敗北
一方、北の地の森では大悪魔と星の騎士団の大剣使いであるレグルスは戦闘を続けていた。
この戦況はシャルの付加魔法の加入により、大悪魔が押していた。
付加魔法の力で血の硬度を上げられ、大剣の利点である破壊力を殺されているのだ。
だからこのままいけば、大悪魔はレグルスを仕留めれそうなほどであった。
「くっ!」
レグルスは振るう大剣をいとも簡単に弾かれてしまい、攻めあぐねていた。
今までの打ち合いではっきりと分かったことだが、もう真正面からの攻撃では大悪魔に太刀打ちができない。
こうなるとミザルとアルコル、アケルナルの力が必要だ。
そもそも氷帝に近い戦闘スタイルである大悪魔と名乗った魔物は、相性的には手数の多いルナやアケルナルが適している。
なら一度は撒いて身を隠すしかない。
そう判断したレグルスは、大剣を手にして後ろへと下がっていった。
当然、血の結晶武器を手にしている大悪魔は逃げていくレグルスを追って走り出す。
しかし、そこで追い切る前に大悪魔は体の異変を感じた。
力が抜けるような感覚で、さっきまでのように力が湧いてくるものではない。
付加魔法が乱れているのだ。
何事かと、思わず大悪魔は辺りを見渡してシャルの姿を見つけた。
見るところ無傷ではあるが、気分が良くない様子だった。
どうしたのか、そう思ってシャルの顔へと視線を移すとその表情は絶望の淵に立たされた顔をしている。
そしてどこか遠くを、一点に見ていて顔を青くしていた。
一体何を……。
大悪魔はシャルが見ている方向へと視線を動かす。
すると煙が見えた。
間違えでなければ、おそらくは北の魔城の方からだ。
「まさか、魔王の側近がしくじったか!?馬鹿ないつのまに!」
大悪魔は嫌な予感がして、すぐに北の魔城へと飛び出そうとした。
しかし飛ぼうとしたとき、森の茂みの中から高速で銀色の円の刃が飛び出してきて、大悪魔の背中を通っていた。
そのせいか力を込めて翼を動かそうとすると片方の翼が体から離れていき、不本意ながら地面へと落ちることになる。
続いて大悪魔の体が地面へと叩きつけられると同時に、複数の矢が大悪魔の首を貫く。
この矢により首の傷を塞いでいた血の結晶が砕かれしまい、大量の血が噴き出てしまった。
遅れてシャルは大悪魔が攻撃された事に気づきはしたが、全てが遅すぎた。
一本の矢がシャルの方へと射たれていて、矢が体に当たっては金属音が鳴ると同時に木の上から落とされた。
結界魔法によって保護されている黒色のローブのおかげで矢は刺さりはしなかったが、衝撃までは消しきることはできない。
そのせいでシャルは胸に辛い痛みを感じながら、地面へと伏したのだった。
この倒れたシャルの小さな頭を、子供の足が踏みつける。
「なんだ、この妖精?隠れていたなんて生意気だね」
踏みつけたのは金髪の少年のアルコルで、なぶるかのように足を動かしてシャルの頭を土で汚していく。
それに対してシャルは抵抗できずに呻くだけだった。
そして呻くシャルに、弓矢を構えた金髪の少女のミザルが木の茂みから姿を現した。
「わー!綺麗な緑の髪だねぇ!でも、なんでこんな所にこんな生き物いるんだろ!不思議!一応、殺しておいた方がいいのかな!」
元気よく言いながら、ミザルはしっかりと矢の先をシャルの頭に狙いを定めた。
射たれたら間違いなく即死するだろう。
「んー、いいんじゃないかなミザル。こんな魔城の近くにいるってことは魔物の仲間だろうしさ。僕が好きなように弄んでもいいけど、そんな時間は今回はないから譲るよ」
そう言ってアルコルはシャルの頭を蹴り飛ばしてから、後ろに数歩下がって場所を空けた。
するとアルコルとシャルの間に距離ができた瞬間、ミザルはすでに引いていた弓矢をシャルの頭を狙って撃ちだした。
「はい大人しく死んでね、妖精さん!」
射たれた矢はシャルの頭へと正確に向かっていく。
しかし拘束が外れたことに気づいてか、矢が頭を貫こうとする直前にシャルは頭を上げて偶然にも矢を避けた。
射たれた矢は空ぶって地面に刺さり、あとほんの一瞬でも起きるのが遅ければシャルの頭に刺さっていたのは間違いない。
「あぁ……!」
シャルは悲鳴をあげながらも驚きで起き上がろうとするが、目の前の金髪の双子が敵だと理解しているために恐怖で尻餅を着いてしまう。
あとは荒く途切れた呼吸音を鳴らしながら、アルコルとミザルの姿を見つめるだけだった。
だけどアルコルもミザルもシャルの反応など意に介さず、ただ矢が外れたことに腹を立たせたようだった。
「もぉー!なんで避けるのよ!この距離でしっかりと狙って外すなんて恥ずかしすぎて、あたし泣きそう!」
「ミザル駄々こねないでよ。生意気なこと言っても当たったことにはならないんだからさ」
「でもでもぉ!うぅーん!」
ミザルが大声で唸っていると、撤退しようとしていたレグルスが引き返してアルコルとミザルの近くに移動してきた。
この双子はこの状況でよくふざけたことを言えるなと呆れつつも、レグルスはアルコルに声をかける。
「よぉ、アルコル。こっちに戻ってきたのか。俺はしばらく待機していろって意味で言ったつもりだったんだがな」
「あぁ、レグルスか。まぁミザルといれば何ともないからね。それよりだいぶ手こずっていたみたいだし、僕たちの援護に感謝するべきじゃないかな」
「…まったく本当に生意気だなお前は。ところであの大悪魔という魔物は仕留めたのか?」
「あの巨体の気色悪い生意気な魔物こと?さぁ、多分死んでいるんじゃない?さっきから動く気配ないし。それにあいつには散々バカにされたけど、今はこの妖精で遊んだ方が楽しそうだから興味ない」
アルコルの言葉を聞きながら、レグルスは倒れたまま動かない大悪魔の姿を見る。
さっきまで大悪魔は、戦闘中は血の結晶化により止血をしていた。
しかし今は倒れたまま血を流していて、結晶化させるような素振りが見受けられも感じもしなかった。
とてもではないが、生きているようには思えない。
だが、シャルだけが大悪魔はまだ生きてると確信していた。
魔王との戦闘の時もそうだったが、どうも瀕死に近いダメージを与えられると血の操作が安定しないらしい。
だから生きていていると根拠無しに勝手に思って、無理に希望を持つ。
どちらにしろ回復をさせてあげなければ危険だ。
シャルは這いずるようにして大悪魔へと近づこうとする。
でもその行動はアルコルによって阻まれる。
「なにしようとしてるの?それで逃げてるつもり?」
「きゃあ!」
アルコルはシャルを蹴り飛ばし、横転させた。
それでもシャルは何とか大悪魔の元へ行こうと身をよじらせる。
けれどそこでアルコルはシャルの上に足を乗せて踏みつけ、移動ができないようにしてしまう。
だめだ、届かない。
治癒魔法が……届かない。
シャルは大悪魔へと手を伸ばす。
しかし距離はまだ数十メートルとあって、魔法が届くわけでもないのでその動作は意味がない。
それでもシャルは腕を伸ばすしかなかった。
私の力では戦えない。
だから私にできることは大悪魔の傷を癒すことだけ。
それが私と魔王、魔物達の居場所を守れる方法。
居場所を失いたくない。
「あっはははは!なんだこいつ!惨めだよ!さっきからまともに動けないでいるの!攻撃を受けたわけでもないのにさぁ!」
アルコルは歪んだ笑顔を浮かべて、またシャルを蹴り飛ばした。
今度蹴られたのは腹部だったために黒色のローブの結界のおかげで、いくらか衝撃は殺される。
それでも痛いには変わらない。
シャルは身を土で汚してまみれ、苦痛で表情を歪めた。
痛い、辛い、苦しい、嫌だ。
でも、居場所がなくなるのはもっと心が痛くて、頭が割れそうになるほどに辛くて、吐いてしまいそうになるほど苦しくて、死ぬより嫌だ。
私が守らないと。
魔王の代わりにこの居場所を。
私が…、なんとかしないと。
シャルは頭を働かせようとしたが、どうすればいいかと何も思いつかない。
力に差がありすぎる。
それでも、力に差があっても何かしなければどうしようもない。
シャルはゆっくりと立ち上がる。
小さな体を奮い立たせて、虚ろで力ない目で星の騎士達の姿を捉えて大地を足で踏みしめる。
「もう帰って…ください…!」
シャルは小さい声でありながらも力強く訴えかけた。
それが滑稽だったのか、アルコルは馬鹿笑いをした。
「…ふふっ、あっはっははは!あははあははあははは!なんだそれ!意味が分からなすぎて笑えるよ!本当、この妖精なんだろうねぇ」
レグルスはジッとシャルを見つめていたが、遅れてシャルが妖精でないことに気がついた。
「アルコル、おそらくこいつは半精霊だ。妖精の特徴で緑髪など、文献にはなかったはずだ。それに緑髪はエルフだけの物のはずだ」
「へぇ?レグルスは物知りだなぁ。つまりこいつは半端者なんだ。妖精でもなくエルフでもなく精霊でもなく、できそこないで純粋な祝福が無いという意味であり、半分だけ精霊という生物にすら分類されていない。つまりは家畜の豚にも劣る存在だ。ゴミ同然、生き物として認められぬ存在。どおりで生意気なわけだ」
「……それは人間の勝手な解釈だろう。いくら相手が魔物に与するものでも、種族を馬鹿にするものではない」
「はいはい、レグルスは良い大人だよ」
アルコルとレグルスが会話している間に、シャルは唯一隠し持ってきていた武器であるナイフをローブの下から取り出そうとする。
けれどその不自然な挙動は見抜かれていて、ミザルが俊敏に動き出してシャルが忍び込ませた腕を掴み上げて捻った。
突然の痛みに、シャルはナイフを地面に落として苦痛の表情を見せる。
「もう!アルコルもレグルスも何呑気してるの!さっさとこの妖精だか半精霊だか殺して魔城の方へ行こうよ!きっともうアケルナルは乗り込んでいるはずだよ!」
ミザルの言葉にレグルスは魔城の方を向いて、気が抜けた声で返事をした。
「もう、別に魔城に行く必要はないだろう。すでに………、魔城は落ちている」
レグルスがその言葉を口にしたとき、魔城から漏れていた煙は一気に大きくなって火を噴いた。
燃え上がっていくのが空に昇る煙の量で分かる。
その光景はただの山火事に見えるかもしれない。
けれどその煙はシャルにとってはあまりにも絶望的なものだった。
アルコルは木の上へと駆け上がり、魔城がある方向を覗き込んだ。
そしてつまらなそうな表情して喋った。
「ふーん、もう魔城が燃えたってことは魔王はいなかったってことか。なら長居する必要はないね。他に仕留めておく敵がいるわけでもないし」
「そうだな。アケルナルと合流して中央地の王国へ帰還だ。……その半精霊はどうするか。なにかに利用できそうではあるが」
レグルスの言葉になぜかミザルがいち早く反応した。
それは気の抜けたようなふざけたリアクションだ。
「利用?えぇー!レグルスってそういう趣向をお持ちなの!?いやだ、あたし怖ーい!」
「何馬鹿なことを口にしている。俺はルナとかの方が好みだ。じゃなくてだな、その半精霊は魔王にとって大事な部下の可能性がある。半精霊は人間が栄える時代の前でも、希少な存在だったらしいからな。何より王国の研究に役に立つかもしれない。捕虜として連れいこうと俺は提案する」
「まぁいいんじゃない。僕はどっちでもいいし、僕は決定権とか物事のあれこれとかそういう面倒なのは遠慮なんでレグルスに任せるよ」
「あたしもどっちでもいいよ!レグルスは年長さんだしね!多分いい判断だよ!」
ミザルとアルコル、レグルスはシャルを捕虜にしようと話をまとめ始めた。
だけどシャルは黙ってそんなことをされようとするわけもなく、腕に力を入れて暴れようと身を動かす。
しかしいくら力を入れようと、ミザルの力に敵わない。
見た目による体格差に大きな違いはないのに、鍛えられ方がまるで違う。
暴れだそうとし始めたことに気づいたアルコルは、シャルに歩いて近づき顔を殴りつけた。
同時にミザルが手を離すものだから、殴られた衝撃でシャルは顔を手で押さえながら地面に尻餅をつける。
「なんだ、こいつ。黙って大人しくしてくれないかな。もしかしてまだ何とかできると思ってるの?それなら…、君が黙るまで僕が痛めつけてあげるよ」
「い…いや…!助けて……魔王……!」
アルコルは悪意ある表情をみせて、怖がるシャルへと歩み寄った。




