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呪われし魔王の安寧秩序  作者: 鳳仙花
第二章・侵攻、そして防衛
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魔王の殺意

南の地の砦、司令室。

すでに早朝の開戦から三日経っていた。

戦況は魔王軍が想像以上に戦果を上げており、もはや南の戦闘においては人間の敗北という形で終結しようとしていた。

そして魔王はチェックの印を多くつけた地図をテーブルの上に広げて、逐一くる戦況の報告をまとめていた。


「ふむ、なかなか皆頑張っているな。俺が出るまでもなく勝利か。喜ばしいことかもしれないが、俺はひどく退屈だったな」


「魔王様。いっひひひ、どうも~」


魔王が地図を眺めていると、魔王の名前を呼ぶ声が司令室の入口から聞こえてきた。

声と喋り方で見なくても誰か分かる。

そのまま魔王は地図を見つめて声に反応した。


「魔人か。ここに来るとは早くも大方の用は済んだようだな」


「えぇ、そうです。資源地も昨日の報告通り確保できましたさぁ。…まぁ、ダークドラゴンはやられてしまったのは正直予想外でしたが」


「相手は特殊部隊か。アテナ……いや、勇者と言ったほうがいいか。そいつは生きてるのか?」


その問いかけに魔人は困惑した表情を見せた。

そして酷く申し訳なさそうにしながら答える。


「あー…勇者ねぇ。魔王様が気に入っていると私は知っているので言いづらいんですが、死にましたよ」


「…何?死んだだと?」


魔王は驚きの表情を浮かべた。

それは悲しみという感情から来るものではなく、純粋な驚き。

まさに意表を突かれた様子だった。


「…えぇ、死にました。ダークドラゴンに噛まれ、その身を裂かれていましたよ。生死を確かめたわけではないですけど、人間なら間違いなく死んでいると断定していい様子でしたさぁ」


「む、そうか。死んだか……。それは少し…意外だったな。しかし、奴もそれまでといった所か。勇者の器ではなかったということか」


「まぁ凡人の割には頑張っていたという程度でしょうねぇ。それで魔王様、一つ気になることが…」


魔人が言葉を続けようとしたとき、報告か猿型の魔物が紙を手にやってきた。

その魔物はいかにも疲れくたびれた様子で、火急の報せだと分かりただ事ではないと魔王は気付く。

すぐに紙を奪い取るようにして受け取り、紙を広げて内容に目を通した。

そして魔王は目を見開き、それで魔人もただ事ではないと理解する。


「どういうことだ…」


「どうしたんすか、魔王様?」


「……北の魔城が攻められたらしい。詳しい記載はないが少なくとも鷲の側近と雷帝が討たれたようだ。今から俺が見に行く。魔人、しばらく南の地は任せた。おそらく戻れないが、問題はないだろう?」


「えぇ、問題ないですよぉ。南は任せてどうぞ北へ」


「すまんな。区切りがつけば戻る」


魔王は転移魔法を発動させて、すぐさま北の魔城の近くへ飛ぶ。

その飛ぶ瞬間、魔人がうっすらと気味の悪い笑顔を浮かべていたが魔王はそのことに気付けなかった。

そして、もしその笑顔を見ても真意は分からなかっただろう。


魔王は北の魔城の現状を見て、少しだけ呆然とした。

多くの生焼けの死体と骨、ほとんど焼け落ちてしまって炭のような魔城、無残に斬られ捨てられた魔物、こびりついた血、壊れた武器。

戦場になったのだ。

無残な魔兵と荒れた地など見慣れている。

しかし、ここまで一方的に負けた状況など目にしたことがない。

信じられるだろうか。

何百と越える魔物の死体と最高戦力と謳われた馬精霊の雷帝、知略高い鷲の側近が死んでいるのに人間の死体が一つもないとは。

あまりにも不甲斐ない。


「魔王、ようやく来たか」


「…大悪魔か」


魔王は焼けた魔城を眺めていると大悪魔が待っていたようで、声をかけてきた。

大悪魔の方へ視線を移すと、黒い巨体には似合わぬ白い包帯が不器用そうに巻かれていてケガの深さを物語っていた。

包帯に血が染みていないのは、血を結晶化させているためだろうか。


「大悪魔よ。少し、見て回りながら話そう。何があったか、お前が知る限りでいいから聞こう」


「了解した。話すことは多くある。シャルについても話さないといけまい」


大悪魔と魔王の二人は、肩を並べて山を下って歩き出した。

このまま歩を進めていけば、向かっている場所は森の方となる。

二人が神妙な顔をしながら、まずは大悪魔から話を切り出した。


「まず、鷲の側近については残念に思う」


「ふん、悪魔が相手の気持ちを気遣うか。いい心がけだが、無用だ。あいつは元から死を受け入れていた。むしろ死ねて清々しい想いだっただろうな。あぁ見えて…鷲の側近は昔に拘わる性格であった。きっと今頃は全てを清算できたと思って良い気持ちであろう。少なくともお前が気にかけることではない」


「そう、か…。それで、これを一番に言うべきことだったか。魔城を守れなくて申し訳ないと思っている。我の力不足だ」


「それもお前が気にかけることではない。完全に俺の判断ミスだ。全地域に戦力を回す準備はできていたが、肝心の連絡手段が悪すぎた。おそらく鷲の側近は連絡をすぐに飛ばしていただろうが、連絡員が討たれたに違いない。それに相手は星の騎士団だ。入念な準備があっても無理だっただろう。そのことに関しては、サキュバスはよくやってくれた。結果は散々だが、雷帝を向かわせたのは当時の現状を考えれば悪い判断ではなかった」


大悪魔はそう言われて、星の騎士団達の戦いぶりを思い出す。

人間とは思えぬ動きにあの力強さ。

そしてまるで歯が立たぬ魔物達。

正直いってあそこまでの強さは、強力な悪魔より上だ。


「確かに、奴らの強さは言葉に尽くしがたいほどだった。悪魔の世界ではないとは言え、こうまで人間にやられるなど驚嘆する他ない」


「…それよりだ。シャルはどうしたのだ。俺はあいつには戦闘には参加しないように言っていた。火傷でも負ったのか?」


「………いや、シャルは連れ去られた」


「なに?」


大悪魔がシャルが誘拐されたことを口にしたとき、魔王は足を止めた。

そして遠くの森がざわつき、風の向きが変わって荒くなるほどの殺気。

大悪魔は気配だけではなく、魔王から漏れる魔力を肌で痛いほどに感じる。

一気に温度が下がり、心なしか雲行きも怪しくなった。

魔王は低く、ゆっくりとした口調で質問を続けた。


「なぜだ?」


「戦闘に参加し、星の騎士団が利用価値あると判断して連れて行ったようだ」


「なぜ、死守しなかった」


「確かに我の近くにいた。だが、負けてしまった。雷帝は殺され、我は深手を負っていたために奪還は不可能だと判断した」


「阿呆め」


魔王は怒りからか、見えぬ程に速い拳で大悪魔を殴り飛ばした。

重く鈍い音が鳴り、大悪魔の体が弾き飛ばされる。

さっきまでどんな問題も自分のミスだと、気にかける必要はないと言っていた者の行動とは思えぬものだった。

魔王は冷酷な目で、立ち上がる大悪魔を一瞥してから空を見上げて、まるで地獄のいる者のように囁いた。


「いいか、大悪魔。次からはお前の身が朽ちようとシャルを守れ。いや、やはり守らなくていい。俺が守る。俺が今から取り返しに行く」


「今からだと…?貴様が魔王の立場であるなら、先決するべきことが他にもあるだろう」


「愚図は黙れ、俺に指図するな。殺すぞ」


「なぜだ、なぜそうまでしてシャルを優先する。あいつは弱い。確かに便利な能力を持っているが、魔王軍に必須かと言われば別だ。それにまだシャルが生きているとは保証できない」


「…悪いが、あいつには守ってやるという約束しているからな。もし、死んでいるのなら…」


魔王の魔力が更に漏れる。

すでに魔力は大悪魔と戦っていた時の以上に、強大なものとなっている。

あの時の魔王は全ての魔力を使っていたはずではあった。

しかし精神は魔法に影響する。

魔王のドス黒く強い想いが、魔王の本来の魔力の一割近くが解き放たれているのだ。

魔王は魔力を高め、それだけで地面にヒビが入る。

強い揺れと風が砂埃を巻き起こす。

魔王は一切の冗談もなく、殺意ある表情で言葉を続けた。


「もしシャルが死んでいるのなら、人間を……滅ぼすだけだ」


人間は忘れていた。

魔王は遊びで人間と戦っているに過ぎないと。

人間は知らなかった。

魔王の強さへの噂は、それ以上だと。

人間は絶望する。

本気の魔王には、人間の如何なる術も無意味だと知るから。

人間は滅ぶだろう。

魔王には絶対に勝てないから。


魔王は静かに、人間の主要都市がある中央地へと向かって歩き出した。

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