sideジュリアン ~独白~ 1
ジュリアン・ヒューズの人生は義務によって縛られている。
俺はエルラメド連盟の重鎮であるヒューズ家の嫡男として生を受けた。今は表情を表に出すことはあまり無いが、幼い頃はそうではなかった。あまりにも昔過ぎて記憶が曖昧ではあるが、それはそれは活発に動き回っていた気がする。しかし、5歳という歳を皮切りにエルラメド連盟に忠誠を捧げるように教えこまれ、ヒューズ家に相応しい人間になるように教育を受けた。朝から晩まで教育を受け続けた結果、感情が削がれ、ついには自分の感情のことが分からなくなっていった。
10歳になるとヒューズ家を離れ、エルラメド連盟の守護師団に見習い騎士として入団することになり、剣術や魔法を鍛える日々が続いた。この時から盟主の奥方であるレア様には良くしてもらっていた。レア様は元々ヒューズ家のもので父とは従姉妹という間柄であったため親しかったからだった。その時から訓練が無い時はライアンとソフィアのお目付け役という名の遊び相手になった。二人はよく喋る人物だったためほとんど聞き役に徹していた。
しかし、平穏な時間はずっと続くことはなかった。俺が12歳の時に盟主が愛人を第二夫人として召し上げ、その間に生まれた娘をエルラメド家に迎え入れたのだ。当然、ライアンは荒れ、ソフィアは涙をよく流すようになった。レア様も裏切られた悲しみからか体調を崩しがちになっていった。
ライアンを宥め、ソフィアを慰め、レア様の悲痛な訴えを聞く日々が続き、さすがに気が滅入ってしまった。
「いやっ!あっちいってよ!誰か助けて!!!」
気分転換に遠くに出向き歩いていると叫び声が聞こえてきた。様子を見に行くとそこには魔物に襲われている少女の姿があった。剣を抜き少女を攻撃する前に魔物を倒した。弱いとはいえ魔物が現れるなんて珍しかったため、これは後で上司に報告をしなければいけないなと考えながら少女を見やる。
そこには少女は黄金色の髪にこぼれんばかりの瑠璃色の瞳を持つ少女がいた。
ああ、最近来た娘だ。
この少女によく似た人物を盟主の横に見たことがある。今、エルラメド連盟を騒がせている渦中の人物だ。
少女は今の状況を上手く飲み込めていないのかなんの反応を示さない。
「大丈夫ですか?」
声をかけてみるとハッとした反応をしたためどうやら正気を取り戻したようだ。
「⋯大丈夫じゃない。転んで服もぐちょぐちょだし、足も痛いの」
少女はどうやら転んでしまった拍子に足を痛めてしまったらしい。歩かせて帰すことは困難だと判断し、少女を抱き上げる。
少女から魔物に襲われるまでの経緯を聞き、多方事態を把握することができた。少女は虚勢を張っていたが、この家の誰にも興味を持たれていないようだった。
俺はライアン達の近くにいたからよく知らなかったが、彼女も彼女で苦労をしているらしいと考えていると彼女が袖で顔を拭ってきた。
「顔、血がついてる。痛いの?」
どうやら彼女は俺を心配をしてくれているらしい。誰かに心配されるなんていつぶりだろうか。
「返り血だから心配する必要は無いです」
「そっか⋯。遅くなったけど助けてくれてありがとう」
お礼も言われたのも久しぶりだった。久しぶりに喜びを感じた。
別邸の庭に到着し彼女を下ろすと少しの名残惜しさを感じた気がした。そんな時に彼女は俺の所在はどこなのかと聞いてきた。訓練場にいると答えると彼女はこれからは訓練場に行きたいと申し出てきた。彼女のこれからの行動を制限する権限は俺にはないため好きにすればいいと答え、その場を去ることにした。
翌日から少女は毎日のように訓練場へと来るようになり、休憩時間に少女、ヘレナと話すようになった。相変わらずの聞き役ではあったもののヘレナの話を聞くのは存外楽しいと感じた。読んだ本の感想や見た夢の話など取り留めのない話ではあったが、凄まじいほどの想像力で希望に満ち溢れた話を聞くのは心地いい。
ヘレナが訓練場へ来るようになってから数週間。訓練場にいると珍しい人が来ていた。
「ジュリアン⋯」
「ソフィア様、如何なさいましたか?」
ソフィアの話を聞くと、どうやら俺がヘレナとよく話しているという噂が耳に入ったらしく不安に感じたようだった。今思えば当然のことだ。ヘレナが幼いからと言っても俺とは派閥が違うことに加え、ヘレナに責任は無いとはいえソフィアたちにとっては憎い相手であることは変わりない。ヘレナが訓練場に来るようになった経緯を問われ、偽りなく答えるとソフィアは一応納得したようだった。
「私もこれから訓練場に来てもいい?」
ソフィアにそう問われる。ソフィアに関しては本邸に行った時に既に相手をしており、訓練場でも相手をするとなると相当な時間をソフィアに使うことになる。そう考えるすぐにいいと言うことができなかった。
「⋯訓練場では集中して訓練に取り組みたいと思っています。一人ぐらいならいいかと思っていたのですが二人となると少し難しいです」
そう言うのと同時にガサッと物音が聞こえてきた。視線を向けるとそこにはヘレナが立っていた。ソフィアもヘレナの姿を認識すると怯えた表情で縋り付いてきた。いつものように頭を撫でて慰めているとヘレナの血の気が引いた顔が見えた。
ヘレナが踵を返し走り去っていく。思わずソフィアを離して追いかけようとしたらソフィアに袖をギュッと握られてしまった。
「どこに行くの?」
「あの子にこれからは訓練場に来るなと言いに行きます。だからソフィア様も訓練場に来るのはお控えください。危ないですから」
捲し立てるようにソフィアへ話す。少したじろいでいたが納得したようで袖を離してくれた。
そして本邸の方へと戻るように声をかけたあと、急いでヘレナの元へ向かった。初動が遅れてしまいヘレナは見当たらなかったが、幸いにも足跡を見つけ、それを辿っていくとヘレナは朽ちたガゼボで膝を抱えながら佇んでいた。
近づくと足音に気づいたのかヘレナが顔をあげる。
ヘレナにはソフィアが訓練場に来ることになった経緯と訓練場にはもう来るなという話をすると、ヘレナの瞳は今にも零れそうになってしまった。
「話がしたいなら他の場所ですればいい。例えばこことかな」
思わず口をついて出た言葉だった。
悲しそうな顔をした少女を慰める意味合いも多少はあったが、俺がもっと彼女の話を聞きたいと思った。すると悲しげな顔をしていたヘレナが輝かんばかりの表情に様変わりした。その顔があまりにも可愛らしくて顔を見れないと思いヘレナに背を向ける。そしてそのまま予定のない日に来ると約束してヘレナの前を去った。
日に日に伏せりがちになっていくレア様とそれにつられて荒むライアンとソフィア。二人を支えることは義務であり、放り出すことはありえないことだったが、どうしても息苦しさを感じてしまっていた。だからヘレナと過ごす短い時間は癒された。
最初は三日に一回程度の頻度で会っていたが日を追う事にその頻度は増していき、7年という月日が経った。
相変わらずヘレナはエルラメド家の厄介者として腫れ物扱いされており、悪評も絶えなかったが、ある一点だけは突出して評価されていた。その一点とは容姿である。
ヘレナはこの7年間で可愛らしい姿から女性的な体つきになり、それはそれは美しい姿に成長した。このままいけばヘレナはよく似た容姿を持つ彼女の母親を超えて美しくなるのではとも噂されていた。
しかし、立場の悪い人間が人並外れた容姿を持つことは決していいことではない。彼女は同性からは嫉妬の、異性からは下劣な視線を送られるようになっていた。俺はその様子を腹立たしく感じていた。
ある風が心地よい昼下がり。いつものようにガゼボに向かうとそこには眠ってしまったヘレナの姿があった。
デコルテ部分が露出したシフォンのワンピースに、暑いのか少し紅潮した肌、そしていつものつんけんとした態度からは想像がつかない無防備な寝顔。
思わずバッと辺りを見渡して誰もいないか確認した。こんな姿を他に見ている人間がいるかもしれないと考えるとどうにかなってしまいそうだ。
はらりと落ちたヘレナの長い前髪を指先でそっと耳にすくい上げる。そしてヘレナの隣の席に座り、彼女が起きるまで気づかれないように髪の毛を触っていた。ヘレナのサラリとした柔らかい髪の毛をずっと触っていたいと思った。
その後すぐにレア様が亡くなった。ライアンやソフィアはもちろん、屋敷中の使用人たちも深い悲しみに包まれていた。
自分の死期を悟っていたのか、レア様は遺言を遺しており、その遺言には俺とソフィアの婚約の旨が示されていた。
驚きはしなかった。ヒューズ家の嫡男として生まれた時点で家のために結婚することは義務であると分かっていたし、ソフィアとの結婚は両家が前向きであったことも知っていたからだ。それでもふとヘレナの姿が頭を過ぎる。俺はそれを振り払おうと努力した。
ソフィアとの婚約の話ともうヘレナの相手をすることができないことを伝えなければと思いガゼボへと足を運んだ。しかし、その日はヘレナは現れなかった。次の日、またその次の日と足を運んでもヘレナは来ることはなく結局ヘレナと話すことはできなかった。ヘレナとの関係に整理がつかないまま時は過ぎ去っていった。
婚約を機に守護師団の総隊長に任命されることになった。最年少での総隊長の就任にヒューズ家の者たちは鼻高々そうにしていたことを覚えている。特に弟と妹が同世代の友人らに自慢していた。弟妹と言っても父が後妻に迎えた人の子供であり半分の血の繋がりだ。他人の功績を自分の物のように自慢をしているヒューズ家の者たちを尻目に俺は総隊長の任を全うしていた。
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