かせて、恐ろしい程の熱を持って都市へと降り注ぐ。
それも豪雨のように火の玉が降る。
隙間なく、逃げる余地や防ぐ手立てなど一切ない火球だ。
空を見上げていた人間は突如に現れて降ってきた火球に押しつぶされて、骨も残さずに塵となる。
更に建物や地面に落下した火球は大爆発を起こして辺りを吹き飛ばしながら、火炎を撒き散らした。
人間にとって良かったことは、その火球は雨と変わらぬ速さで落ちてくることだろうか。
そのおかげで余計に熱に苦しまずに死ぬことができる。
それでも数秒近くは全身を焼け焦がされる苦しみを伴っていたのは、仕方ないことだ。
火球は爆音を鳴らし、次々と都市を更地に変えていった。
建物の瓦礫すら火球は押しつぶしていくから、瓦礫は炭となって地面に埋め込まれていく。
そしてそのおぞましき光景は数分に渡って続いた。
二分も経たぬうちに都市の全ては燃え尽きて、黒い塊だけとなっている。
五分も経てば黒い塊すら消え去っていて、そこに最大の都市があったなんて誰も信じはしないほどになった。
地面は陥没し、王国都市を囲んでいた外壁すら綺麗になくなってしまう。
十分近くも経てば降り注いでいた火球は止まり、あらゆる物が燃え尽きているために火すら残っていなかった。
魔王が結界魔法を解いたとき、呆然としていた魔兵は愕然とする。
全てが消えている。
人間も壁も、建物も城も何もかも。
何百年とかけて積み上げられていた人間の全てが、たったの十分で無かったことにされた。
それは神の裁きを超えている。
神ですら世界の全てを清算するのに一日は少なくともかかるというのに、魔王は中央地の一部だけとはいえ十分で終わらせたのだ。
人間の象徴とも言える中央地の最大の王国都市を粛清してしまった。
きっとその気になれば、中央地全てを覆う魔法陣を展開させて、同じことが可能だったのかもしれない。
そう思うと魔兵は魔王に対して畏れをなすしかなかった。
何百年と戦争できるほどであった人間の戦力のほとんどを殺した。
人間の王族など避難していない限り、絶対に死んでいる。
それはもう誰かが宣誓や明言するまでもなく、戦争は人間の負けということ。
いや、もし王族が生き残っていても人間の負けだ。
なぜならすでに、人間には残されている戦力では現状維持が一日もできない程になっているからだ。
魔王は、シャルを取り返すついでに戦争を終わらせてしまったのだ。




