第四話 滅亡アマゾンプライム
「うわ! この肉じゃがやばくね? めっちゃ美味しい!」
「ふふっ、なんと今日は水筒に味噌汁も入っています!」
職員用トイレで、俺の声だけが小さく響く。
「……いや、これもうやめた方がいいな」
虚しさを超えた先へと辿り着いた俺は、黙ってお弁当を食べる。
「一年二組の月代まどかさん。 至急、校長室までお越しください」
例の如く、頭上から校内放送が響いた。
校長室かぁ……おそらく話の内容は、以前の続きだろう。
俺はかけ足で校長室へと向かった。
「失礼します」
前回と同じ失敗を繰り返さないよう、俺は静かにそう言った。
「ふふっ、まどかさんったら気にしすぎですよ」
俺が部屋に入ると、結衣ちゃんは優しく笑いながら声を掛けてくれた。
……これだけで来た甲斐があったな。
「そ、そうかな? でも、今回は裏返らなくてよかったよ」
「あの時のまどかさんも可愛くて素敵でしたよ」
……はい、好き。
「こほん! さてと、それではお主らが調べたことを教えてもらえるかのぅ?」
邪魔すんな、おっさん。
ん? なんか顔赤くないか? もしかして風邪か?
「あの、まだあかねちゃんが来てませんけど」
結衣ちゃんが小さい手をあげる。
その言葉に俺は急いで校長室を見渡した。
ほ、本当だ。 何してるんだ、あいつ。
「青蜜殿は体調不良と聞いておるぞ。 心配しなくとも明日には顔を出すじゃろう」
体調不良? 青蜜が?
もしかしてあいつの身に何かあったんじゃ。
「まぁ、まずはお主らの成果から――」
校長の話を遮るように、部屋の扉が勢いよく開いた。
「失礼するわ!」
「あ、あかねちゃん! よかった、無事だったんですね」
結衣ちゃんが青蜜に抱きつく。
「ええ。 どうやら心配かけたみたいね、ごめんなさい、結衣」
そんな結衣ちゃんの頭を撫でて、青蜜も優しく微笑んでいた。
……羨ましい。
「珍しいな、青蜜さんが遅刻なんて」
「あら? まどかちゃんは私に抱き付かなくていいの?」
反射的に出そうになった足を必死に止める。
「いや、青蜜さんが無事ならそれでいいんだ」
うわぁ! あぶね! よく耐えた俺。
「そう。 まどかちゃんも心配してくれたのね」
「まぁ、クラスメイトだしな」
「……」
え? なんで無言?
「こほん! さ、早速で悪いが青蜜殿。 何かわかったかのぅ?」
おっさんの額にさっきまでなかったはずの汗が光る。
「……そうね。 結論から言うわ」
青蜜の言葉を、俺たちは息を呑んで待つ。
「全くもってわからなかったわ!」
青蜜は胸を張って堂々と続けた。
「大体、世界の滅亡ってなんなのよ! そんなのヒントも無しにわかるわけないじゃない! 戦争? 疫病? せめてジャンルくらいは教えなさいよ!」
青蜜は地団駄を踏みながら不満を口にする。
……ジャンルって。
まぁ気持ちはわかるんだけどさ、青蜜は心当たりがあるって言ってただろ。
「あ、あかねちゃん、心当たりがあるって……」
俺の心を代弁するかのように、結衣ちゃんが青蜜に尋ねる。
「あの時はあったわよ。 だって、世界の滅亡よ? そんな規模の事件なんて、まず日本じゃ起こらないわ。 だから私は休み中に行ったのよ」
「どこに?」
「アマゾン川よ」
「……なんで?」
「何か起こりそうじゃない」
自信満々にそう答える青蜜に、俺たちはもう言葉を返すのをやめた。
「あっ、これお土産ね。 はい、結衣。 あと……まどかちゃんにもあげるわ」
「え? あ、ありがとう」
青蜜は少し恥ずかしそうに、俺に紙袋を手渡す。
……なんだこれ、お面か?
上から覗き込んだ袋の中には、どこかの部族らしきお面が入っていた。
いらねぇ。
「ちなみに、結衣とまどかちゃんの方は何かわかったのかしら?」
「わ、私は……すみません。 ここ最近のニュースや世界の異変についてまとめてはみましたけど、特にこれといったことは」
結衣ちゃんは申し訳なさそうにそう言うと、鞄から数冊のノートを取り出して青蜜に手渡した。
「凄いじゃない。 こんなにたくさん調べたのね。 って、まどかちゃん、また近いんだけど」
「え? ああ、ごめん」
気がつけば、俺はまた青蜜の手元を覗き込んでいた。
結衣ちゃんって字も綺麗なんだな。
……いや、待て。 もしかしてゴールデンウィークに何もしてないの俺だけ?
「まどかちゃんは? 何かわかったかしら?」
「え? いや、俺は」
やばい。 普通にごろごろしてた。
なんでもいいから絞り出せ。
「俺も暇あればニュース見てたよ」
「その中でも特に気になったのは?」
「……ない」
「まどかちゃん、お土産返して」
「……」
「う、嘘よ。 それはあげるわ。 なによ、そんな悲しい顔しなくてもいいじゃない」
ありがとう、青蜜。 大事にするから。
「つまり、お主らは何も掴んでないんじゃな?」
俺はおっさんに視線を向ける。
なんでちょっと嬉しそうなんだ?
「ええ、そうよ。 で、でも、仕方ないじゃない――」
「でも、じゃないんじゃ! 青蜜殿、大船に乗ったつもりで待ってろって言ってたではないか!」
うわぁ、癇癪起こしやがった。
「だって……」
「だってもくそもなかろう! はぁー、やっぱり学生に頼るのは間違いじゃったんじゃ」
「ご、ごめんなさい」
おっさんの剣幕に押されるように青蜜が頭を下げる。
こ、このおっさん、もしかして――
俺は頭に浮かんだ疑念をおっさんに告げた。
「おっ……校長こそ、このゴールデンウィークは何してたんですか?」
「わし?」
俺の言葉が予想外だったのか、おっさんは再び特大の汗を額に溜める。
「はい。 顔の日焼けが気になりまして」
「こ、この日焼けは……ちょっと江ノ島でな」
俺の質問に、おっさんは罰が悪そうに視線を逸らす。
江ノ島……間違いない。 このおっさん、バカンスしてやがったな。
しかも、ちゃっかり責任だけは俺たちになすりつけようとしてただろ!
「何か言うことありますよね?」
「……すまなかったのじゃ」
「言う相手が違うんじゃ?」
「青蜜殿、すまなかったのじゃ」
「え? ま、まぁ私も悪かったし」
おっさんの謝罪に、青蜜も一緒になって頭を下げる。
ふいに青蜜と視線が合った。
いつかの青蜜と同じく、俺は軽く片目を瞑る。
普通に瞬きをしてしまった。
「わ、私! 少し気になることがあります!」
タイミングを見計らっていたのか、結衣ちゃんはいつもより少しだけ大きな声でそう言った。
「気になること? 結衣、詳しく教えて?」
「はい。 私、自分でノートにまとめてて思ったんです。 そもそもですが、この星の日記って誰が作ったんでしょうか? 作者さんなら何か知ってるんじゃないかなぁって」
結衣ちゃんの言葉に、俺たちはおっさんに視線を向ける。
「そ、それは……そのぅ」
またも視線を泳がせて、おっさんは答えたくなさそうに言葉を濁した。
……嘘だろ。 このじじい。
「おっさん。 もしかして、この日記を作った人のことを知ってるのか?」
「誰がおっさんじゃ!」
「あなたしかいないじゃない。 そんなことより早くまどかちゃんの質問に答えなさい」
青蜜の言葉に怒りが滲む。
まぁこいつはアマゾン川まで行ってるし余計に腹立つわな。
……勝手に行っただけだけど。
「うぅ……い、いやじゃ! わしは嫌じゃぞ! あの魔女の元を訪ねるのだけは、絶対に嫌じゃ!」
「魔女? 魔女が居るの?」
青蜜の声色が僅かに上がる。
「ずっとおるわい! わしが産まれた時からずっと隣の保育園にな! じゃが、会っても絶対に碌なことにならんぞ! これは本当に本当じゃからな!」
「結衣、まどかちゃん! 放課後は暇かしら?」
「え? は、はい。 私は、少しだけなら」
「まどかちゃんは?」
青蜜が俺に目を合わせる。
……め、めっちゃ輝いてる。
「まぁ、少しなら」
「決まりね! 今日の放課後、その保育園に行くわよ!」
青蜜は声を張り上げてそう言った。
「おー! 行ってくれるか! では、頼んだぞ! わしの代わりに――」
「なに言ってるの? あなたも行くのよ?」
「え? い、いや、わしは――」
「なに?」
「……行きます」
青蜜の詰め寄りに折れるように、おっさんが声を漏らす。
「じゃあ、私は準備があるから一旦帰るわね! 十七時に保育園前で合流しましょう!」
青蜜はそう言い残すと、校長室から飛び出して行った。
「ま、まどかさん。 私たちもそろそろ戻りましょうか」
「え? あぁ、そうだね」
俺たちは再び校長室から逃げるように出て行く。
後ろから聞こえたおっさんの声は全て無視した。
魔女か。 綺麗な人だったらいいな。
いや、おっさんより歳上なんだからそれはないか。 女理事長みたいな厳格な風格なのかな?
……でも、魔女だしな。
ほんの少しの期待を胸に、俺は教室へと戻った。




