婚約
「さて何を聞きたい?」
「全部よ!最初からぜ・ん・ぶ!」
いつもの調子で喋っていると、父に鋭い視線を向けられハッとする。そうだったこの人は右大将というとんでもない立場の人で本来であればこんなに気安く話せる人ではなかった。
タートレイが右大将だと正体を明かしたことによって大広間は騒然となってしまい収拾がつかないと判断され、エルラメド家の者たちと連盟の幹部、総隊長のジュリアンは別の広間へと場所を移すことを余儀なくされて今に至る。
最初から話すのめんどいなーと言いながらも事の経緯についてタートレイ⋯いえ、ユダは語り始めた。
「少し前にエルラメド連盟から我がクロックタルリス連合と協定を結びたいと打診を受けていた。協定を結ぶのはやぶさかではなかったがエルラメド連盟とは交流がなかったからどんな組織か知りたくて身分を隠した上でパトリック殿に守護師団へ入れてもらった。」
端的に説明を終えたユダはふーと息を整え、他に聞きたいことはないか尋ねるとジュリアンが問いを投げかけた。
「今まで魔物がここへ襲来することなんて無かった。まさかワイバーンの襲撃と貴方に何が関係があるのか?」
確かにそれは気になるところだ。でも協定を結ぼうと思う組織に魔物なんてけしかけるわけはないし、最後に魔物を掃討したのはユダ本人なのだから関係なさそうに見える。
そう考えているとユダはこちらの方をチラッと見たかと思えばすぐにジュリアンの方へ視線を移す。
「おそらく俺がここに長居しすぎてしまったんだ。一応俺の持つ魔力は強いからエルラメド家に張られていた結界の許容範囲を越してしまいワイバーンがおびき寄せられてしまったのだろうな」
ユダが推測を話し終えると周りにいた幹部たちが一斉に話し出した。話の内容は責任を取ってもらうべきだとか、たった一人の力で揺らいでしまうな組織である方が恥であるだとか様々だ。
「こちらとしては申し訳ないことをしたと思っている。しかし、協定を結べばクロックタルリス連合の者達との交流が盛んに行われるだろう。うちの組織の者たちは実力者揃いだから、その度に魔物が襲来してくるなんて面倒だ」
協定を結ぶということは、今後はクロックタルリス連合と肩を並べていかなければならないということだが、やはり実力差が大きい。協定を結んだはいいが、結んだ先のことを考えると思いやられる。
そう考えているとユダはある提案を持ちかけてきた。
「良ければなのだが、俺がエルラメド家全体に魔物達を防ぐ結界を張らせてもらいたい。そして今回の迷惑料として俺が倒したワイバーンや魔物達を全てエルラメド連盟に献上しよう。一撃で仕留めたから素材として申し分ないだろうからな」
「⋯本当によろしいのですか?」
父が動揺を隠しきれていない様子で尋ね、ユダは「ええ」と答えた。
正直、破格の申し出ではないだろうか。たとえ魔物たちの襲来がユダの影響だったとしても彼の滞在を認めたのはこちら側であり、ユダに咎は無い。それなのにも関わらずこちらに対して至れり尽くせりの対応をしている。
この申し出に他の者たちも納得したようで騒がしかった広間が静かになっていった。
「納得していただけたようでよかったです。では早速協定を締結しましょう⋯と言いたいところなのですが正式な書類を持ってくるよう使者を遣わせるように頼んだのだが、まだ来ないな」
何をやってるんだかと呆れた様子のユダだったが、急にバッと振り向く。その瞬間に魔法陣が顕現し人の影が見えた。
「げっ!大将!?」
そこに現れたのは薄柳色の髪に卯の花色の瞳を持つ端正な顔をした壮年の男だった。
その男の登場にまた辺りはざわつき始める。
「た、大将が使者として来るだなんて一体どうしたんで⋯す⋯」
ユダは振り向いて話すが段々と言葉じりが弱くなっていく。それも当然だろう。何故ならこちらでもわかるほどの威圧感をユダへと向けているのだ。
「1ヶ月もの間空席にしていた右大将の仕事をこの私が埋めてやったというのにお礼の言葉も無しか?お前の健やかそうな様子を見るとまるで休暇を楽しんでいるようだ」
「いやぁ⋯連合の仕事量が異常なだけというか⋯⋯すいませんでした。楽させていただきました⋯」
今の状況に混乱している私たちを差し置いて突然現れた男はユダへ説教を始めた。
あそこまで小さくなっているユダは見たことないわ⋯。
辺りになんとも言えない雰囲気が流れていることに気づいたユダは慌てて説明を始める。
「えーと、この人はヴィクター・ディアモンド。連合の初代総大将で今は元帥の地位に着いている」
ユダが大将と呼んでいたためディアモンド様という人が総大将なのかと思ったけれどどうやら違ったらしい。
「大将は俺が連合に入った時に総大将を務めていたから大将呼びが定着してしまって今もそう呼んでるんだ」
私の思考を呼んだかのように私が抱いた疑問についての答えを言ってくれた。でもどうしてそんな大物が使者としてここへと来たのだろうかと思案しているとディアモンド様と視線が交わるとディアモンド様はユダの耳元にボソッと何かを呟き、ユダは小さく頷く。
「大将が協定の正式な書類を持ってきてくれたことだし、早速協定を結ぼう」
そう言ってユダと父は白い書類に調印しお互いの血で書類を染めていく。すると書類は血を吸収し光を放ち出し、血の色に染まった書類は再び白い色を取り戻した。
これが組織同士の協定の結び方⋯初めて見たわ。
「無事に協定を締結することができたし、早速結界を張りたいと思うが良いか?」
ユダが問うと父は快諾した。
「パトリック殿、ユダが結界を張っている間話したいことがあるのだがいいかい?」
ディアモンド様の突然の言葉に少したじろいでいるように見えたが父は承諾した。
「何を話すつもりなんだか⋯そうだ、折角だしヘレナも一緒に来るか?」
「ええ⋯」
積もる話もあるからユダの結界張りについて行くことに決めた。それにしても、ずっと様付けをされてきたため少し違和感を感じるなと考えながらユダへとついて行こうとしたら後ろからジュリアンも着いてきた。
「あなたはもう護衛騎士ではないのだからヘレナ様と二人で歩くなんて不適切だ」
「あはは、この前のこと根に持ってるな?」
ユダの言葉にジュリアンは眉を顰める。ジュリアンが行くなら私もとソフィアとライアンも着いてくる。最悪だ、これじゃあ話なんてできないじゃない。
しかし拒む理由などないため渋々ではあるが受け入れるしかない。
そしてライアンは今まで無礼な態度をしてしまったことを払拭したいのかユダの元へと寄ろうとしているのがわかる。打算的な姿を見て少しモヤモヤしているとユダは私に右腕を出してきた。
「おつかまり下さい。ヘレナ様」
ライアンが近づいてくる前にユダはしたり顔をしながら私をエスコートしようとしている。そんな中で割り込む訳にもいかずライアンは悔しそうな顔をしている。そんな姿を見て胸がすく思いがした。
結界を張るには外の開けたところがいいとユダが言うので訓練場まで行くことにした。訓練場までの道のりでライアンは根気強くユダに話しかけるが軽くあしらうため徐々に気を悪くしているのが感じ取れる。そしてたまに「後ろからの視線が痛いなー」と私の耳元にボソッと呟く。
「どうしてその女をエスコートしているのですか。あなたのような人はソフィアのような高貴な人をエスコートするべきです」
小さいながらもふてくされた声でライアンが言う。
「ソフィアさんには素敵な婚約者殿がいるでしょう。しかも今すぐ側に。嫉妬されたくないですからねー」
ユダはいつも以上にヘラヘラした声でそう答えた。絶対思ってないでしょと呆れた目でユダを見つめるとその視線に気づいたユダはニヤリと笑った。
ユダの言葉を真に受けたソフィアは「まあ」と言いながらポッと顔を赤らめる。その光景にうへぇとなっていると
「あっもしかしてその高貴な人とはライアン殿のことだったかな?それならエスコートもやぶさかではないよ。左腕が空いてるからね。まあ、男女三人一列の謎の光景が出来上がると思うがな」
ユダの言葉を想像してクスッと笑ってしまった。ライアンは「そんなわけないだろ」と言って完全に拗ねてしまった。
訓練場に到着してみるといつの間に着いてきたのか、多くの者たちが興味津々そうにユダのことを見つめている。
「よし!始めるか」
ユダはそう言って魔法陣を展開する。その魔法陣の大きさに一同は息を飲みながら見守る。
「無属性魔法、柊」
ユダの言葉と共に魔法陣が琥珀色に染まっていく。そして魔法陣がパリンと割れたと同時に魔法の破片が打ち上がり四方八方へと飛び散っていく。その破片一つひとつが円状に広まり、やがて破片同士は結合していき、エルラメド家全体をドーム状に覆った。そして段々と透明になり空気に溶け込んでいった。
あまりの光景に皆声を出すことができなかった。
「よし!これで終わり」
そう言ってユダは私の元へとやってきたが、あまりの凄まじさに夢でも見てるのではないかと疑わしく感じてきた。するとユダは私の頬をぶにっと掴んできた。
「夢じゃないぞ」
「ちょっと!何するのよ!」
「惚けてるヘレナを現実へと戻してあげたんじゃないか」
ユダが悪ふざけをしてくれたおかげで私もいつもの調子を取り戻すことができた。しかし、他の人はそうもいかないのだろう、ユダを遠巻きに見ていた。ユダとお近づきになりたそうだったライアンも萎縮してしまっている。
その様子を見てユダは眉を下げながらも喋り始める。
「驚かせてしまって申し訳ない。⋯が、俺たちは協定を結んだ間柄だ。少しずつ慣れていってほしい」
まだ協定を結んだことはエルラメド家の上の者たちしか知らなかったのでユダの言葉によって辺りがどよめき始めたが、気合いが入ったのか一気に皆が明るくなっていった。
その様子をユダと一緒に見ていると遠くの方から「おーい」と声をかけられ、声のした方を見てみるとそこにはリアムが走ってきていた。
「あっ!先輩じゃないですかー」
「その声⋯お前もしかしてタートレイか?」
そうだった。リアムはずっと前線にいたため事の顛末がよくわかっていないんだった。
ユダが「実はかくかくしかじかでー」と事情を話し始めるとリアムはあまりの情報量に目がぐるぐるとしていたが何とか話が飲み込めたらしかった。
「そうか⋯えっとユダ殿は」
「ユダでいいですよ」
「じゃあユダはもう任務を終えたことになるからもう帰ってしまうのか」
リアムはそう言って寂しそうな様子を見せた。その言葉を聞いて私もハッとした。
もうユダとはお別れになるのね⋯。2人とはこれからずっと一緒にいるものだと思っていた。私はいつか政略結婚を強いられるだろうけど2人は意地でも連れていくんだって思ってた。
寂しくなるわね⋯。
素直にそう思った。
少ししんみりとしていると話し合いを終えたディアモンド様と機嫌のよさそうな両親が来ていた。するとユダが突然叫び出した。
「大将⋯それ本気ですか!?」
「ああ」
話が見えないため混乱しているとディアモンド様が話し始めた。
「仮ではあるがユダとヘレナ嬢の婚約が決まった」
「へっ?」
突然の出来事すぎて事態が飲み込めない。ユダと私が婚約?一体なんで?ユダも驚いていたようだからきっとユダも知らなかったことだ。
「そんなに難しく考えなくても大丈夫だ。婚約期間を1年設ける。その間クロックタルリス連合へ来てほしい。もしユダが気に入らないというのなら振ってくれても構わない」
ディアモンド様はつらつらと説明を続ける。チラッとユダの方へと視線を向けると遠い目をしている。
「あ、あのユダの様子を見るにユダは婚約話のこと知らなかったみたいですけど⋯ユダの意思とかって聞かないんですか?」
恐る恐る尋ねるとニコッと笑いながら私の質問に答えてくれた。
「私はユダの後見人なんだ。だからユダについての決定権は私にある」
「おお、相変わらずの魔王っぷりですね」
そう言ったユダをディアモンド様は笑いながら睨みつけている。私が睨みつけられた訳では無いのに圧が凄すぎて冷や汗が出てくる。ユダは視線を逸らして「すみません」と早口で言う。謝るくらいなら言わなければいいのと思う。
「それに星の子を連れ出すにはこれが一番自然だろう?」
「そうですね」
ディアモンド様がユダに何かを耳打ちしたようだったがよく聞こえなかった。
「まあ、この婚約はほぼ仮の状態みたいなものだから連合に来てからゆっくり考えてほしい。ヘレナがどんな選択をしたとしても咎はないから」
ユダは頭をガリガリとかきながら言う。
「⋯ねえ、連合へ行く時にお付きの者を一緒に連れて行ってもいい?」
さすがに一人で行くのは心もとない。だからリアムを連れていきたい。
「もちろんだ。先輩、クロックタルリス連合に行くヘレナに同伴してくれないか?俺とヘレナ2人だけだと寂しいから、先輩が来てくれると嬉しい」
「ああ!もちろんだ!」
リアムはふたつ返事で答えた。今後も3人でいられると思うと嬉しく思う。
「じゃあこれで大団円!大将、ヘレナと先輩の準備が終わったら連合へ戻り」
「お前には仕事が溜まっているんだぞ。これ以上待つことなどできない」
ユダの言葉をディアモンド様はズバッと遮りユダの足元に魔法陣を展開する。
「無属性魔法、瞬間移動」
「ちょっ!!まっ!!!覚えてろよまじでええ!!!」
その瞬間ユダの姿が綺麗さっぱり無くなっていた。
「⋯あの、ユダは連合に送られたんですか?」
再び恐る恐るディアモンド様に尋ねると彼は満面の笑みで答える。
「いや、さっき他のところでスタンピードが起こったと連合から連絡が来てね、スタンピードが起こっている上空へあいつを落とした」
ディアモンド様の言葉に私とリアムほサッと血の気が引いてしまう。こんな人がいるクロックタルリス連合とは一体どんな所なのだろう。
⋯とりあえずスタンピードの中に落とされ絶賛戦闘中であろうユダに思いを馳せざるを得なかった。
閲覧いただきありがとうございました。




