第五話 魔女にも衣装
放課後。
俺と結衣ちゃんは隣の保育園の前にいた。
俺は門に刻まれた文字に目を通す。
聖桜葉保育園。
あんまり気にしてなかったけど、隣に保育園あるのって凄いよな。
学園と同じ名前だし。
あのおっさん、なんだかんだ権力はかなりありそうだよな。
次からはちょっと優しく接しよう。
「あかねちゃん、遅いですね」
「え? あぁ、そうだね」
結衣ちゃんは隣で、辺りをきょろきょろと見渡しながらそう言った。
小動物みたいで可愛い。
うん、これもう青蜜待たなくてもいいんじゃないか?
俺と結衣ちゃんの二人だけの方が穏便に――
「待たせたわね!」
俺の思考を遮るように、青蜜の大きな声が後ろから響く。
まぁ、来るよな。
「何してたんだ、青蜜さん――」
振り返った瞬間、俺は言葉を失った。
俺の目の前に、魔女のような格好をした女が居たからだ。
「あ、あかねちゃん。 その格好……」
絞り出すような声が結衣ちゃんの口から漏れる。
「どう? 似合うかしら?」
黒いローブを靡かせ、大きなとんがり帽子を傾けながら青蜜は言った。
「に、似合ってます」
「本当? よかった! 正直、ちょっとだけ派手かなって思ってたのよね。 でも結衣がそう言うなら間違いないわね!」
青蜜は満面の笑みを浮かべながら、結衣ちゃんの手を握る。
……こ、腰に杖までさしてやがる。
しかも名前入り! どこで買ったんだ、こんなの!
「ま、まどかちゃんはどう思うかしら?」
俺に視線を向けることなく青蜜は小さくそう呟いた。
「え? うん……魔女にも衣装みたいで、いいんじゃないか?」
なんだそれ、自分で言ってて意味がわからん。
「ほ、本当? なら、いいんだけど」
青蜜の耳が少し赤い。
ますます意味がわからん。
「あれ? そう言えば校長は?」
青蜜は思い出したかのように辺りを見渡す。
周りには俺たち以外、他に誰の姿もなかった。
優しくする理由がなくなったな。
「はぁー……もういいわ。 三人で行きましょう」
青蜜は呆れたように肩を落とし、保育園の門をくぐる。
「そ、そうですね! 行きましょう、まどかさん」
「うん。 そうしようか」
わかるよ、結衣ちゃん。 あんな格好してるんだもん、隣を歩くのはちょっと恥ずかしいよな。
俺と結衣ちゃんは青蜜から数歩だけ離れてそのあとを追った。
……あの杖、どこで買ったか教えてもらおう。
保育園の扉が開くまで、俺は青蜜の腰に刺さってる杖から目が離せなかった。
「失礼するわ」
数分後、保育園の入り口に着いた青蜜は躊躇なくその扉を開けた。
中から返事を待たずに青蜜はそそくさと靴を脱ぐと、慣れた手つきで保育園に入る。
「何してるの? 早く来なさい?」
「いや、そんな勝手に入っていいのか?」
「当たり前じゃない。 私はこの保育園を卒園してるんだから。 行くわよ、結衣」
「え? は、はい! 今行きます!」
青蜜に促されるように、結衣ちゃんが中へと続く。
なるほど。 青蜜は内部進学組だから、この保育園にも馴染みがあるんだな。
……でも、卒園したんだから部外者じゃないの?
「まぁ、もうなんでもいいか」
俺は青蜜と結衣ちゃんの靴を軽く並べて、二人のあとを追った。
青蜜は一切迷うことなく通路を歩いていたが、突き当たりの大きな扉の前でその足を止めた。
「ここが、体育館よ。 この時間、先生方は迎えを待ってる園児たちをここで遊ばせてるの。 つまり――」
「こ、ここに魔女さんがいるかもしれないってことですか?」
結衣ちゃんの言葉に、青蜜が静かに頷く。
「行くわよ?」
手にじんわりと汗が滲む。
……ここに本物の魔女がいるかもしれない。
「し、失礼します」
青蜜がゆっくりとその扉を開けた。
「あら? 青蜜ちゃんじゃない! 珍しいわね、ここに来るなんて」
一斉に集まった視線の中から、一人の女の人がそう声を漏らした。
「葉月先生! お久しぶりです!」
青蜜は嬉しそうにそう返すと、そのままその人の元へと駆け寄って行った。
……よかった。 ちゃんと知り合いはいたんだな。
肩の力が少し抜ける。
ここが、体育館か。
俺は辺りに視線を移す。
先生っぽい人が二人。
一人は青蜜と話している。
もう一人は……疲れた顔で背中に女児を乗せてる。
うん、大変なんだろうな。
でも、それ以外は特に何もない……よな? 少なくともあの二人が魔女だとは――
「……魔女?」
葉月先生が、小さくそう声を漏らした。
多分、青蜜が説明したんだろう。
普通なら声に出して笑いたくなるような話だ。
だけど、葉月先生は目を丸めて引き攣った表情を浮かべていた。
「まりなさん? ちょっとだけ教室の方に行ってて貰えるかしら?」
「えー? 私、そろそろ体力の限界――」
「飴が増えるわ」
「行ってきます!」
葉月先生の言葉を聞いて、もう一人の先生は背筋をピンと伸ばして体育館から出て行った。
……手当のこと、飴って言ってるんだ。
「あなたたちも青蜜ちゃんと同じ目的で来たってことでいいのかしら?」
「は、はい!」
「そう。 悪いんだけど、少しの間ここで待ってて貰える?」
葉月先生は優しく微笑むと、体育館の隅から小さな椅子を三つ出して中央に並べた。
「青蜜ちゃん、その格好とても似合ってるわ」
「そ、そうかな?」
「ええ」
先生はそう言い残し、その場をあとにした。
妙に神妙なその表情に俺の喉が小さく鳴る。
……ってか椅子ちっさ。 園児用だろ、これ。
「先生の言う通り、少し待ってましょう! きっと素敵なことが起こるわ」
青蜜は目を輝かせて椅子に座る。
いつの間にかその手には杖が握られていた。
「まぁ、今はそうするしかないよな」
俺は結衣ちゃんと顔を見合わせ、その椅子に腰を落とす。
……なんか二人とも足長くない?
両隣に座る二人を横目に、俺は少しだけ腰を曲げた。
椅子に座ってからは、俺は特に何も話さなかった。
多分どきどきしてたんだと思う。
でも、青蜜はめっちゃ話してた。 『将来は保育士さんもありね』なんて話をひたすら。
頷きすぎて首が痛い。
まぁ青蜜には似合ってるかもしれない、こいつ他人に対して真面目なやつだからな。
そこからさらに時間が流れた。
「……ねぇ、流石に遅くないかしら?」
無言の体育館に青蜜の声が響く。
うん。 多分、三時間近く待ってる。 だって外真っ暗だし、お尻かちこちだもん。
結衣ちゃんなんてもう完全に寝ちゃってるし。
「……私、先生に迷惑掛けちゃったのかしら」
青蜜が隣で小さくそう呟いた。
いや、迷惑だったとしてもこんな仕打ちしないだろ。
案外傷つきやすいよな、こいつ。
俺は小さな声で青蜜に話しかける。
「は、葉月先生が青蜜さんを見てた時のあの表情は嬉しそうに見えたぞ」
「そうかしら?」
「あぁ。 それに、そんな簡単に魔女に会えたら……た、楽しくないんじゃないか?」
俺は青蜜が好きそうな言葉を選ぶ。
「そ、そうよね! いいこと言うじゃない、まどかちゃん。 手軽に会えたら特別感がなくなるわよね!」
青蜜が歯を見せて微笑む。
ドキッ、じゃない。
さえずるな、脈。
「いいこと言ったお礼に私のことを青蜜って呼び捨てしていいわ……か、感謝しなさい」
目を伏せながら青蜜が呟く。
「あ、ありがとう」
俺と青蜜の間になんとも言えない空気が流れている気がする。
……え、これってもしかしてそういう空気ってやつなのか?
「まどかちゃん」
「は、はい!」
俺の名前を呼ぶ青蜜の姿に、一瞬で身体が暑くなる。
「私ね……実は――」
瞬間、体育館の扉が大きな音を鳴らした。
「ごめんなさい。 待たせたわね」
「え、園長先生?」
通路の光が扉の前の人物を照らす。
銀髪を靡かせ、俺たちを見下ろすようにその人は立っていた。
……ぐっ、脳の処理が追いつかない。
い、いや、今は園長先生の先だな。
俺は姿勢を正して扉の方を向く。
逆光でよく見えないけど、雰囲気はおっさんより年下に見える。
あの人が魔女なのかな?
……別に悲しんでない。 むしろ魔女らしさ全開で頼もしいじゃないか。
ほら、手にそれっぽいもの持って――
園長先生の手元を見た瞬間、俺の思考が止まった。
あ、あの襟、つい最近どこかで見た気がするんだけど。
汗が頬に伝う。
「これで全員揃いましたね」
園長はそう言うと、右手で掴んでいた物をこちら側に投げた。
丸々太った身体が宙に浮く。
「……ぐえっ」
俺たちの目の前に、ボロ雑巾みたいになったおっさんが着陸した。




