命散る
今度は攻撃が入ったか、と一瞬だけ鷲の側近は思ったがそうも簡単に思い通りにいくわけもない。
アケルナルは片方のヌンチャクを元の槍の形へと戻すかのように鎖部分だけを再接合して、まるで柄の長い短刀の形状で小さな槍にしていた。
その短刀の柄の部分で曲刀を受けきってくる。
それでもすぐさまに鷲の側近は、片手剣と曲刀の二本の武器で更に攻撃を仕掛けていく。
鷲の側近の剣さばきは流れるように鮮やかで素早い攻撃ではある。
だがアケルナルの方が接近戦は明らかに強く、ヌンチャクと短刀の形状を変えては使い分けてきて攻撃が通らない。
それどころか五発ほど打ち合いした頃には逆に鷲の側近が攻め込まれていて、防戦一方へと変わっていた。
更に三回打ち合うと鷲の側近の片手剣が弾かれ、すかさずアケルナルは短刀で首を狙ってきた。
身の重心を少し後ろに下げて避けようと試みるが、アケルナルの短刀は振られながらも接続部分が外れて鎖が露出される。
振っている途中でヌンチャクへと変わったことにより、攻撃の範囲が変化して避けきることができなかった。
アケルナルのヌンチャクは鈍器として鷲の側近の頭に激突する。
石と石がぶつけられたような鈍い音が鳴り、頭が首ごと吹き飛ばされたかのように大きく仰け反って鷲の側近は血を飛び散らした。
あまりにも強烈な衝撃で意識が飛びそうになる。
激痛と違和感、頭の骨が砕けたか。
それでも鷲の側近は気を失うことはせず、すぐに戦う者の眼をして姿勢が崩れたままにも関わらず曲刀を振った。
しかし体勢が悪い事と与えられたダメージのせいもあり、振りが少し鈍い。
だからアケルナルが後出しで続けて振ってきたヌンチャクの方が速く、先にそのヌンチャクが鷲の側近の腹部にぶつかって内蔵が裂けるような痛みに襲われる。
腹部に攻撃を与えられたことで反射的に身を丸める動作をした所で、更にヌンチャクで後頭部を打ち砕かれた。
続けて顔が後頭部の攻撃で下がった所で、顔面にヌンチャクをぶつけられて頭を強制的に上に叩き上げられる。
もはや連撃されたことで、鷲の側近の体は数秒間自由が効かなくなっていた。
そのため、まだ続けて襲ってくるヌンチャクの攻撃を防ぐことができない。
それに鷲の側近が抵抗する動作すらできないために、ヌンチャクに力を込められる時間が充分にあった。
「……がっ…!」
ついに鷲の側近が短い悲鳴をあげた。
力を込められたヌンチャクが横に振られて、鷲の側近の左腕に当たって骨を折ったのだ。
しかしそこで鷲の側近は力を振り絞って気を奮い立たし、右腕で式術の札を取り出した。
それは爆破の式術。
鷲の側近はその札を握り締めたまま、アケルナルを爪で引き裂こうとする動作で腕を振るった。
当然アケルナルはその攻撃に反応してヌンチャクで腕を叩こうと振り回したが、鷲の側近の狙いは厳密にはアケルナルではなかった。
勢いよく振り回されたヌンチャクが狙いで、ヌンチャクを見事に手で受け止めてみせた。
だがそれは容易なことではなく、強い衝撃で指の骨が折れてしまった。
でも今更、右手のどこの骨が折れようと鷲の側近には関係ない。
ヌンチャクを掴み上げた所で式術は発動する兆候をみせて、鷲の側近の手のひらの中で点火された。
「まさか!」
アケルナルは鷲の側近の行動に予想がついて驚きの表情を見せたが、鷲の側近は対照的にどこか笑っているような顔を見せた。
それは自嘲すると同時に覚悟を決めた笑い。
自分の身がどうなろうと気にしない表情だ。
式術は鷲の側近に握られたまま発動され、火炎と共に爆発が巻き起こった。
互いの顔に熱い火の粉と赤い液体が飛び散り、同時に爆発によりアケルナルは身を引いて距離を取った。
でもその身を引く行動はあまりにも遅く、握られて爆破された片方のヌンチャクは破損してしまっていた。
これでは使い物にならないが、それ以上に重要な物が鷲の側近は使い物にならなくなっていた。
直接的な爆発により鷲の側近の右手が完全に消し飛んでいて、手首から先は綺麗に無くなっていたのだ。
蛇口を捻って放出した水のように右手首からは血が流れ出ていて、かすかな煙も散らされている。
それに鷲の側近は口や鼻からも血を出していて、激痛に表情を大きく歪ませていた。
いくら敵の武器を破壊するためだとしても、右手を捨てるなどアケルナルは驚くしかない。
とてつもない兵器を破壊するためならまだ捨て身をするのは分かる。
だが鷲の側近が狙ったのは剣一本同然の武器だ。
そのために右手をすてるなど、あまりにも無謀で無茶苦茶だった。
これですでに鷲の側近は両手が使えない。
人間だったら戦闘の継続は不可能だろう。
だが、彼は鳥だ。
彼に戦闘に必要なのは人間のような手の器用さではなく、空を飛ぶ力と相手を引き裂く爪だ。
鷲の側近は回転をかけて上へと飛び上がり、回転の力で懐からナイフを弾き飛ばして口にくわえた。
アケルナルはまた追いかけて跳びあがってもいいが、片方の武器が破壊されたせいで手元には一つのヌンチャクしかなく、追いかけることはしなかった。
アケルナルには他の武器もあるが、わざわざ無理して仕掛ける必要はないから追い打ちはしない。
それもそのはずだ。
鷲の側近もボウガンを装備しているが腕が使えない今、撃てるわけもない。
そのために鷲の側近はアケルナルに攻撃を仕掛けるのなら、接近するしかないのだ。
それにこの城が本拠地でもあるために、上に飛んで撤退して準備をし直すことや治療もできない。
それほどに城内は手薄であり、何より結界の張られていない城内から火を点けられたらおしまいだ。
これらのことをアケルナルは理解していた。
「ふー……ふー…!」
鷲の側近は痛みと体力の消費のせいで息が荒くなる。
口に力が入らず、咥えたナイフを落としてしまいそうだ。
顔面をヌンチャクで叩き潰されたせいで、くちばしは攻撃に使えない。
いよいよ、攻撃手段が狭められてきた。
鷲の側近はこれ以上の体力の消費でスピードが落ちるのを危惧し、滑空してアケルナルへと向っていく。
その速さは瀕死の鳥が出すような速さではなく、力強く猛々しいものだ。
もう一瞬で勝負は着く。
アケルナルは破壊されたヌンチャクを投げ捨てて、鷲の側近が使っていた曲刀を拾いあげた。
その動作が終えるとき、鷲の側近は決死の覚悟と表情で、血まみれになりながらアケルナルに接近しきっていた。
鷲の側近は首を振って咥えていたナイフを振るおうとするが、アケルナルが曲刀で鷲の側近のくちばしを切り落とす。
だが鷲の側近の血が散っていくよりも速く上半身を起こして、足の爪でアケルナルの身を掴んだ。
もちろんただでアケルナルが捕まる訳もなく、ヌンチャクから槍の形状に戻していた武器で鷲の側近の片方の足を刺し貫いていた。
更なる激痛が鷲の側近を襲う。
けれど鷲の側近は痛みなど表情に表せど気にすることはなく、足に力を入れて爪をアケルナルの身にくいこませた。
爪は肉を抉っていくが、深く傷跡をつけるよりも先にアケルナルが曲刀を持っている腕を振るう。
鷲の側近の視界に映る景色が回った。
そのとき、不思議と風の音が聴こえた。
静かで綺麗な風の音。
それは身には冷たいが、生きていることを認識させてくれる風。
この風は前にも体感した。
なぜ俺を殺さなかった。
なんだ、殺されたかったのか。
違う、理由を訊いているんだ。答えろ。
偶然だろうな。偶然、お前だけが反乱組織の唯一の生き残りだ。
ふざけるな、俺はお前を魔王の座から引きずり落とそうとしたんだぞ。祖父や親父はお前に仕えた。だが俺は違う。お前を王と認めるものか。
それがこのザマか。野盗の真似をして、反乱組織を企て、仲間共に人間の罠にかけられ、自ら作り上げた反乱組織に処刑されかける。そんなお前が王を語るのか。
うるさい、黙れ。死ぬならそれまでだ。死んでも、俺は文句はなかった。
死に場所だったとでも言うつもりか。
そうだ、俺の死に場所であり、生きていく場所でもあった。全部…、壊れてしまったがな。
くだらんな。
侮辱するな!お前に俺の気持ちのなにが分かる…!
知るか、マヌケめ。お前を殺さなかったのはお前の父の頼みだ。父親に感謝するんだな。
父親が…?
そうだ、お前が殺した父親だ。やれやれ、死にかけにも関わらず、よくこんな頼みごとができたものだと感心する。
そんな…、ありえない。
詳しい事情は知らん。だが、せっかく助かった命だ。もう少し生きてみたらどうだ。
………生きるとしても、俺にはもう生きる場所など…。
……そうだな。なら、お前の死に場所と生きる場所を奪ったのは俺だ。俺の元に来い。再び魔王軍の一員として忠誠を誓え。生きる場所も死に場所も与えてやる。
生きる場所も、死に場所も…。
悪くない話だろう。さぁ、お前の名前はなんと言う。
……俺はアクイラ。いや、名前など捨てよう。今までの自分の全てを捨て、新しき一匹の魔物としてお前に仕える。
全てを捨てるか。面白い、この一連の騒動含めて気に入った。なら俺の側近として働くがいい。本当に全てを捨てる覚悟があるのなら。
あるさ。いいだろう、俺はお前の……魔王様の側近として生きていく。
ではよろしく頼むぞ、鷲の側近よ。
はい、魔王様。
あの時、私が忠誠の誓いとして魔王様の手を掴んだときに風が吹いた。
懐かしい。
あぁ…、あの風は……あの時は心地よかったな。
すみません、魔王様。
私は……不出来な魔物でした。
風が止んだとき、鷲の側近の首が宙を舞った。




