sideジュリアン ~独白~3
今日はクロエの誕生日だ。エルラメド家のパーティーでも一番豪華と言っていい催しであるため、多くの家門が参加をするのだが、クロエと父はとてつもなく仲が悪い。そのため代わりに俺がヒューズ家の代表として出席をすることになったのだが、総隊長として警備の指示を取っていたため会場に入るのが少し遅れてしまっていた。
「ジュリアン・ヒューズ様のご入場です!」
俺の入場の知らせと共に扉が開いた瞬間真っ先にヘレナの姿が目に付いた。この世のものとは思えないほどの美しさに息を呑んだのも束の間彼女の周りをうろつく男たちが見えた。奴らを追い払いたいと思いヘレナの元へと向かう。
「どうしてここまで囲まれているのですか?ライアン様たちの元へ行きたいのに行きたいのですが通行が困難です」
理由なぞ問わずとも分かる。派閥関係なくヘレナは魅了する美貌を見せつけられ、火に群がる蛾のように本能で寄ってきてしまうのだ。
「私も分からないわ。まだお姉様やお兄様へ挨拶をしていないから挨拶をしたいのだけれど⋯どうしてだか人が集まってきてしまって。ただ美しいとの褒め言葉を貰っていたの」
「そうですか」
ヘレナの近くにいた男に目を向ける。おそらくこいつがヘレナに美しいと言った人物だろうと思っていると男が顔を引き攣らせ足早に去っていき、群衆もそれに続いて去っていった。
再びヘレナを見やると琥珀色の魔石をふんだんに使用したドレスを着用していることに気づいた。美しさに目がいってしまっていたがこの服も人々が集まった要因の一つであると確信した。
「琥珀色の魔石とは随分と力の入ったドレスだな。そんな貴重なものをドレスに使うとは」
こんな貴重なものは例え盟主や、寵愛の深いクロエであっても着ることは無いだろう。
「うふふ、いくら私でも琥珀色の魔石をそのまま砕いて使うなんてするわけないじゃない。この魔石はドレスに使うようなごく一般的な魔石よ。それを琥珀色に染め上げただけ」
「それほどの実力を持つものは守護師団に所属している騎士と魔道士どこを探してもいな⋯い⋯」
否定の言葉を口にした瞬間思い出した。あの男だ。得体の知れない力を持っているであろうタートレイという人物。壁際に待機しているタートレイに視線を移すとヘラヘラした様子でタートレイはこちらを見ており、思わず眉を顰めた。
食事だけではなく身に纏う服までもタートレイが手を加えているということか。ヘレナが徐々にタートレイに染められていると思うと言いようのない不快感に襲われる。
気を取り直してライアン達のいる所までヘレナと共に向かうと、ヘレナを睨みつけるライアンと警戒した様子のソフィアが出迎えた。二人もヘレナが着ているドレスが気になったようで、次々にドレスについて口を出し始めた。
するとソフィアが言葉巧みにドレスの話題からヘレナへの注意へと話をすり替え、言われの無いことを言われたヘレナは怒りから顔を赤くしている。
ソフィアは基本朗らかな人物であるのにヘレナへの言葉にはどこか棘を感じ、以前からこうだっただろうかと疑問に感じた。ソフィアと共に過ごした日々はどうであったか思い出そうとしたが靄がかかってよく思い出せない。
ヘレナが言い返そうとしたため止めに入ろうとした直後盟主とクロエの登場し、さらに二人も琥珀色の魔石に興味を持ったらしかった。
これを利用し、タートレイを呼びヘレナは誤解を解いたと同時にソフィアへやり返した。
そしてタートレイはクロエの要望により公衆の面前で彼女が嵌めていた魔石の指輪を琥珀色に染め上げた。こんなにも神秘的な光景は見たことがなかった。
✶ ✶ ✶
パーティーが無事に終わり、時間にも少し余裕が出来たため少し歩くことにしたのだが、いつの間にか朽ちたガゼボがあるあの場所に来ていた。
ここに来る度にヘレナと過ごした日々を鮮明に思い出す。
すると少し離れたことろから話し声が聞こえてきた。声が聞こえてきた方に目を移すとそこにはヘレナとタートレイがいた。タートレイはこの場所を知っているはずがないためヘレナがこの場所に連れてきたということだ。
俺にとってここは思い出の地であり聖域のようなところだ。そこに部外者が入ってくるなど思い出が汚されていくような気がして気に食わない。
足早にヘレナの元へ行き、どうしてここにいるのかを問いただしているとタートレイが横やりを入れてきた。
「ここでヘレナ様と一緒にいることは総隊長にとっては逢い引きであると感じるんですね。残念ながら逢い引きではありません。今別邸に多くの来客が来ておりましてあまりの騒々しさに誰もいない所へと行くことにしたのです」
ここに来ることが逢い引き?
自分で言ったはずの言葉だったがそれをタートレイに拾われ自分が言った言葉に疑問を持った。
ようやくガゼボでヘレナと会うことが逢い引きであると思っていたのだと自覚したのだ。
そして今まで感じていた不快感の正体がようやくわかった。
これは嫉妬だ。
そうか、俺はヘレナを⋯。
自分の思いを自覚した瞬間、ヘレナと二人で話がしたいと思ってそれらしい理由を付けてタートレイを別邸へと向かわせた。
そしてここへと来なくなって理由をヘレナに聞いた。今更自身の気持ちを自覚したとしても婚約は既に結ばれてしまった。それでも婚約が決まったあの日にヘレナと話すことができていればまだ気持ちの整理ができたかもしれないと思い、改めて今、婚約の経緯を話し始めた。
「だからあなた達の婚約が決まった時からここには来なくなったの。婚約者を持つ人に近づくなんて恥知らずなことはできないもの」
「だからこの状況も好ましくないと思っているの。あなたは皆からの評判がいいから何も言われないでしょうけど私は違うもの。私だっていつか政略結婚をするでしょうし、これ以上評判を落とすなんてごめんよ」
反論の余地が無い程の正論を言われ言葉を返すことができなかった。ヘレナと話したいと思うこと自体が独りよがりなことだった。そして何よりヘレナの結婚という言葉に目の前が真っ暗になりそうだった。
結婚の話がされているのかと尋ねるとまだその話は出ていないようだが、話を聞いた瞬間血の気が引いた感覚を覚えた。
✶ ✶ ✶
クロックタルリス連合との協定を結ぶことが決まり、エルラメド連盟は騒がしくなっていた。連合側の使者を迎えるために準備をしている最中スタンピード発生の緊急伝令がエルラメド連盟に響き渡った。
早急に団員たちに司令を出しスタンピードを迎え撃つ準備と非戦闘員たちの避難を始めた。スタンピードに気づくのが早かったため時間は十分にあり、非戦闘員達全員を避難させることができた。
水鏡で順調に魔物たちが倒されていくのを確認し、今回は出る幕は無さそうだと思っていたのだが、ライアンがスタンピードを軽視する発言をしたことによってヘレナと言い合いになってしまった。ヘレナに掴みかかろうとするライアンを抑えながら、将来仕えるであろうライアンの能天気な部分に辟易していると水鏡で映し出された映像が陰ったのが見えた。
そして大きな物音と共に天井が崩れワイバーンが侵入し、こちらに向かって飛んできた。
「火属性魔法、炎盾」
俺は魔法を展開し、団員達は一斉攻撃を仕掛けるがワイバーンには通用しなかった。そんな中でソフィアに抱きつかれ動揺を隠せず、炎盾の威力が弱まってしまいワイバーンを抑えきることができなくなってしまった。しかしワイバーンは最前線にいた俺ではなくヘレナの方に視線を移し向かっていった。
やめろ⋯、そっちに行くな!!!
するとヘレナの前にタートレイが庇うようにして立ったあと、ヘレナを抱いて外へと向かって行った。ワイバーンもそれにつられて外へと出ていき、大広間は騒然となった。
タートレイはヘレナを抱えながらワイバーンや魔物たちを掃討し、遂に彼はクロックタルリス連合の右大将、ユダであると明かした。
そして彼がエルラメド連盟へと来ることになった経緯や、協定の締結、ワイバーンの襲撃、ヴィクター・ディアモンドの登場、結界張りと状況が目まぐるしく変わる光景に食らいつく。
ユダが正体を明かしてからヘレナとの距離が近く腹立たしいと思っていたが、ユダは客人であるため耐えていた。それなのに
「仮ではあるがユダとヘレナ嬢の婚約が決まった」
ディアモンド殿の放った言葉に目の前が闇に包まれる。その後のことはよく覚えていない。どうやって自室へと戻ってきたのかさえ分からなかった。
✶ ✶ ✶
ヘレナが連合へと旅立つ当日、意を決してヘレナの部屋に行き話をしに行くことにした。
部屋に入るとそこにはやまと積まれた荷物があり、多いな尋ねるとヘレナはもう帰ってくる気がないからという理由を述べた。そして俺と顔を合わせるのはこれで最後だとも言った。
その言葉を聞いた瞬間に身体が冷たくなっていくのを感じる。
「⋯⋯あなたにはエルラメド連盟とクロックタルリス連合の仲介役を担っている。エルラメド連盟の者としてあなたはエルラメド家に呼び出しがかかるはずだ」
かろうじて出せた言葉だった。あまりのかすれ声に自分でも笑ってしまいそうだ。
「婚約期間は一年よ。もし呼び出しがかかったとしても数回がいい所でしょうし、まだ分からないけれど⋯もし結婚したとしたら、それこそずっと連合のところにいるでしょうからやっぱりあなたと顔を合わせることなんてもう無いでしょうね」
本当に俺の元から去っていくのだと改めて実感し、目の前が闇に包まれる。
自分の婚約には何も感じなかった。それは義務だったから。それなのに⋯ヘレナの婚約だって同じはずなのにどうしても受け入れられない。
ヘレナがこの地を離れるという瞬間に義務なんて無くなってしまえと思ったが、俺にできる手立てなど何も無い。
踵を返し部屋を出ていこうとした瞬間、ユダが迎えにやってきた所に鉢合わせてしまった。
今一番見たくない顔だと言うのに⋯。
話しかけられたが返事をしないでいるとユダは俺に耳打ちをしてきた。
「ヘレナが自分の庇護下から離れる瞬間になってようやく後悔しているのか?でもこれがお前のつまらない義務とやらを全うした結果だ」
「貴様っ!」
小馬鹿にしたような口ぶりで言われ思わず激昂する。
ここまで人を憎いと思ったことは無い。
「まあ、まだ遅すぎるということはない。まだ一年という期間があるし、未来は誰にも分からない。」
「そういえば、うちの総大将が守護師団と連携をとりたいと言っていたから守護師団の誰かを選出しておいてほしい。頻繁に連合に出入りするようになるだろうから結構大変だと思うが⋯覚悟しておけよ」
ヘラヘラとした態度から一変し、ユダは俺のことを見据えている。
先程の言葉、これは俺に向けた言葉だ。ユダは連合と連盟の連携役として俺を所望しているのだ。
そしてユダ自身ヘレナとの結婚を未確定のものであると言っているということは結婚をする気がないということだ。ユダの言葉に一縷の望みを抱いた。
ヘレナがクロックタルリス連合へと旅立ち瞬間を見届け見送りに来たもの達が散っていく。俺も自身の執務室へと戻り休暇申請を数日とる。
ヒューズ家に戻りソフィアとの婚約解消の話をするために。
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