シャル、牢獄にて
中央地に建国された人間の王国。
最も賑やかで軍備施設が整っていながらも、最大都市にて最大の城の地下室の牢獄にて。
薄く透ける羽と綺麗な緑の髪を持つ少女が、薄汚い囚人服を着て囚われていた。
少女は牢獄の錆びた鉄の檻と、古くありつつも頑丈なる壁に囲われて動けずにいた。
更に小さき体である少女には、不釣り合いな鎖と錠で身を拘束されている。
そして少女の体には多くの傷。
「ここは……寒い…」
少女は通路を通る冷風で身を震わす。
昔を思い出す。
自分が一人で寂しく孤独に生きていた頃を。
私は、シャルは悲しく生きていた。
今更…、こんなの辛くない。
一人で狭く苦しく、寒くて寂しいところなんて慣れて……。
「魔王…、早く……来て…」
シャルは泣きそうな思いを押し殺し、消え入りそうな声で呟いた。
魔王を思い出すと泣きそうになる。
あの暖かな想いと空間が忘れられない。
どうしようもないほどに恋しい。
日が当たらず、時間感覚も狂う部屋でシャルは膝を抱いてうつむいた。
それから少し時間が経つと、誰かが近づいてくる足音が響いて聞こえてきた。
一人分だから静かだけど、少し不規則的な足音。
ケガ人のようだ。
それもかなりの重症らしく引きずる音もする。
シャルは別の囚人かなと思いつつ、薄暗くランプで照らされている通路へと視線を向けた。
すると体に包帯と手に体を支えるための棒を持った女性が、シャルのいる檻の前に止まった。
その女性は髪が黒く、毛先が少しカールがかかったような状態だった。
肌は白く、綺麗な顔立ちと綺麗な目、そしてとても女性らしいスタイルをしている。
ぼんやりとだけど、見覚えがある。
いつだったかは思い出せないけど、魔王と森で散歩していた時に助けた女性だ。
なぜこんな所にいるのだろうか。
「あなた、シャルって名前があったのね。研究員に聞いたわ。改めましてこんにちは、半精霊のシャルちゃん」
「貴方は?もしかして森で会った…」
「そうよ。私はルナ。星の騎士団の副長を務めていると同時に、特殊部隊の一員をさせてもらっているわ」
「星の騎士……」
シャルにとってその名称は聞くだけであまりにも苦々しい思い。
仲間である魔物を惨殺し、自分を誘拐した部隊なのだから当然だ。
「怖がらなくていいのよ、シャルちゃん。あなたが酷いことされることはないわ。少なくとも命を奪われることはない」
「なんで?」
「…私の命を助けてくれたからね。その礼だと思ってくれたらいいわよ。こう見えても私の発言力は大きいのよ。星の騎士ってより、今までの功績のおかげではあるのだけど。でもシャルちゃん」
ルナは懐から注射器を取り出した。
そして針をシャルに向ける。
小さく鋭利な針で、シャルは少しだけ恐れてしまう。
「その代わりと言ってはなんだけど、少しだけ血を頂戴。あなたの血が必要なの」
「私の血…?どうして……」
「どうしても助けたい人がいるのだけど、今のままだと死んでいると同然でね。その人が本当の意味で生きていけるようになるのには、シャルちゃんの血が必要なのよ。絶対に助かるという保証はないのだけど、可能性に賭けたいの。お願い」
「こうしてルナさんの……命を助けたことが巡りまわって、私の身の安全に繋がりました。それなら…きっとこれも良い事になるのだと…、思います。それに血だけでいいのなら…」
シャルはそう言って右腕を差し出した。
その行動と言葉にルナは微笑みながら、優しい口調で言葉を返した。
「ありがとう、シャルちゃん。安心して、ほんの少しだけだから…」
ルナはそう言って注射針をシャルの右腕に刺した。
針が刺さったことによりシャルは痛む仕草とリアクションをするが、声を押し殺して痛みを堪える。
そして血をほんの少しだけ抜き取ると、ルナはそそくさと注射器を懐に隠すようにしまいこんだ。
すぐさまシャルは刺された右腕に治癒魔法をかけて、止血と治癒を始める。
その魔法にルナは興味深そうに見つめた。
「便利ね、魔法って」
「…そう、でしょうか。確かに道具を必要としない辺りは、とても…便利かもしれません。でも、魔法は……何でもできるという、わけではないですから……。できないことは……ずっと、できないままです…」
シャルが使えるのは付加魔法だけだ。
治癒は、付加による肉体の治癒の促進に過ぎない。
つまりは、いきなり魔法で電撃を発生させたりできるようになるわけではない。
そして使える魔法は魔王だけが例外ではあるが、本来は生来持っている特質のものだけだ。
今は絶滅して存在しないが、エルフや妖精は火だけが扱える者は一生火の魔法しか扱えないし、浮遊を扱える者は一生浮遊の魔法のみだけだ。
「そうね、そう考えたらすぐに必要なのを道具として作り出す人間は凄いのかもしれないわ。それでも魔法というのは魅力的ね。それがあれば魔王と対抗できるかもしれない」
「魔王と戦うの…ですか…」
「当然よ。魔王は人間の敵。これは三百年以上続いている魔物との戦争が証明している揺るぎ無き事実。魔王を倒さない限り、人間に平和は訪れない」
「平和、ですか…」
平和とは何だろうか。
シャルにとっては、戦争とは無関係な頃だった孤独の時の方がよっぽど平和とは程遠かった。
今の、魔王の仲間になれた時がシャルにとっては一番の安寧だったと言ってもいい。
でも戦争をしていなかったら、魔王の仲間になることは無かっただろう。
そう考えると、シャルの境遇は人間からしたら奇妙なことかもしれない。
戦時中という現実のおかげで、シャルは心の安らぎを得ているのだから。
だとしたら、魔王にとっての安寧は何だろうか。
戦うことが魔王にとっての安寧秩序となっているのか。
それは違う…、気がする。
魔王にとっての本当の安寧は、それはきっと……間違いなく………。
「ルナ、ここにいたのか」
「あら、レグルス。どうしたの、何か用かしら?」
地下の牢獄に一人の男性がやってきた。
シャルを誘拐した一人で、レグルスという男性の星の騎士だ。
ルナはレグルスの方へ体と顔を向けて、少し慌ててきたレグルスの様子に何かを察しているようだった。
「こちらに魔物…、いや魔王が向かっている。この中央地の王国都市へ向かいながら、拠点と街を全て潰して来ている。ゆっくりとだが、停滞している様子はない。このままだと三日後にはここに襲撃を仕掛けてくる。目的は…間違いなくそいつだ。しらみ潰しで探してやがる。そのための緊急会議だ、早く来い」
「そう、分かったわ。すぐに向かう。じゃあね、シャルちゃん。好きに生きなさい」
ルナはそう言って意味深に笑顔を見せてから、すぐに真顔に戻ってレグルスと共に階段を上がっていった。
その言葉の意味をあまり深く考えることはなく、シャルは今の会話を聞いて内心嬉しく思っていた。
「魔王、来てくれているんだ…。早く、来て……。私、魔王に会いたい……」
シャルはただ魔王に会えることを願って、檻の壁へと寄りかかる。
しかし、その純粋な想いの代償は彼女の想像を絶する物であった。
そしてその単純な想いが、長きに渡る魔物と人間の戦争の終結の一因となるのだった。




