第六話 代償とは相手の心を満たすもの
「お、おっさん!」
俺は目の前で倒れてるおっさんに声を掛ける。
「だ、誰がおっさんじゃ」
あっ、よかった。 見た目の割には元気だ。
「あなたしかいないじゃない。 まぁ、おっさんのことはどうでもいいわ。 それよりこれは一体どういう状況かしら? もちろん説明してもらえるのよね? 園長先生……いえ、古の魔女さん」
青蜜が声を張る。
ど、どうでもいいって。
確かにこのおっさんは悪いところだらけだけど、だからってここまでぼこぼこにしなくてもいいじゃないか。
見ろ、この顔! ちょっと半泣きじゃん! 流石に可哀想だろ!
……ここは俺も一言だけでも言ってやらないと。
「お、俺にも説明して欲しいですね。 いくらなんでもやり過ぎなんじゃないですか? ま、魔女さん」
その言葉を口にした瞬間、全身の毛穴から汗が吹き出た気がした。
は、恥ずかしい。 魔女って単語を人に向かって言うのめちゃくちゃ恥ずかしい。
青蜜よくそんな真顔で言えるな。 やっぱすごいわ、こいつ。
……あとは任せよう。
俺は青蜜の背中に隠れるように、一歩下がった。
「い、古の魔女って。 あおちゃん……私のことじゃないわよね?」
「え?」
俺と青蜜が同時に声を漏らす。
目の前の女の人は、今にも泣きそうな顔でこっちを見ていた。
「かっはは! おい、百合子。 お主、魔女扱いされておるぞ? いやはや、どの世界でも若者の早とちりというものは年配者の心を砕くものよなぁ」
園長の後ろから甲高い声が響く。
「リ、リアちゃんのせいでしょ? 私は最初からこんなことしたくなかったんですよ」
「ふむ。 そう言われると、確かに我にも責任はあるかものぅ。 じゃが、初顔合わせに過度の演出はつきものじゃろ? 多少の無礼は許せよ、百合子」
「はいはい、もういいです。 あとは任せましたからね。 あおちゃんは……またあとで話しましょう」
「ひぃ」
園長はそう言い残すと振り返って通路へと戻っていく。
そして入れ替わるように園長の後ろから小さな影が現れた。
「さてと、やはりまずは……自己紹介から始めるとしようかの」
俺の目の前には、小綺麗な制服に身を包んで威張る女児の姿があった。
園児!
はぁー……園児か。
「なんじゃ? お主、何か言いたげじゃな?」
女児が俺の顔を見ながら凄む。
浅く被った黄色い帽子の下で、紫色のツインテールがぴょこぴょこと揺れる。
可愛いけど、そうじゃないんだよな。
「いえ、ただ驚いただけです」
「嘘つけ! 見るからにがっかりしておるではないか!」
口調までおっさんと被ってるしなぁ。
「いや、別にそんなことないですって」
「ふん! だから、子供は嫌いなんじゃ。 人を見た目で判断しよってからに。 よいか? この際だからはっきりさせておくが――」
「ま、まどか殿! 口を慎むのじゃ! あの馬鹿げた見た目に騙されてはいかんぞ!」
「お、おっさん」
園児の言葉を遮ったおっさんが俺の肩を強く握る。
いつの間に立ち上がったんだよ。 本当に元気なんだな、このおっさん。
ってか、痛いわ! いや、本当に痛い! 誰かこのおっさん止めてくれ!
俺の内心など全く気にすることなく、おっさんは興奮したように続ける。
「よいか? あやつは人を人と思ってないんじゃ! あの性悪魔女を刺激してはいかん! あのクソババアは――」
「誰がクソババアじゃ!」
「ぐべらっ」
突如、俺の視線からおっさんが消えた。
いや、一瞬でどっかに蹴飛ばされてた。
俺ははっきり見た。
この女児の足がおっさんの腹にめり込む瞬間を。
俺は恐る恐る隣に視線を向ける。
五メートルほど離れた場所で、倒れてるおっさんはぴくりとも動かない。
……ま、まじで気をつけよう。
あんなの食らったら俺は死ぬ。
「お主、とりあえずそこに座れ」
「は、はい!」
額から流れる汗を手で拭いて、俺は元いた椅子へと戻る。
隣には杖を握りしめた青蜜がすでに座っていた。
……い、いつの間に?
「す、すいません、まどかさん。 今どんな状況ですか?」
おっさんが吹き飛ばされた音で目が覚めたのか、結衣ちゃんが気まずそうに俺に尋ねる。
「おはよう、結衣ちゃん。 でも、俺にも何がなんだか――」
「黙って座っておれ!」
「は、はい!」
魔女の言葉に背筋がピンと伸びる。
魔女は静かにその場から歩き出すと体育館の電気をつける。
その眩しさに俺の目が一瞬だけ閉じる。
あ、あれ? どこ行った?
「まぁなんとなくの事情はわかる。 大方お主らはそこのぽんこつに巻き込まれたんじゃろう?」
いつの間にかステージ上に移動した魔女は、俺たちを見下ろしながらそう呟く。
う、嘘だろ? もしかして本当に――
「ま、魔法」
俺の思考の続きを青蜜が口にした。
「なんじゃ? 魔女が魔法を使うのは当然ではないか」
その言葉に俺の心臓がドクンと大きな音を鳴らす。
か、格好いい。
「ま、魔女様! どうか私たちの話を聞いていただけないでしょうか!」
あ、青蜜! 切り替えはや!
「ふむ、言ってみろ」
「はい! 実はですね、魔女様が作った日記が、最近になって動き出したみたいなんです。 ですからどうか私たちにお力を——」
「嫌じゃ!」
「え?」
魔女の言葉に、青蜜は目を丸くする。
「聞こえなかったのか? はん、近頃の子供は耳まで悪いのか。 よいか? 先に言っておくが、我はこの国の高校生が大っ嫌いなんじゃ!」
「……えぇ」
青蜜と一緒に乾いた声が口から漏れる。
「で、ですが、このままだと魔女さんだって困るんじゃないですか?」
悪くなった空気を和らげるように、結衣ちゃんが震えた声を出した。
「……ふむ。 確かにあの日記が動きだしたのなら我にも手足は必要かもしれんな。 そうじゃな、ここは我が大人になるしかないのぅ」
「ほ、本当に?」
「本当じゃ。 そうと決まれば、先ずはお主らの名前を教えてもらえるか? ちなみに、我の名前はリアじゃ。 愉悦の魔女、リア・リスじゃ」
「ええ! もちろんよ! 私の名前は――」
「あー、よいよい。 魔女は言葉より文字を好むからのぅ。 ほれ、この紙に名前を書くのじゃ」
魔女はそう言うと、俺たち一人ひとりの前に白紙とペンを飛ばす。
「おー!」
俺と青蜜はまたも声を合わせる。
……こいつ、ちょっと俺と似てるかも。
俺はその紙を手に取りすぐに名前を書く。
隣の青蜜も同じ気持ちなのか、笑顔でペンを走らせていた。
結衣ちゃんだけは紙をしっかりと眺めていたけど、そのあとは俺たちと同じように名前を書いた。
「どれ? 書き終わったかのぅ?」
魔女はそう言うと、再び紙を自分の元へと引き寄せる。
……あれ俺も出来るようになるかな?
「ふむふむ。 青蜜あかね、刻惣結衣、月代円人か。 はんっ、ずいぶんと大層な名ではないか」
まどか呼びじゃない!
俺、この魔女さん好きかも! 多分いい人だと思う!
「すいません、まどかさん。 あそこで倒れてるのって校長先生ですよね? 一体何があったんでしょうか?」
結衣ちゃんはきょろきょろと辺りを見渡しながら、怯えたように声を漏らす。
「ん? あぁ、そう言えば説明しとらんかったな。 百合子から我に会いたがってる学生がいると聞いた時、我はこやつの差し金だと直ぐに気付いた」
魔女は紙をまじまじと見つめながら続ける。
「お主らもあやつのことは少しは知っておるじゃろう? ここに学生しか来ていないと言うことは、当の本人は今頃逃げる準備でもしておると思ってな」
「逃げる?」
俺は横目でおっさんを見る。
おっさんの身体は小さく震えていた。
「そうじゃ。 そやつを捕まえるのに時間がかかってな。 そのせいでお主らを待たせたことは申し訳なかったのぅ」
「どこで捕まえたのかしら?」
いつもの口調に戻った青蜜が小さな声を漏らす。
「……成田空港じゃ」
魔女は呆れたように肩を落としてそう答えた。
その言葉に俺たちは揃っておっさんに顔を向ける。
「わ、わしは悪くないぞ。 ただの見送りで――」
「ハワイ行きのチケットにお主の名前がはっきりと書いてあったぞ」
「……」
それ以上おっさんは何も喋らなかった。
……このくそじじい。
「つ、つまり! 魔女様はこのおっさんの逃亡を止めて下さったのですね! ありがとうございます!」
「よ、よせ。 お礼を言われる筋合いはない。 我はこの大きな問題をただの学生に押し付けるその根性が気に食わなかっただけじゃ。 それより本当に我の手足になると言うなら、力を少し分けてやろうと思うのじゃが、どうじゃ?」
「え!」
俺たちは三人揃って声を出した。
ま、魔女の力って、さっきみたいな魔法の類だよな……リア様!
「ほ、本当に本当なの? 嘘じゃない? 私、魔法使えるの?」
青蜜が興奮したように、魔女へ詰め寄る。
「ち、近寄るでない。 じゃがその反応を見るにお主らも合意したと言うことでいいんじゃな?」
「……何か代償があるのか?」
俺は声のトーンを少しだけ下げて魔女に尋ねる。
別に五年くらいの寿命なら払える、と思う。
でも、ここはちょっと格好つけたい。
「ふむ、察しがいいのぅ。 当然、代償は払ってもらうぞ」
その言葉に俺たちは息を呑む。
「そ、それは何なのかしら?」
「ん? さっきから言っておるじゃろ? 自己紹介じゃ!」
ステージ上に立つ魔女は小さな胸を張ってそう答えた。
「じ、自己紹介?」
「そうじゃ。 我はお主らのことを知りたいのじゃ。 探求こそ、魔女の本質じゃからな。 どうじゃ? それでもよいか?」
……それだけ?
「ど、どうしましょう、まどかさん」
隣に座る結衣ちゃんが困惑した表情を俺に向ける。
「え? いいんじゃない?」
「私も別にいいと思う。 結衣は?」
「私も……特に困りませんけど」
微妙な空気が、俺たちを包む。
まぁ自己紹介くらい何回もやってきたしな。
「き、決まりね!」
青蜜はそう言うと魔女の方を向いて答えた。
「魔女様がそれを望むなら、私たちは誠心誠意その望みに答えます」
「そうか! それはよかったのじゃ! では、早速始めようとするかのぅ!」
一瞬の沈黙。
あっ、そうか。 こっちから自己紹介するんだもんな。
「じゃあ、先ずは俺からするよ。 俺の名前は月代円人で——」
「くくくっ、あっははは!」
俺の言葉を無視し魔女は急に高笑いする。
何でいきなり笑ってんだ? なんか面白いことでも言ったか?
「久しぶりじゃのぅ、この感覚。 今回もぜひ面白い物を見せて貰いたいものじゃ」
今までと同じ人物に思えない程の下卑た笑みを魔女は浮かべる。
「くくくっ、欲にまみれし愚かな人間たちよ。 幼き日、誰かに付けられし偽りの仮面を脱ぎ捨て自身の愚かさを再び思い出すがいい。 我、愉悦の魔女リア・リスの心を満たせ。 さすれば我の力を貸してやろうぞ」
魔女は手を大きく上に突き出して指を鳴らす。
指が小さいから全然音鳴ってないけど。
ってかどうしたらいいんだ? 別になにも起こらな――
「え? 何だこれ?」
それは本当に一瞬の出来事だった。
気がつけば俺たちが座っていた椅子はその姿を変え、手も足も拘束されている。
俺は辺りを見渡す。
左右には誰も座ってない長い机、正面の魔女がいたステージは大きくせり上がっていた。
さっきまでは体育館だったのに……今はまるで裁判所だ。
「ちょっとなによこれ! こんなの聞いてないわよ!」
隣で青蜜が大きな声を叫ぶ。
拘束を外そうと身を捩りながら抵抗していたが、ガチャガチャと音を鳴らすだけで外れる気配は一切なかった。
「静かにせい。 この空間は我が創造した小さき世界。 どんなに足掻こうがお主がそこから自由に動けることはない」
魔女は嬉々とした表情を浮かべながら俺たちを見下ろす。
「さて、では早速始めるとしようかの。 まずはそうじゃな、やはりこう言うのは男からするべきじゃろうな。 お主、名前を申してみろ!」
……男? 俺だよな?
「いや、さっきも言おうとしたけど俺の名前は月代円人――」
「お主には聞いとらん。 少し黙っておれ」
な、なんなんだよ! 俺以外に男なんていないだろ!
「あー、なるほど。 俺に聞いているわけか! 凄いな、古の魔女様はこんなことも出来るんだな」
……今、俺に似た声がしたと思ったんだけど、気のせいだよね?
俺が座る椅子の横から誰かが通り過ぎる。
おい、嘘だろ。
「初めましてだな、俺!」
目の前に現れたのは紛れもなく俺自身だった。
第一章をお読みいただき、ありがとうございます!
ついに魔女と出会いました!
これから始まるまどかちゃんの災難を、ぜひ見届けてください!
第一巻は完結まで執筆済みです。
更新時刻は不定ですが、毎日投稿を続けていきます。
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