七話 キングオブハーレム
「お主の自己紹介はこやつにおこなって貰う。 我の魔力で作り出した偽りの仮面を持たないお主自身にのぅ」
ど、どうなってんだ? なんで俺が二人も?
「ふむ。 そうじゃな、どうせなら全員集まってもらった方が面白いものが見えるかもしれないのぅ! どれ、お主らも姿を見せい!」
魔女は思いついたように手を鳴らして、その言葉を口にする。
「一気に出すと面白味が減るんじゃないかしら?」
今度は青蜜の声が後ろから聞こえた。
「ひっ! 何よこれ! どうなってるのよ!」
もう一人の自分の姿を認識した青蜜は、珍しく声を震わせる。
「……」
その後ろからさらにもう一人の結衣ちゃんが俺の横を通りすぎる。
本物の結衣ちゃんはその光景に声を出すことは無かったが、俺が見てもわかるくらいに身体を小刻みに震わせていた。
「さて、これで役者は揃ったな! ではこれより楽しい楽しい自己紹介を始めようではないか! さっきも言ったがまずはお主からじゃ! 名前と……そうじゃな、お主が隠していることをいくらか教えて貰おうかのぅ」
魔女が満面の笑みを浮かべる。
はいはい、なるほど、そういう感じね。
俺の代わりにこいつが自己紹介をするってことね。
……やばいやばいやばい!
俺の身体から一瞬で汗が吹き出る。
これはもう冷静な振りをしてる場合じゃないぞ、円人!
魔女の能力がどの程度のものか知らないけど、一刻も早く止めないと!
「ま、待て俺! いいか? お前が本当に俺であるなら、言っていいことと悪いことがあるのはわかっているよな?」
目の前の俺が顎に手を当てて何かを考えだす。
……俺っていつもあんな顔してたのか?
次からはやめよう。
「なるほど! 安心しろ、俺はお前だぞ? 自分のことを信じなきゃ誰からも信じて貰えない。 それが俺の、いや俺たちの信条だろ?」
笑顔で親指を立てる俺の言葉に全身の毛が逆立つ。
あー! だからそう言うのをやめろって言ってんだよ!
違うから! 俺はそんなの考えてないからね!
……まぁ考えたんだけどさ。
もう一人の俺は、わざとらしく一息ついてから続きを話す。
「名前は月代円人だ。 親父がエンジニアだからこの名前をつけたって言ってたかな? 漢字も簡単だし悪くない名前だろ?」
……いいぞ、その調子だ。
「将来の夢は医者になること。 そのために今の学園に入ったからな」
「へぇー、まどかちゃんって医者になりたいんだ。 いつも教室で勉強してたのはそのためだったのね。 なかなか見所あるじゃない」
青蜜は感心したように深く頷くと、素直に俺の夢を褒めてくれた。
いや、この青蜜は本物の方じゃなくて……言わば影の方なんだけど、それでも青蜜に褒められるのは悪くない気分だ。
「私はあんなこと思ってないからね?」
今度は本物の青蜜が顔を赤くしながら隣で呟く。
や、ややこしいな。 あっちの青蜜のことは影蜜って呼ぼう。
結衣ちゃんの影は影惣で……ん?
見た目はそっくりだけど結衣ちゃんの影だけ何か違うような? 何だこの違和感は?
「あれ? まどかちゃんって、名前はまどかじゃないの?」
「俺は一回も自分のことをまどかなんて言ってないけどな」
俺たち二人は同時に影蜜に言葉を返す。
「同時に話さないでよ。 ややこしいじゃない! そうね、あんたが円人! そこに座ってんのがまどかちゃん! 今度からそうやって呼ぶから!」
……逆じゃない? 普通は俺が本名であいつがあだ名では?
「なに? 文句あるのまどかちゃん?」
「あっ、いえ、すいません。 それで大丈夫です」
思わず謝ってしまった。 威圧感まで本物そっくりだな。
「ふむ。 円人よ、我が知りたいのはそんな大衆向けの自己紹介ではないのだ。 もっとお主という人間を我に教えてはくれないだろうか?」
魔女は囁きかけるように円人にそう尋ねた。
「そう言われてもな。 俺にはこれ以上話すことなんて何もないぞ?」
その通りだ、円人。 俺の夢は医者だ、中学生の頃から一回も変わっちゃいない。
「いや、お主の夢はそんな大層な物では無いはずじゃ。 よく思い出すのじゃ、なぜお主が医者を目指すようになったのか」
「俺が医者を目指した理由? ……あの学園に進学を決めた本当の理由」
「おいよせ、そんな大層な理由はないだろ? ただあの学校が医者になる近道だっただけだろ?」
俺は俺自身を必死に説得する。
「あんな魔女の言うことなんて気にしたら負けだ。 俺が医者になるって決めたのはテレビドラマの影響じゃないか! そうだろ?」
「確かにあのドラマは感動した……いや、だけどなにか違うぞ? 俺にはもっと違う大きな夢、野望があったはずだ! そうだ! 思い出したぞ! 俺は——」
「あー! 魔女さん? 俺の自己紹介はもう終わりだよね? 早く次にいかない? お尻痛くて!」
思わず声が大きくなる。
「うるさいのぅ、少し黙っておれ」
黙ってられるか! こんなのプライバシーの侵害だぞ!
って、あれ? こ、声が出ない! このクソ魔女め! これは反則だろ!
「女子にモテたかった!」
大声で叫ぶ円人の言葉に、部屋の空気が凍りつくのを俺は感じた。
「あれは小学二年生の頃だった。 俺は河原でキングオブハーレムって本を拾ったんだ。 その本の主人公は、とにかく女の子にモテまくっていた。 俺はそれが本気で羨ましかった」
「キ、キングオブハーレムって」
何も言わないでくれ影蜜。
「……ま、まどかちゃん」
こっちを見ないでくれ青蜜!
自分でもわかっているんだ。
でも、仕方なかったんだ! あの主人公の人生は本当に楽しそうだったんだから!
「俺さ、ずっと母さんに尋ねていたんだ。 俺ってモテると思う? ハーレム作れると思う? ってさ。 そんな質問をする度に母さんは笑顔で答えてくれた。 『当たり前じゃない、あなたは格好いいもの!』ってね。 俺はそれをずっとずっと信じていたんだ。 でも、いつだったかな、俺は気付いたんだ。 母さんは俺が息子だから言ってくれていただけだったんだってね」
「そ、そんなことがあったのか。 お主にも辛い過去があったんじゃな。 すまんな、言いにくいことを言わせてしまったようじゃな」
いや、笑ってるじゃん。
さっきからあんたずっと笑ってるじゃん。
「ははっ、本当は医者にもなりたいわけじゃないんだ。 あの学園を選んだのだって別の理由だよ」
お前は悲しげな顔して暴露を続けるな!
「それは何なのじゃ?」
「ほら、俺の顔じゃ普通の高校に行ってもモテることなんてないだろ? でも、女の子の多い学校なら……そこからは俺に迷いは無かった。 中学の文化祭に体育祭、なんなら修学旅行さえも犠牲にして勉学に励んだ! そしてその努力は実ったんだ。 この春、俺は聖桜葉学院に入学することができたんだから」
「……まさかこんな不純な気持ちの奴に代表挨拶を取られたなんてね。 思い返すと腹立たしいわ」
影蜜が冷たい視線を俺たちに向ける。
青蜜が入学式で俺を睨んでたのは、そういうことだったのか。 よかった、嫌われてるかと思ってた。 よくないけど。
「つまりお主は努力して夢を叶えたわけなのだな? なんじゃ、いい話ではないか!」
「……うん、入学したまではよかったんだ。 だけど俺の計画には致命的なミスがあったんだ」
「ミス?」
「べ、勉強ばかりしてたから、肝心の女の子との話し方がわからなかったんだ」
「え?」
影蜜が頭を横に傾ける。
……お前には、いやお前たちにはわからないよな。
他人との話し方が分からなくなる気持ちなんて。
「それに、まさか入学した男が俺一人だなんて思わないだろ」
それは本当に今でも思う。
これはおっさんが悪い。
「じゃあなに? あんたがいつも自分の席で仏頂面で勉強ばっかしてるのって、話す相手がいないから? あっ間違えたわ、緊張して声が出せないからなのね」
影蜜は円人を指差して笑い、その声に魔女も混ざる。
「くくくっ、一人目で大当たりじゃな」
「あんた何しにうちの学園に入学してきたのよ。 どうせ医者ってのもあれでしょ? 職場に女の子が多そうだからっていう不純な動機なんじゃないの?」
「なっ! 何でわかったんだ?」
「それしか理由がないじゃない! 無駄よ、まどかちゃんがモテる日なんて来ないわ。 どうせ高校生活中も医者になるために勉強してたとかって言い訳を並べて自分から話しかけるなんてしないんでしょ? そうやって同じことを繰り返していくのよ」
「……」
た、確かにその通りだけど、言い過ぎだろ。
ほら見てみろ、偽りの仮面を脱ぎ捨てたっていう円人まで黙ってるじゃないか! 可哀想だろ!
「本当に男子って馬鹿なのね。 寡黙で頭がよくて……まぁ悪くないとも思ってたのに、中身はただのへたれじゃない。 ねぇ? 私もそう思うでしょ?」
「え? えぇ」
影蜜の問いに青蜜は額に汗を滲ませながら歯切れ悪く答えた。
もしかしてこいつ、俺に気を遣ってくれているのだろうか?
ありがとうな、青蜜。
「ふむ。 一人目はこれくらいでいいじゃろう。 それにしても思った以上に時間を使ってしまったのう。 影に自我を与えすぎたか? まぁよい、まだ我の魔力は残っておるしな。 次はそうじゃな。 まぁどっちでもよいか」
魔女は満足したように身体を伸ばす。
まぁ青蜜なら俺のようにはならないだろうし、それは結衣ちゃんも同じだろう。
……こういう役目は俺一人で十分だ。
俺は結衣ちゃんの方へ視線を向けた。
さっきから少し気になってたんだけど結衣ちゃんの影、ちょっと怒ってる?
結衣ちゃんも影惣もまだ一回も声を出してないのも気になるな。
「じゃあ、次は私ね!」
そんな俺の不安を吹き飛ばすように、影蜜は元気よく声を出した。
「そうね、まずはやっぱり名前からよね。 私の、私たちの名前は青蜜あかね。 聖桜葉学院の高校一年生よ!」
「ま、待ちなさい、私! いい? あなたが本当に私でもあるなら言っていいことと悪いことがあるのはわかっているわよね?」
ついさっきどこかで聞いた台詞を青蜜が叫ぶ。




