人間の終わり
風が止んでいる。
まとわりつく風が無いのはいい。
日が地上を暖めて、雲ひとつない天気だ。
普段なら心地は悪くない。
しかしこの不愉快な気持ちは何だろうか。
いつもなら感じることのない焦燥感、不安、恐れ。
それが魔王の胸中にあった。
何を不安に思っているのか、なぜこんなに心落ち着かないのか。
……そしてどうしてこんなに殺気がおさまらないのか。
このままだと手加減などできない。
しかし、それで良いと思ってしまっている自分がいる。
安易だが、全て殺してしまっていいと思っている。
魔王は人間の王国都市を目の前にして立っていた。
目の前といっても、まだ数百メートルは距離がある。
だが目の前という表現が正しいほどに王国は大きく、すでに視界には都市を囲む外壁が収まらないほどだった。
魔王はゆっくりと息を吐く。
少しでも気持ちを落ち着かせるためにだ。
だがすでに魔王の魔力は、全盛期の八割近くは開放されていた。
ここに歩いて来るまでの間に、抑えようとしてきたはずなのに魔力が溢れている。
とっくの昔に死んだはずの感情が、魔王の全ての力を昂ぶらせていた。
どうしようもないほどの感情、力、想い。
この黒い想い、全て解き放てば良いのかもしれない。
そう、全てを……壊してもいいのなら。
都市の外壁の上には、多くの投石器が設置されていた。
そして多くの人影。
魔王が来るのが分かっていたようで、事前に準備していたようだ。
それも並半端な準備ではなく、徹底とした準備だ。
実は、もし四帝が全員来ても対抗できるほどに戦力の用意を人間はしてある。
しかし魔王に通じるかは別だ。
「……腹立たしい。この怒り、どうしてくれようか。詫びろとは言わん。死で償え、人間どもよ」
魔王は誰に言うでもなく呟くと、今出せる分だけの魔力を体に満ちさせた。
地面にヒビが入るなどの変化はない。
ただ、魔王の近くの全ての空気や大地が死んでいた。
なにも受け付けず、何も変化がない。
それはすでに、魔王の力が自然の理から外れてしまっていることを示していた。
「がっはっはっはっは!あれが魔王か!案外ただの人間と変わらぬ姿よ!あんな者に恐れるわけがなぁい!いくぞぉ王国軍よ!投石を発射しろぉ!魔王など藻屑にしてしまえ!」
高くそびえ立つ都市の壁に乗っていた一人の男性が偉そうに叫ぶ。
身振りからして将軍か。
頭が悪そうな号令と共に、兵士たちは一斉に投石器を作動させて巨大な岩を魔王に目掛けて発射させた。
その全ての岩には起爆する式術の札が隙間無いほどに貼られており、とてつもない爆発を起こす爆弾としての役割を持っていた。
当たれば魔王と言えど、一瞬で体を無くすほどだろう。
それが空を覆い尽くすほどの数だ。
さすがに魔王も、これにはキツいものがあるはずだ。
……今のように、怒りに身を任せていない魔王ではなかったらだが。
「死ね、人間」
魔王は片手を空に向ける。
そうすると空中に大量の黒い魔法陣が浮かび上がり、投石で発射された岩の数以上が空に展開されていく。
そして宙を飛んでいたはずの岩石は黒い魔法陣に引かれていき、まるで時間が巻き戻ったかのように都市の壁へと飛んでいった。
わずか数秒に満たないできごとのために、壁の上にいた人間たちは慌てふためくだけだった。
「な!なっ!?こ、これは…!」
発射の号令をかけた将軍が驚いている間に、全ての岩石は壁の上に着弾して巨大な爆発を連発して起こした。
人間と壁は吹き飛び、地面へと大量に落下していく。
立ち上がる煙と炎、多くの血肉と瓦礫。
それらが壁を飾っていく。
まるで人間滅亡の祭りを始めるための装飾だ。
だが何事も無かったかのように魔王はゆっくりと歩いていき、王国都市へ向かい続ける。
すると、今度は多くの兵達が王国都市から出てきて魔王へと迎えでた。
数は裕に万を超える人間の兵隊。
まさに見渡しても見渡しきれない数で、どこまでも続いていると思うほどの列。
まるで巣から湧き出てきた蟻みたいだ。
しかし悲しいことに、魔王からしたら人間など蟻以下に過ぎない。
存在や力だけではなく何もかもだ。
魔王はまだその大群と距離はあったが、振りかぶって地面を殴りつけた。
その動作から起きる現象に、人間の大群は戦慄する。
殴った地面に小さな割れ目が入り、その割れ目は人間の大群の先頭へと向かっていく。
そして割れ目が人間の先頭に到達して接触した瞬間、まるでそこに巨大な隕石が落ちたかのように陥没した。
突如出来た大きすぎるクレーターに人間たちが飲まれていく時、更にクレーターからは蜘蛛の巣のように不自然な割れ目が伸びていく。
ここから信じられぬことが起きるまでは、一瞬のできごと。
なのに人間全員はゆっくりに感じた。
それは間違いなく、一人残らず走馬灯を見ている時間だったに違いない。
クレーターから出た割れ目は更にクレーターを突如生み出し、広範囲にいくつもの穴ができる。
そしてそのクレーターは不自然に赤く光る。
その光りは炎が燃え上がるような輝き方。
もはや、ここからは人間がなにが起きたか理解することはどんなに時間をかけてもできない。
底が輝くクレーターの地面はやがて盛り上がり、爆音と共に溶岩を吐き出した。
まさに噴火そのものだ。
平地に突如できた多くの大きなクレーターから、いくつもの大噴火。
すでにそれは地形を変えてしまう様だ。
魔王は更に指先で、宙に小さな丸を描く動きを見せた。
たったそれだけだが、それは更に人間を殺す魔法を発動させる動作となる。
噴火から逃げようとする人間たちだが、人間の大群を囲むかのように、都市を守る壁より高くそびえ立つ雷撃の壁が生み出された。
その雷撃の壁は見上げても天辺が見えないほどで、空の雲すら突き抜けている高さだ。
もう壁と呼べるのかも分かりはしない。
そして雷撃の壁に触れた者は痺れるだけでは済まされず、あまりの高圧電流により発火して燃えだした。
燃えるのは幸運かもしれない。
人によっては、電圧の高さに肉体が破裂している者すらいる。
どちらにしろ、原型を留めて死ぬことは許されていない。
しかし無慈悲なことに、魔王は魔法を更に重ねる。
ひと思いに殺すなど甘い。
抵抗すらさせない。
逃げることもさせない。
どこまでも辛くて苦しく、恐怖して命を途絶えるといい。
魔王は片手を前にかざす。
今度は巨大な黒い魔法陣を、人間の大群の足元に展開させた。
するとその瞬間に多くの人間たちは地面に這いつくばることになる。
地面に張り付けられた人間たちは、近づいてくる溶岩に恐怖するしかない。
体を動かすことも叶わず、叫びながら焼けて死ぬのだ。
その光景は雷撃の壁で魔王には見えないが、悲鳴で充分にどうなっているか理解できていた。
しかし人間がいくら苦しもうと、別に魔王は笑わない。
ただ、無表情でありながら怒りを含めた顔をしているだけだ。
目だけが殺す者となっている。
「さぁ、消え去れ!卑しき愚者たちよ!」
魔王は叫び、かざしていた手の平で握りこぶしを作った。
そのとき、雷撃の壁の中の全ては炎と雷撃で満たされた。
それら炎と雷撃は地面から湧いてきたのか、天から落ちてきたのか分からない。
とにかく一切の隙間なく満たされたのだ。
結果、雷撃の壁が解けたときには山のような兵隊の死体だけが残るだけとなる。
どれほどの火力だったのか想像できないほどに、全てが人間だったとは思えない状態だ。
まだ王国都市から出てきていない兵隊がいるようだが、雷撃の壁が解けてようやく視認できた光景に恐れを抱き、すぐさま都市内へ逃走していた。
どこへ逃げようと死しかないというのに。
魔王は死体の山を踏みしめて崩れた王国都市の門に着いたとき、四人の人間が城から飛び出して魔王の方へと向かっていた。
その四人はミザル、アルコル、アケルナル、レグルスの星の騎士団だ。
四人は武器を手にして、魔王が城下町に入る前に攻撃を仕掛けようとしている。
そして外の惨状に苦々しい表情を浮かべながら、アケルナルが他の三人に声をかけた。
「全員、これから魔王に攻撃を仕掛けるよ!必ず魔王を抹殺しなさい!これ以上好き放題させないこと!いいわね!?」
アケルナルが叫ぶと、全員は大声で返事をした。
その声に反応して、魔王は近づいてくる四人の方へと視線を移した。
そして群青色のマントとフードの姿を見て、冷めたように呟くだけだった。
「星の騎士団か。俺を殺せる気でいるのか?たかが人間が、思い上がるな」




