獅子の心臓
アルコルの振るう鉄の輪は、大悪魔の首へとめり込んでいく。
このままでは大悪魔の首はなくなってしまうはずなのに、大悪魔は余裕ある表情を崩すことはなかった。
「やはり小生意気なガキだ」
首を深く切られながらも大悪魔はアルコルの首を掴み上げて、翼で空へと飛んだ。
血が首から溢れていくにも関わらずに、大悪魔は上空へと舞い上がればアルコルを地面の方へと投げつける。
更に続けて大悪魔は首の血を結晶化させて止血させながらも、溢れた血で槍の形に結晶化させた。
もうさっきから矢を撃ってきた敵の位置はだいたい把握できている。
だからそこへ目掛けて、血の槍を大悪魔は投げつけた。
この攻撃に対し、ミザルはすぐに音で敵の攻撃がこちらに接近していると察知した。
しかし大悪魔の投げた血の槍は、木の上にいるミザルの遥か足元へ飛んでいる。
場所自体は間違っていないが、高さがずれていた。
これによりミザルは避ける必要がないと判断して油断したが、それは大きな間違いだ。
ミザルの下に着弾した血の槍は形状変化をして、細長い針山となって一気に空へと向って伸びていった。
油断していたためにミザルは気づくのに遅れて回避し損ねる。
浅くありながらも、ミザルの片手が血の針によって切られてしまった。
そして投げられて落下していくアルコルは何とか着地する体勢を整えようと、障壁の式術を発動させる札を取り出した。
できるなら障壁に着地したいが落下の速度に追いつかず、足元に式術を発動できない。
だから障壁で可能な事はせいぜい一瞬だけ手のつかみ場所となって、落ちる勢いを殺すことだけだ。
アルコルはその方法で地面への落下速度を落としていくが、まだ地上まで数メートルの高さがあったとき大悪魔は血の結晶化を発動させた。
結晶化したのは大悪魔の首を斬ったときに付着していたアルコルの片腕の悪魔の血、そして更に血の針で付着したミザルの片手にもだ。
アルコルとミザルは苦痛で表情を曇らせながら痛みを堪えた。
しかしアルコルは突如の痛みで障壁の掴みに失敗してはバランスを崩し、着地は下手なものとなってしまう。
そしてミザルは片手を悪魔の血により蝕められて、思わず弓を落とした。
アルコルが着地のミスにより体を地面に強打して痛みに悶えているとき、大悪魔は急降下してアルコルの体を潰してやろうと拳を引きながら一直線に飛んでいった。
大悪魔の怪力で殴られれば、当たれば即死は免れない。
だが避けようがないほどに体の自由は動かず、アルコルは地に這いつくばって大悪魔の接近を見ることしかできなかった。
大悪魔がアルコルに接近しきり、拳を振り下ろそうとした瞬間だ。
一つの影が飛び出て大悪魔を吹き飛ばした。
「ぐぅっ!?」
大悪魔は翼を羽ばたかせて体勢を立て直し、我が身を突き飛ばした影の正体を見る。
突如現れたのは刃だけで二メートルはあろう大剣を手にした、屈強な男性だった。
短い茶髪に強面な面構え、群青色のマントとフード。
明らかにこの子供の仲間だ。
新手により大悪魔はすぐに攻撃を仕掛けずに、警戒して睨みつけた。
それに対して屈強な男性はアルコルのマントを掴んで、仏頂面をしながら無理に立たせた。
「アルコル、大丈夫か」
「レグルス、来なくても大丈夫だったのに…」
レグルスと呼ばれた屈強な男性はアルコルの言葉に笑いもせず、特に反応も示さずに大剣を構えるのだった。
「アルコルよ。お前は一旦下がってミザルと行動していろ。こいつの相手は俺がする。一度、前に戦っているしな」
その言葉に大悪魔が少なからず反応した。
前に北の魔城周辺の森で出会った偵察らしき人間はこいつかと理解する。
あの時は大剣を持っていなかったから、当時は戦う気はなかったということか。
それであの強さなのなら油断はできない。
「ちっ、分かったよ。負けそうになっても助けないんだからね」
アルコルはその言葉を捨て台詞として、この場から離れて行った。
今のアルコルは手負いで仕留めるのは容易だが、大悪魔は追おうとはしなかった。
いや、できないのだ。
このレグルスという大剣を携えた屈強な男性に、隙を見せるわけにはいかないから。
「さて、魔物よ。お前ほどの実力者だ。名前を是非とも聞いておきたい」
「…本名は明かせぬ。だが我は大悪魔と名乗っている」
「大悪魔か。いいな、強者らしい名前だ。俺は星の騎士団が一人、レグルス。名の意味は小さな王。いざ、参る」
星の騎士団か。
通りでさっきの子供も妙に強いわけだ。
大悪魔は虫を使役しては潰し、血の結晶を発生させる。
作り上げたのはレグルスと同様の大剣だ。
同じ武器を扱う者同士で戦う時、勝敗を分けるのは技以上に身体能力だろう。
まして大剣という大振りな武器なら尚更だ。
数秒睨み合い、先に動き出したのはレグルスの方だった。
真っ直ぐに飛びかかりながらも大剣を大きく振り上げて、大悪魔を狙って振り下ろす。
とても単純な攻撃だが、そのレグルスの気迫と力強さはとてつもなく、血の大剣で受ければ折られるのは間違いない。
そのために大悪魔は避けに徹して、紙一重で避ける。
振り下ろされたレグルスの大剣は空気を切り裂き、まるで巨大な岩でも落ちたかのような地響きと穴を地面に作ってみせた。
大悪魔は体勢が悪いので血の大剣ではなく、すかさず尻尾で反撃した。
しかしレグルスは尻尾を片腕で掴み上げた。
レグルスは腕にはガントレットを装備しているが、大悪魔の尻尾は石程度なら切り裂くほどに強力だ。
それを受けるなど、よほど丈夫な材料であると同時に、かなりの重量のある装備だということだ。
しかもレグルスはただ尻尾を掴んだだけではなく、引っ張って大悪魔の姿勢を一瞬だけ崩してみせた。
大悪魔の体重は少なくとも二百キロ近くはある。
それなのに片腕で動かすとは並外れた腕力だ。
レグルスは大悪魔の姿勢を崩すと、すぐさま大剣で切り上げようとする。
今度は大悪魔は血の大剣でその斬撃を受けた。
力強さが血の大剣から音と共に、大悪魔の巨体へと響いてくる。
だが次に大悪魔が血の大剣を振ってレグルスを裂こうとすると、レグルスは続けて大剣を振り下ろして血の大剣を打ち砕いた。
すかさず大悪魔は悪魔の虫を使役しては、折れた血の大剣で虫を斬ると同時に血の刃を修復してみせる。
それからレグルスは尻尾を離して両手で大剣を持ち直し、大悪魔と刃を打ち合った。
時折、大悪魔が尻尾も併せて攻撃してはいるが、レグルスは見事に捌き防いでいる。
血の大剣は何度も崩れては再生を繰り返し、足元や周りには血の欠片が舞って落ちていた。
悪魔の血の操作で液体化や結晶化ができればすぐにレグルスにダメージを与えれるのだが、今は悪魔の虫を使役するのが精一杯で操作に意識を向けている余裕が無かった。
それほどにレグルスの斬撃は鋭く速くそして強力で、とても大剣を相手にしているようには思えないほどだった。
「獅子の型、心貫き牙」
レグルスが呟くと、突如太刀筋が変わってひと振りの刃の落としが大悪魔を襲った。
大悪魔は血の大剣で防ごうとするが、受けきる前に強度が持たずに刃が折れて、軌道をずらすのが限界だった。
これで大剣は防いだ。
なのに大悪魔は胸の辺りから血を流していた。
見れば小さな短剣が、大悪魔の胸を刺し貫いている。
「馬鹿な、いつのまに…」
大悪魔は驚きながらも、レグルスの動きを凝視した。
するとレグルスは瞬間的に服から小さな短剣を放り出しては、それを大剣で打ち飛ばすと同時に斬りかかってきた。
今、胸に刺さっている短剣も同じ方法だ。
気づかぬ内に短剣を放り投げると同時に、大剣を振り落として短剣に勢いをつけて刺したのだ。
器用な真似を。
大悪魔は口元を緩め、自嘲しながら砕けた血の刃でレグルスの大剣を打って直撃は避ける。
しかし飛んできた短剣には間に合わず、体に何本も短剣が刺さり流血した。
このままではさすがにまずい。
レグルスは大剣を振り上げると同時に、獅子のような鋭い目をして呟く。
「獅子の型、肉抉りし爪」
レグルスは大剣を振り上げ斬る動作と同時に、大剣を自ら空へと投げた。
そして両手の指の間に短剣を何本も持ち、大悪魔の懐に潜り込んで素早く腕を振るった。
今更、至近距離の敵の攻撃を防ぐ手立てはない。
大悪魔は短剣で斬られると同時に刺し貫かれ、すでに体には十を超える数の短剣が刺さっている。
どれも深く刺さって、肉を裂いてきている。
アルコルから受けた首の傷、ミザルから受けた背中の矢、レグルスから受けた数多くの短剣。
この積み重ねられたダメージはあまりにも大きく、大悪魔の感覚は鈍くなっていく。
ここまでか。
レグルスは高く跳び、空中で大剣を手に取っては大悪魔へ向って全力で刃を振り下ろす。
それは文字通りに全身全霊の攻撃だろう。
血の結晶程度の強度では防ぎようがない。
それでも抵抗しようと大悪魔の体は動き、血の刃で防ぐ動作はする。
軌道を動かすこともできはしない。
ただここで切り裂かれて終わりだろうなと、大悪魔は思うしかなかった。




