クロックタルリス連合へ
「荷物はこれぐらいでいいかしら」
ユダがエルラメド家を去ってから早2日。私はクロックタルリス連合へと赴くために荷造りをようやく終えたところだ。今日の昼頃には迎えが来るという連絡がきていたため一瞬間に合わないかもしれないと内心焦っていたところだ。
「⋯ヘレナ様、いくらなんでもこの荷物の量は多いのでは?」
リアムがそう言って私の荷物の方へと目を向ける。そこには洋服の入ったトランクが10個、アクセサリー類が入ったジュエリーボックスが5個が積み重なっている。
「まだまだ服はあるけど、お気に入りの服は全部トランクに入れたわ。本当によく頑張ったわ私」
「これではエルラメド家に帰る時に不便なのではありませんか?」
そうリアムが心配をするが、それは要らぬ心配だ。なぜなら
「いいの、私はもうこの家に帰ってくる気は無いから。あなたも見てきたでしょ?あの人たちの変わりようを」
ユダや、ディアモンド様が去った後の事を思い出す。
それはもう上機嫌な両親が話しかけてきた。
「さすがは私の娘だわぁ、右大将様と婚約なんて名誉なことよ。⋯でもあなたと離れるなんて寂しいわぁ」
そう言って母は涙を浮かべながら私を抱きしめてきたかと思えば私の耳元でボソッと囁く。
「あなたのことは失敗作だと思っていたけど、ここに来てようやく役に立ってくれたわね。初めてあなたを産んで良かったと思えたわ」
残酷な言葉を口にする母は側から見れば娘思いの母親に見えているらしく、愛くるしい母の姿を周りの人々はうっとりとしている。
突き放したかったけど、ここで母を拒絶したらこっちが悪者になってしまうと思って母の所業を唇を噛み締めながら耐えていた。
そしてそんな中、父も私へ声をかけてくる。
「クロエの言う通りお前は私たちの自慢の娘だ」
一度たりとも私に興味を持ったことのなかった人がにこやかに話しかけてくる父の姿に目眩がしてくる。
何とか耐えて部屋に戻って荷造りを始めたら次は手伝いますとごまをする使用人たちが続々と表れて流石に辟易としてしまった。
その上、私との接点を少しも持たせたくないと思って誰にも手は借りず、一人で荷造りをしたのでさらにヘトヘトになった。
この家には既に未練はあまり残していなかったが、私の存在価値を見出した途端に手のひら返しをしてくる人達を見てより一層冷めた気持ちになり、もう帰らないと覚悟を決めた。
「そうですね⋯。俺もあの後、主にライアン様やソフィア様の護衛騎士に擦り寄られてちょっと嫌でした」
そう言ってリアムはムスッとした顔を見せる。どうやらリアムも私と連合へ同行することになったから他の守護師団の団員からごまをすられているらしい。
ライアンとソフィアの護衛騎士たちは今まで私の護衛騎士をハズレの仕事と馬鹿にしていたと聞いたことがあったと思い出し、ため息が出そうになる。
「本当に現金なヤツらなんだから!⋯でもリアムはこっちに家族がいるでしょう?あなたは帰ってもいいんだからね。あなたには帰る場所があるんだから」
私が育ったエルラメド家とは違い、リアムのような誠実な人を育てた孤児院はきっといい所だっただろう。それにリアム自身も情に厚いから、孤児院があるこの地と離れるのは名残惜しく思っているかもしれない。
「お気遣いありがとうございます、ヘレナ様。もちろん帰る時もあるでしょうけど、きっとすぐに戻ってきますよ。今までも孤児院に帰ったら院長先生にしっかりお勤めを果たせとケツを叩かれてすぐに帰されてますから」
微笑みながらリアムは言う。
リアムのような人を育てた院長先生はきっと聖母のように優しい人だと思ったけどそうでもないらしい。
院長先生とは一体どんな人なのかしら?
「あなたが育った孤児院の院長先生というからとても優しい人なのかと思ったけど、院長先生というのはちょっと厳しい人なの?」
私が問うとリアムは昔のことを思い出しながら話しているから、かしみじみとした表情をしながら答えた。
「優しくもあり、厳しくもある人ですね。子供というのは優しさを与えるだけでは育ちません。悪いことは悪いとちゃんと叱ることも子供の成長には必要なことですから。
俺も院長先生とは何度かぶつかりましたが院長先生は根気強く付き合って、そばにいてくれました。俺はそれがすごく嬉しくて⋯。
だから院長先生がしてくれたことに恩返しがしたいと守護師団に入って立派な姿を見せようと考えていました。でも院長先生には立派な姿を見せるんじゃなくて俺がされて嬉しかったことを他の人に分け与えることが恩返しになると言われたんです」
そう言ってリアムはこちらを見据えた。
「⋯今、その恩返しとやらはできてる?」
「ええ、あなたのおかげで」
私はリアムに支えられていたけれど、間接的に院長先生にも支えられていたらしい。
「いつかあなたの育った孤児院に行ってみたいわ。案内してくれるわよね」
院長先生に会ってリアムを育ててくれてありがとうと言いたい。そしてあなたのおかげで私は今ここにいるのだとお礼を言いたい。
「もちろんです!」
和やかな雰囲気の中コンコンとノックをする音が聞こえてきた。
「迎えが来たのかしら?入りなさい」
いよいよエルラメド家を出ていくのだと気合を入れていると予想外の人物が部屋の中に入ってきた。
「⋯ジュリアン?⋯⋯一体なんの用?」
「少し、話がしたい」
食い気味にジュリアンは話しかけてくる。
まあジュリアンと話すのも最後とは言わないがきっともう話す機会なんてそうそうないだろうから少しぐらいいいかしら。
「いいわよ。一体何が聞きたいの?」
「⋯その前にエイベル卿、席を外せ」
何か重要な話でもあるのだろうか?もう帰ってくる気はないが、一応表向きに私はエルラメド連盟とクロックタルリス連合の橋渡しの役割があるからそれに関することかしら?
「リアム、席を外してちょうだい」
少し不服そうではあるもののリアムは部屋の外へと出ていった。
「さっさと要件を言って」
要件を催促してもジュリアンは黙ったまま、視線を私の荷物へと向けている。
「多いな」
「当たり前でしょ?もう帰ってくることは無いでしょうからね」
私の言葉を聞いてジュリアンは目を見開いた。思えばいつもより顔色も白くなっている気がする。
「二度とこの地に足を踏み入れないつもりか?」
「さあね、でも少なくてもエルラメド家には足を踏み入れる気は私には無いわ。⋯だからきっとあなたと顔を合わせるのも最後になるでしょうね」
何かを言いたそうにしているようだ。ジュリアンは口を少し開きかけるがかける言葉が見つからなかったようで押し黙ってしまった。
「⋯⋯あなたにはエルラメド連盟とクロックタルリス連合の仲介役を担っている。エルラメド連盟の者としてあなたはエルラメド家に呼び出しがかかるはずだ」
掠れた声でジュリアンは言う。
呼び出しがかかったとしても当の本人の私が応じなければいい話だ。それに
「婚約期間は一年よ。もし呼び出しがかかったとしても数回がいい所でしょうし、まだ分からないけれど⋯もし結婚したとしたら、それこそずっと連合のところにいるでしょうからやっぱりあなたと顔を合わせることなんてもう無いでしょうね」
ジュリアンの瞳から完全に光が消える。
「⋯そうか」
そう短く返事をしてジュリアンは踵を返した。勘違いかもしれないがジュリアンの後ろ姿はどことなく寂しげに見えた。
ジュリアンが部屋から出ようとした瞬間「ヘレナー、迎えに来たぞー」とユダの声が聞こえてきた。扉が開き、ユダとジュリアンは至近距離で対面することになった。
「ああ、これは総隊長こんな所で奇遇ですね」
ユダが話しかけるがジュリアンは返事をせずにいる。するとユダがジュリアンに何かを耳打ちをした。
「貴様っ!」
こんなに声を荒らげる。こんな姿のジュリアンは見たことがなかったため私は身体をビクつかせてしまった。
「まあ、まだ遅すぎるということはない。まだ一年という期間があるし、未来は誰にも分からない。」
ヘラヘラとした調子でユダはジュリアンに言う。一体何を話したのだろうか。一年ということは私たちの婚約に関する話なのだろうかと疑問に思っているとユダは何かを思い出したのか話を付け加える。
「そういえば、うちの総大将が守護師団と連携をとりたいと言っていたから守護師団の誰かを選出しておいてほしい。頻繁に連合に出入りするようになるだろうから結構大変だと思うが⋯覚悟しておけよ」
そう言ってユダはニヤリと笑って見せた。
そして寂しげに見えたジュリアンの背中がどこか生気を取り戻している気がする。
「じゃあそろそろ時間だ。エルラメド家に来た時にパトリック殿に挨拶をしたんだが、その時に見送りをしたいからホールで待っていると言われたからホールへ向かおう」
「わかったわ。使用人を呼ぶから少し待って、荷物を運ばせるから」
私の言葉を聞いてユダは荷物へと視線を移す。
「多いな」
リアムやジュリアンと同じことをユダにも言われた。もしかして本当に多かったかしら⋯?
「いや、呼ばなくてもいい。俺が運ぼう」
そう言ってユダはは人差し指をクイッと上げる。するとトランクやジュエリーボックスがふよふよと浮き上がり、ユダは部屋を出てホールへと向かって行く。その後ろを私やリアム、ジュリアンもユダについて行く。
「これも魔法よね?でも前みたいな掛け声は言わないのね?無属性魔法、柊みたいに」
「ああ、あれは技の名前だ。この魔法は風を起こすという動作で風属性魔法の初歩も初歩のものだ。技じゃないから名前はないし、ある程度の実力を持っていればわざわざ口に出す必要すらない。掛け声に当てはめるなら風属性魔法、発動になるな」
ユダの説明を聞いて魔法って面白いなと思った。私は魔法の才能には恵まれなかったから魔法について知る機会はなかったけれど連合に着いたらリアムにでも教えてもらおうかしら。
ユダが魔法についての説明をしている間に私たちはホールに到着した。そこにはエルラメド家全員が集合していた。父や母もそうだが、ソフィアとライアンが私を見送るために集まるだなんて今までは考えられなかった。
「ああ、ジュリアンそこにいたんですね。右大将様のお見送りをするために探していたのですよ」
「申し訳ありません」
ソフィアが眉を下げて困ったような顔でジュリアンに話しかけ、いつもの如く端的に謝罪をジュリアンは返す。
ジュリアンと話す時だけ甘やかになる声もこれで聞きおさめになるのね。ずっと腹立たしい声だと思っていたし、今もげんなりはするけど、心がざわつくことはもうない。
「それでは右大将殿、娘をよろしくお願いします」
「ああ、任された」
父とユダは短いやり取りをしている間に母が私の元へきて「元気でね」と目を赤らませながら言う。その姿を冷めた目で見ているとユダは父との会話を終えこちらへやってきた。
「もう行きますね、お母様」
私がそう言うと母はつーっと一筋の涙を流した。計算され尽くした美しい姿だった。しかし、これ以上母の一人舞台に付き合う気はないのでサッとユダの方を向く。
「そうだ、荷物を荷馬車に載せないと」
「荷馬車なんて用意してないぞ」
へ?っと思わず声が出てしまった。荷物や送迎は任せてもいいと言っていたからこちら側は何もやっていないのにと内心焦っているとパッと床に魔法陣が展開された。
「まさかそれって⋯」
「俺がこれで飛ばされてるとこ見たことあるだろ?」
ユダごヘラッとしながら答えた。どうやら瞬間移動を使ってクロックタルリス連合に行くらしい。
「あなたもその技使えるのね」
「ああ、俺はよく大将にこれであちこち飛ばされてるんだが、あの人は基本片道切符なんだ。帰れなくなって途方に暮れることがあるから使えるようにしたんだ」
⋯前から思っていたけれどディアモンド様はユダに対して相当手厳しいのではないだろうか。
「ちなみに大将の被害者は俺だけじゃない」
ディアモンド様が異常だということが分かったわ。要注意人物として覚えておきましょう。
いよいよエルラメド家を離れる時だ。
展開された魔法陣の上へと足を進めている間、エルラメド家で過ごした思い出が頭を駆け巡る。ろくな思い出なんてないけれど最後だし美しく去ろうと思い、母達の方へと体を向けカーテシーをする。
「それではさようなら」
そう言った瞬間ユダの「無属性魔法、瞬間移動」と唱えた。ぶわっと魔力が放出されたかと思えば目の前の景色が変わっていた。白を基調としたお城のような美しい建物が目の前にあった。それ以外にも空を飛ぶ馬車や至る所に設置された魔法道具があり、初めて見る光景に目を奪われた。
「ようこそ、クロックタルリス連合へ」
ユダは私とリアムの前へと来て、したり顔で歓迎の言葉をかけたのだった。
閲覧いただきありがとうございました。




