スタンピード
ジュリアンの名を使い別邸へとやって来た者たちの牽制を行ったことにより騒々しい雰囲気はすっかりと無くなって平穏に暮らせていたのだが、次はエルラメド連盟全体が震撼する一報が告げられた。それによってエルラメド連盟は今までにない活気に満ち溢れていた。
「クロックタルリス連合の使者がエルラメド連盟との協定を結ぶためにエルラメド家へ訪れるなんて凄いですよね!」
リアムがキラキラとした目で語ってきた。
まあ、リアムが有頂天になるのも仕方がないだろう。クロックタルリス連合は現在世界でトップとも言える実力を持った異能力集団である。エルラメド連盟も実力者揃いではあるがクロックタルリス連合と比較すと足元にも及ばない。
そんなクロックタルリス連合との従属ではなく協定という形で関係を結ぶことができるというのは名誉なことなのだ。
「クロックタルリス連合とうちの組織を比べたら差は歴然のように感じるけどよく協定なんて結べたわね」
クロックタルリス連合には既にエルラメド連盟と同程度の組織がいくつか従属している。
最近のエルラメド連盟は内部で揉めていることが多く組織としては落ち目であるという認識がなされていたため、この協定は吉報なのだ。
「きっとお目にかかる何かがあったのでしょうねー」
いつものようにへらへらとタートレイは答えるが声色がいつもより低い。タートレイへと目を向けるとタートレイは窓の方へと視線を向けており、不審に思って「どうしたの?」と声をかける。
「空気の流れが悪い気がして⋯」
「じゃあ換気でもする?」
そう言って私も窓の方へと視線を向けると先程まで晴れていた空が淀み始めていることに気づいた。なんだか換気した方が部屋の空気が悪くなりそうだ。
「なんか、だんだんこっちに迫ってきてない?」
雲の流れとは思えないほどの速さでこちらの方に迫ってきている淀みを凝視しているとやがて淀みの輪郭がはっきりと見え始めた。
「あれは魔物の軍勢⋯スタンピードです!」
リアムが大声で叫ぶ。そして魔法道具を取り出しエルラメド連盟に緊急伝令を出した。
「魔物たちのスタンピードを確認しました!!!こちらに向かってきます!!!」
伝令が終わると共に一斉にエルラメド家が全体が騒がしくなる。恐怖から悲鳴をあげる声、避難をするためバタバタと走っている足音、魔物たちの襲来に備えるために武器を取り出しているのか金属が擦れ合うような音。
「ヘレナ様も本邸の方へ避難をしましょう」
「ええ」
私達も急いで避難をし始める。避難をしながら周囲を見渡してみるともう人の気配が無くなっていた。どうやら別邸にいた使用人たちは既に逃げてしまったようだ。
本邸と別邸には距離があるため息が上がっているとリアムが「失礼します」と有無を言わさず私を横抱きにした。
「きゃっ」と間抜けな声が出る。
「リアムって案外力持ちなのね」
「これでも鍛えてますからね!」
褒められたことが嬉しかったのかリアムはドヤっと鼻高々そうだ。振り落とされないようにリアムの首に腕を回ししがみついているとリアムがこの後の行動について話し出した。
「ヘレナ様、本邸に着いたら下ろしますから大広間へと向かってください。あそこは避難場所としてと機能しています。俺はヘレナ様を下ろしたら魔物たちを迎え撃つ準備をしに行きます」
「あなたは私の護衛騎士なんだから私の傍についてればいいでしょ!」
リアムが魔物と対峙するなんて嫌。怪我をしてしまうかもしれないし、もしかしたら命を落としてしまう可能性だってある。守護師団には他にも人員はいるのだからその人たちに任せればいいのに。
「その役目はタートレイに任せます。あの魔物の大群はきっと守護師団総出で対応することになります。俺は魔物と対峙した経験がありますから前線に行きます」
リアムは力強い眼差しを私に向ける。
リアムという男は正義感が強く真っ直ぐな人間だったことを思い出す。だから引き止めても無駄だろうし、引き止めた方がリアムの誇りに傷をつけてしまうだろう。渋々ではあるがゆっくりと頷くとリアムは私へ笑いかける。
「心配してくれたんですよね?ありがとうございます、ヘレナ様」
言葉にはしなかったが心配をしていたことは伝わっていたようだ。肯定の言葉の代わりに首に回していた腕に力を込めた。
本邸へと到着したためリアムは私を下ろし前線へと向かい、タートレイは大広間まで私を先導した。
大広間には既に私以外のエルラメド家のもの達や使用人たちが集まっており、ライアンとソフィアの傍にはジュリアンも控えていた。
いつも見下した傲慢な態度をしているライアンと朗らかな様子を崩さないソフィアも流石に顔色を悪くしている。
「どうして急にスタンピードなんか⋯」
疑問を投げかけるとタートレイはそれに答える。
「魔物は強い魔力に惹かれるか習性があります。だからエルラメド連盟を始めとした多くの組織では結界を張っているのですが、おそらくその結界の許容範囲を超えてしまったのでしょう」
確かに守護師団には魔力を持つ団員たちが沢山所属しているから魔物達が惹かれてしまったのかもしれない。
そう考えていると外から金属音や怒号、悲鳴が聞こえてくる。
どうやら戦闘が始まったらしい。
「水属性魔法 水鏡」
外の状況を確認するために魔道士が水魔法を発動し、外の映像を映し出す。
そこには守護師団の団員達が魔物と対峙している姿があった。
今回襲来した魔物達はあまり強くなかったのか順調になぎ倒されていく。
よかった、これならばリアムもきっと大丈夫だと安心しているとタートレイがぼそっと呟く。
「おかしいな、低級の魔物だけでスタンピードが起こるはずがない」
タートレイの言葉に「えっ?」と声を出してしまった。まさか、このまま終わりじゃないのと不安を感じているとライアンが笑の笑い声が聞こえてきた。
「スタンピードと言うから焦ったが所詮はこんなものなのか!大したこと無かったじゃないか!確か緊急伝令を通告したのはヘレナの護衛騎士だったな。なんとも人騒がせなものだ」
ライアンの言葉に頭に血が上る感覚を覚える。周りのものも同調してくすくすと笑いだした。
⋯私を見下すならまだしもリアムのことをこき下ろすなんて許せない!
「魔物がたとえ弱くてもスタンピードには変わりないわ!それなのにも関わらずそんな態度だなんて⋯エルラメド家の後継者として有るまじき姿なんじゃないの?」
私の言葉にあたりは静まり返る。そして私の放った言葉の意味を理解した瞬間ライアンは顔を赤くして私に掴みかかろうとしてきた。そんなライアンをジュリアンは押さえつけ、ソフィアは言葉で制止している。
大広間にはエルラメド連盟の盟主である父を始めとした幹部達もいたため、ここで後継者として疑わしいと言われればライアンの評判に傷がつくことは分かりきっている。激高するのも当然だ。
一触即発になりそうになっていると水鏡に大きな影が映し出されたのが見えた。
他の人達もそれを見てざわざわと騒がしくなり始めた。
映像は上から見下ろしたものが流されている。それに映し出されないということは上空にいるということであり、飛べる魔物など限られている⋯。
「⋯来る」
タートレイの言葉と共にガシャンと大広間の上部分が崩れ、そこからギョロっとした目が覗き込んできた。
「ワイバーンだ!!!」
上級の魔物の登場に一気に当たりは悲鳴に包まれる。幸い崩れた瓦礫で怪我をしたものはいないらしいが皆がパニックに陥っているため、いつ怪我人が出てもおかしくない。
私もどうすればいいか分からず固まっているとワイバーンがこちらに向かってきた。
勘違いかもしれないが私に視線を向けているような気がする。
「火属性魔法 炎盾」
ジュリアンがこちらに迫ってきたワイバーンを抑え込み師団員達が剣に魔法を纏わせ一斉に攻撃を仕掛けるが威力が足りず薙ぎ払われてしまった。
ソフィアは恐怖からジュリアンへしがみつき、それに驚いたのか炎盾の威力が弱まってしまいワイバーンを通してしまった。
どうしてこっちに来るの⋯。
先程から目が合うとは思っていたがどうして私なのだろう。逃げないと⋯そう思うのに恐怖で身体が固まってしまい身動きがとれない。
「⋯お前の狙いはヘレナか。まあお前たちと似た純度の高い魔力は好ましいだろうからな」
ぼそっと呟いたためなんて言ったのか聞き取れなかったが、いつものヘラヘラした様子から考えられない程に凛とした様子のタートレイの姿がそこにはあった。
そして「失礼します」と私を縦抱きにして外に出たと思ったら宙に浮かび始め勢いよく上空へと向かい始めた。
「へっ?一体な、に⋯⋯きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」
状況が飲み込めず叫び声を上げながら落ちないようにタートレイにしがみつく。もう何が何だか分からないほど混乱していると下の方からワイバーンの咆哮が聞こえてきた。
大広間にはあんなに多くの人がいたというのに一目散にこちらの方を追っていたらしい。
「⋯風属性魔法、風斬殺」
落ち着いた掛け声とともに人差し指をシュッと横へ動かす。その瞬間ワイバーンの身体は切り付けられ大量の血が吹き上がる。切られた痛みからかワイバーンは悲痛な叫び声を上げながらそのまま落下していった。
一瞬の出来事に唖然としているとタートレイは下の方へと目を向けた。
「下の魔物たちも一掃できてるな」
タートレイの言葉を聞き私も下を向くと魔物達が既に全て倒され、戦闘は終わっており静まり返っていた。どうやら先程の攻撃はワイバーンだけではなくほかの魔物にも適応されていたようだ。
「あなたって一体⋯?」
「⋯ここまで派手に動いたんです。話しますよ、俺の正体。でも皆聞きたいでしょうからまずは大広間まで行きましょう」
そう言ってタートレイはゆっくりと下へ降りていく。大広間へ着くと腰に回されていた腕が離れた。
辺りを見渡してみるとタートレイはここにいる全ての者達から疑念の目を向けられていた。
そんな中コツコツと足音をたてて父は前へと出てタートレイの前に立ちはだかった。後ろにはエルラメド連盟の幹部たちやジュリアンも引き連れている。
数秒の沈黙の後にタートレイが話を切り出した。
「ご協力ありがとうございました、パトリック殿。おかげでエルラメド連盟のことについてよく知ることができました」
そう言って微笑むタートレイを父は苦笑いを浮かべながら「それはよかったです」と答えた。
そしてタートレイはみるみると姿を変えていき、目の前には雑面をした黒髪の男が現れた。
「では、改めまして⋯クロックタルリス連合、右大将のユダです。以後お見知り置きを」
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