sideジュリアン ~独白~ 2
総隊長の仕事は多岐に渡る。例えば、団員の育成にエルラメド連盟ひいてはエルラメド家の要人の守護、団員の配属の選定などが挙げられるだろう。
基本的には順調に仕事を進めることができていたが、一つだけ問題があった。ヘレナの護衛騎士の選定だ。
彼女はエルラメド家の中でも敵が多いため、彼女を守れるように実力のある人物を選んでいたが、彼女は護衛騎士をことある事に変更するように要求をしていた。
最長で1ヶ月、最短で3日という頻度で変更を要求し、その理由も気に入らないからとの一点張りで何を考えているのか全くわからなかった。話を聞こうにもヘレナは俺との接触を極端に嫌がったため結局何も出来ないでいたが、ある日、彼女がなぜ護衛騎士の変更を要求するのか知ることになる。
守護師団で団員達の訓練をしていた時の話だ。
一通り訓練メニューを終え休憩をとっていた時にかつてのヘレナの護衛騎士を務めた者たち数人が集まり話をしていたのを目撃した。どうやらその者達はヘレナの護衛騎士の頃の話をしているようだったため聞き耳をたてていたのだが、会話の内容は下劣なものだった。
綺麗な体つきをつしているという話を皮切りに腕を掴んでその細さと柔らかさ、彼女から香る甘い匂いが興奮したという話に腹にどす黒いものが堆積していく感覚を覚える。
「こっそり部屋に入った時に見た寝顔がすっごく綺麗でさー、本当に容姿だけはいいよなー」
その言葉を聞いた瞬間腸が煮えくり返りそうだった。かつてガゼボで見たヘレナの寝顔を思い出す。あの顔を他のやつが見たという事実が受け入れられなかった。
もう聞いていられない。
そう思って表へと出る。先程まで愉しそうに話していた奴らが俺の存在に気づき血の気が引いた顔を晒した。
「総隊長!?いつからそこに⋯?」
「いつからだと思う?」
今、俺がどんな顔をしているのか分からないがこの怯えようを見ると相当酷い顔をしているのだろう。手が出そうになるのを必死に耐え奴らと対峙する。
「よくも守護師団の面子に泥を塗ってくれたな。貴様らに謹慎を命じる。処分は追って伝える」
最終的に奴らは守護師団を追放することにした。今思い出しても腹立たしくて仕方がない。そして、自分自身にも腹が立った。あんな奴らをヘレナに着けた自分の不甲斐なさを呪った。
次にヘレナに着ける護衛騎士は実力だけではなく、人柄も考慮しなければいけないと思い、守護師団に所属する団員を観察し、見極めることにした。数人候補に挙がったが、その中でも筆頭候補だったのがリアム・エイベルという男だった。守護師団に所属する者達は基本エルラメド連盟に所属している家門の人間であることが多いのだが、彼は家門出身ではなく、エイベル孤児院というところで育った所謂成り上がりに該当する人物だ。外部から守護師団に入ることができた時点で実力は申し分なく、同期の者達との関係も良好で人柄もいいことが確認できた。しかし、後ろ盾がないことと、自身を売り込むような器用なことができないらしく守護師団の中でも埋もれてしまっているようだった。
熟考の末、リアム・エイベルをヘレナの護衛騎士に着任させることにした。ヘレナが気に入らなかった時のために他の候補も予備として準備していたが、エイベルが護衛騎士になって三日、1週間、1ヶ月経っても変更の要求が来ることはなかった。
これで良かったと思った。多忙ではあったものの護衛騎士の選定という仕事が減ったため少し時間に余裕を持つこともできたおかげで清々しい気分だった。
しかし、その清々しさはずっとは続くことがなかった。
ヘレナはエイベルを気に入ったらしく、彼を連れてよく庭の散歩をしているようだった。
一度どんな様子なのかを見に別邸へと足を運んだことがある。俺を見ればヘレナの機嫌を損ねると分かっていたためばれないように物陰に隠れていたのだが、二人の親しげな姿を見て言い表せない不快感に襲われた。
俺は何を考えているのだろう。ヘレナが護衛騎士の変更を要求してこないことはいいことだ。ヘレナにエイベルを着けたのは俺自身の判断なのに、なぜ俺は自分の判断を悔やんでいるのだろう。
ヘレナに関することは分からないことだらけだ。
✶ ✶ ✶
ヘレナにエイベルを付けてから1年ほど経っただろうか。今はライアンとソフィアと共に外遊に出ているとある報告が入ってきた。
「盟主がヘレナに護衛騎士を付けただと?いつからだ?」
「本日付けの着任だそうです」
報告に来た部下が答える。どんな人物であるかを聞いたが、タートレイという名前であること以外の情報は入ってきていないらしい。
盟主はヘレナに興味を持っておらず、ずっと放置をしている状態であったのにも関わらず一体どういう風の吹き回しなのだろう。
本当なら今すぐ帰って状況の確認をしたいところだが、今は外遊中ですぐに帰ることはできないため、外遊がすぐに終わるように急ぐしかなかった。
急いだおかげであと1週間はかかるはずだった外遊を4日に短縮してエルラメド家に帰ることができた。タートレイという新人がいるであろうヘレナの部屋へ向かっている時に後ろの方から物音が聞こえてきた。そちらの方へ視線を向けるとそこにはヘレナとその隣に見慣れない男、おそらくタートレイという新人護衛騎士がいた。ヘレナとタートレイはまだ出会って4日しか経っていないだろうにもう親しげに見えた。目の前の光景に不快感を覚えながら話しかける。
「お前が新しく着任した護衛騎士か」
「はい、タートレイと申します。以後お見知りおきください」
盟主が配属した得体の知れない護衛騎士を警戒しながら見つめているとふと彼が動かしていたカートに目がいった。そこには出来たての料理が並べられており、彼の服は油が飛んだ跡が残っていた。まさか
「これは貴卿が作ったのか?」
「はい、最近ヘレナ様が口にする食事は私が作っています」
その言葉を聞いて言い表せない不快さを感じたが、その不快感の正体は何なのか分からない。
「どうやら護衛騎士ではなく料理人に役職を変更した方が良さそうだ」
「リアムさんに主人の健康に気を使うのも仕事だって仰っていたので実行した結果です」
「エイベル卿か、素晴らしい忠誠心だな」
これはエイベルの仕業か?どうやらこの1年でヘレナと相当親しくなったようだな。
「ヘレナ様、護衛騎士の仕事はあなたの護衛であって食事を作ることではありません。料理は料理人に任せればいいのです」
口をついて出た言葉だった。あの日以来俺のことを徹底的に拒絶してくるヘレナが他の人間と親しくなっていく様を見るのが不快で仕方なかった。
「別に任せてなんてないわ!」
案の定ヘレナを怒らせてしまったようだったが、皮肉のような言葉が止まらない。
「タートレイ卿に食事を作らせるのが初めてでは無いという時点で任せているとと同義でしょう」
「私の護衛騎士なんだから私がどう扱ってもいいでしょ。タートレイだって嫌がってないし、むしろ喜んでやってるんだから!」
「こんな短時間で一人の男を傾倒させるなんて素晴らしい技量の持ち主ですね」
「なんですって!?」
なぜヘレナと押し問答をしているのだろうか分からない。ただ自分の中に溜まった不快感を押し込めることができなかった。自分の感情が分からない。
「失礼ですがヘレナ様の食事が冷めてしまいますので、そろそろ部屋まで行かせてもらえませんか?」
タートレイが横槍を入れてきた。これ以上の押し問答は不毛であることは分かっているのでここで切り上げることにしよう。本来の目的はヘレナとの言い合いではなくタートレイがどのような人物であるのかを知ることだ。
「⋯いいだろう。だが食事を運び終わったら私の執務室へ来い。俺は守護師団の采配を担っているが貴卿は私を通さずにヘレナ様の護衛騎士となった。だから貴卿の実力がどれ程あるのか知りたい」
そう言って踵を返し訓練場へと向かった。
少し時間を空けてタートレイは訓練場へとやって来た。盟主が直々にヘレナ付きの護衛騎士にしたためだろうか見物人が集まっており、鬱陶しいと感じながらも早速、実力測定を開始することにした。
タートレイは実力測定を淡々とこなしていくが、どれもこれも平均値で団員ならばいいが、護衛騎士としては物足りないと感じた。
盟主が直々に護衛騎士に任命したと言うから期待していたのだろう見物人達も期待外れと嘲笑をし始めていた。
休憩に入り、改めてタートレイの記録を確認しているとあることに気付いた。タートレイの記録は今年行った守護師団全体の実力測定の平均値と寸分違わない記録だったのだ。
こんなこと有り得るのか⋯?
タートレイは休憩を挟んだあとの他のメニューでも変わらず平均値をたたき出していく。
先程までは凡庸な人物が、一瞬で得体の知れない人物に見えた。
最後のメニューである模擬戦に入ったはいいが全く手応えを感じない。剣に力が乗っていないことからこの男は全く本気を出していないことが分かる。この模擬戦は三本先取であり、こちらは既に二本を取っている。今回の実力測定で彼の底を見ることはできないだろう。時間の無駄だったなと思っているとタートレイは急に手を振り始めた。
「ヘレナ様ー来てたんですねー!」
振り返るとそこにはヘレナとエイベル、ライアンにソフィアまでが勢ぞろいしており、ヘレナはタートレイを睨みつけていた。するとタートレイは「総隊長、もう一本お願いします」と声をかけてきた。彼の方を見るとずっとのらりくらりとしていた態度が一変し緊張感を纏うようになっており、思わず顔を強ばらせてしまった。
タートレイはようやくやる気を出したらしい。
剣を握り直しタートレイと向き合う。始まりの合図が聞こえたと同時に握っていた剣が手から離れていた。
⋯見えなかった。タートレイの動きを。動揺からか眼球が痙攣し焦点が合わない。
「ではもう一本、よろしくお願いします総隊長」
再びタートレイと対峙し、先程のように剣を離さないように気を付けながら打ち合いをした。一本取られてしまったが、先程のような緊張感は無くなり、剣の重さも軽くなっていた。そして最後の一本は五回ほどの打ち合いで勝負が着き、模擬戦は俺の勝利で決着した。
しかし、この勝利を喜ぶことなど到底できなかった。俺は模擬戦で汗をかいているというのに、今までの実力測定を全て通したタートレイは一滴の汗も流していないし、模擬戦も手加減されていた。
タートレイはヘレナに駆け寄りヘラヘラとした態度で話し共に別邸へと帰って行った。
圧倒的な敗北感を覚えた。騎士としても、かつて彼女のそばにいた男としても⋯。
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