母の誕生日パーティー
ヘレナの母親のクロエ・エルラメドの誕生日当日。
琥珀色の魔石が散りばめられたドレスを身に纏った姿を鏡で確認する。
「⋯我ながら本当に綺麗ね」
ハーフアップにした髪の毛にドレスに使われている金糸に合わせたゴールドカチューシャとピアス。ドレスに合わせたいつもより控えめな化粧。目の前にいるのは間違いなく絶世の美女であろう。
元々完璧な美貌とスタイルを持っていたけれど最近食事をする機会が増えたからなのか不健康な見た目は消え去り、生命力が満ちた姿をしている。
手伝いをした侍女たちも傑作ができたと満足そうだった。
鏡に釘付けになっているとコンコンというノック音が聞こえてきた。
「ヘレナ様、そろそろお時間ですがご準備はできましたか?」
どうやらもう時間らしい。長い間自分自身に見とれていたなんて少し恥ずかしいと感じたけれど気持ちを切り替え部屋を出る。
「前にドレスを試着した時も美しかったですけど、今日はより一層お美しいですね」
リアムは驚いた様子ながらも下心のない純粋な感想を述べる。
「もっとひねりのある褒め言葉はできないのかしら」
クスクスのリアムをからかってみるとリアムは少し顔を赤らめながら拗ねた顔を見せる。
「そういう類は苦手なんだってヘレナ様なら知っているでしょう?」
「ええ、知ってるわ」
そういう駆け引きや目論見などが苦手で、素直なリアムであるから気に入っているのだ。変わられては困ってしまう。
リアム以前の護衛騎士はこの見た目に惑わされベタベタとした視線を送ってきたり、隙があれば触れてこようとする不埒なものが多く、それはそれは不快であった。そして無駄に実力があるものだから当然頭も切れるの人が多かった。私が強く拒否を示したなら私が理不尽に叱責をするのだと周りに吹聴し、ただでさえ良くない評判に尾ひれがつき白い目を向けられてきた。もう周りの評判を気にするなんて馬鹿らしいと思って気に入らない護衛騎士はすぐに替えさせるようにしたのだ。
しかし、リアムだけは違った。私の容姿に見とれることはあっても純粋な羨望も眼差しであり、今まで護衛騎士から感じた下心は一切感じさせなかった。
そして何より面倒見がいいのだ。護衛騎士とは本来、仕える主人の身の回りの警護をすることだ。しかしリアムは起床と就寝、食事の時間などに口を出し、私の健康に対して慮るようになった。最初は口うるさくて敵わないと思ったけど真摯な姿に私も絆されていった。
どうしてこんな面倒なことをするのか聞いてみると彼にはたくさんの弟妹がいるらしかった。といっても育ったのは孤児院で兄弟たちは全員血が繋がっていないが、リアムは孤児院の中でも年長者であったため自然と面倒見がよくなったらしい。
孤児院出身ということは後ろ盾がないということだ。後ろ盾がない状態でエルラメド連盟の守護師団に入るなど相当な努力が必要だっただろう。そんなリアムの境遇に自身の境遇を重ね、少し親近感が湧いた。
以降は護衛騎士を替えることなく1年が経ち、私はリアムに強い信頼を置くようになって言った。
「急に静かになってどうしたんですか?」
リアムの呼びかけにハッとし現実に引き戻された。
「あなたが護衛騎士になってからのことを考えてたの」
「そういえばもう随分経ちましたね。でも、どうしてまた急にそんなことを考えたんです?」
「護衛騎士の存在はいかに大切かを思い知らされたの」
エルラメド家に入った時から息苦しい思いをしてきたというのに、3年前にジュリアンという心の支えを失ってから私の人生はどん底だった。そんな中、新たな心の支えとなってくれたのはリアムだった。だから私はリアムを手放すことはできない。
「いや、俺だけじゃきっとヘレナ様を支え切ることはできなかったと思います。主人の健康を気遣う心得が必要だなんて偉そうなことを言いましたが、食事に関してはあまりお力にはなれませんでしたから。あなたがこんなに食事に口をつけるようになれたのは間違いなくタートレイのお陰ですから」
「そんなこと⋯」
確かに食事に関してはリアムに口を出されても拒否することが多かった。しかし、これでも食事をする機会は増えた方だったのだ。だからそんなことを言ってほしくはないと思って、リアムに否定の言葉をかけようとしたら先にリアムが発言する。
「あなたが俺のことを信頼してくださっていること分かっています。光栄なことです。でも俺だけではあなたの全てを支えることはできない。だから今後は俺とタートレイでヘレナ様を支えていきます。まあ、何より支えは多いに越したことはありませんから」
リアムは優しく微笑みかけながら言葉を紡いだ。そんなリアムの言葉と表情に胸が熱くなる。
「そうね、その通りだわ⋯⋯⋯そういえばタートレイは?」
「タートレイは馬車の方に待機させています」
思っていたよりもリアムと話し込んでしまったためきっと待ちぼうけを食らっているはずだ。リアムと共に急ぎ足で馬車へと足を運んだ。
「待ちくたびれましたよもう!」
待ちぼうけを食らったタートレイは不満をこぼす。なんだか最近フランクな態度を取ることが多くなっている気がする。一応私は主人なのだけれど、やはり最近私は下のものに対して緩くなりすぎなのかしら。
「タートレイ、護衛騎士は主人の行動に合わせるものだ。どれぐらい待たされたとしても待ち続けるんだ。間違っても主人先程のような言葉を言うものではないぞ」
リアムもタートレイの発言には行き過ぎた部分を感じたのか叱責をする。するとタートレイはハッとして謝罪をし始めた。
「申し訳ありません。ついお二人の寛容さに甘えて行き過ぎた発言をしてしまいました」
「いいわ、今後は気をつけなさい」
「はい」
タートレイもなんだかんだ素直だ。一抹の腹黒さを感じることがあるが、自分の過ちを言い訳せずに認めることができる。一件簡単そうなことではあるがなかなかできることではない。そんなタートレイの性分が好ましいと思う。
「馬車の準備は整っております。お乗り下さい」
馬車へと乗り込みパーティー会場へと向かう。会場へ行ったら一体どのような視線に晒されるのだろうか。母親のパーティーは様々な人達が参加する。母親のパーティーなので現妻のクロエ派の一派が多く参列するが、現妻に力を持たせたくない前妻のレア派の一派も参列する。
クロエ派の人々はクロエの美貌に籠絡されているものが多いため母親によく似た私には下心などの下卑た視線を向ける。反対にレア派の人々はレアを裏切った証拠である私に対して不快感を隠さない。どちらの視線も好きではないが今回のパーティーは、離れたところで待機しているとはいえリアムもタートレイもいてくれる。こんなに心強いことはないと思う。
そんなことを考えているうちにいつの間にかパーティー会場へと到着していた。
馬車から降りると会場の警備を行っていた守護師団の隊員たちの視線が一気に集まる。
下心?不快?それとも好奇?集まる視線には一体どのような意味があるだろうか。不安になりドレスをぎゅっと握る。すると皆の視線から庇うようにリアムとタートレイが控える。
「ヘレナ様のあまりの美しさに皆目を奪われているようです。自信を持って堂々と行きましょう」
タートレイの励ましに安心感を覚える。そうねと頷き、私は堂々と会場へと足を運んで行った。
✶ ✶ ✶
「ヘレナ・エルラメド様のご入場です!」
エルラメド家を象徴である翠玉色の装飾がなされた豪華な会場に私がきたという合図がなされると共に来場者たちの視線が一気に集まるのを感じる。
興味なさげを取り繕いながら慎重に歩みを進めながら会場に足を踏み入れる。
どうやらソフィアとライアンは先に会場に到着していたらしくレア派の一派に挨拶をしていた。2人も視線をこちらに向けており一向に逸らそうとはしない。
ライアンは眉間のシワを深くし、ソフィアはドレスをぎゅっと握っているが、一体どうしたというのだろうか。ライアンはいつも通りの反応ではあるがソフィアは取り繕うのが上手い。ここまで顔を歪めることは滅多にないはずと疑問に思っていると会場にいた男が話しかけてきた。しかもその男はレア派の人物であり、私とは敵対関係なのにも関わらずだ。
「ご機嫌いかがでしょうかヘレナ様。本日はより一層お美しい姿ですね」
⋯⋯そういう事ね。
この男はレア派にも関わらず私の容貌に興味を持ったらしい。確かに自分自身とても美しいと思っていたけれど敵対関係にあるような人物にも通用するとは思わなかった。
一人が先陣をきって話しかけてきたからだろうか、私の周りに派閥関係なく徐々に人が集まってきた。
どうしようか。リアムとタートレイを始めとした護衛騎士たちは壁際に待機しており、刺客でない限り手を出せない。
どうやって対処しようか考えている中、また新たな来場者を知らせる合図が聞こえてきた。
「ジュリアン・ヒューズ様のご入場です!」
振り向いた先にはジュリアンの姿があった。今回ジュリアンはエルラメド連盟の重鎮であるヒューズ家の子息としてパーティーに参加をするようでヒューズ家の家紋が刻まれた黒い礼服を綺麗に着こなしている。
無意識に髪飾りやドレスが崩れていないかを確認しするが我に返る。
一体何をやっているの。こんなことをしてもジュリアンは私のことなんて見ているわけないのに。なんてバカバカしいことを。
そう思いながら顔をあげるとジュリアンと視線が交差した。
一体どうしてこちらを見ているのだろうか。先程の男のように美しさに見とれているなんてことは天地がひっくり返ってもないだろうしと思案しているとジュリアンがこちらの方に歩みを進める。
「どうしてここまで囲まれているのですか?ライアン様たちの元へ行きたいのに行きたいのですが通行が困難です」
ジュリアンが私にそう質問してきた。心臓の鼓動が少し早くなるのを感じるが、それを悟らせないように落ち着いた様子を装う。
「私も分からないわ。まだお姉様やお兄様へ挨拶をしていないから挨拶をしたいのだけれど⋯どうしてだか人が集まってきてしまって。ただ美しいとの褒め言葉を貰っていたの」
舐められないように高慢そうにそう答える。
「そうですか」
そういいながらジュリアンはレア派の男を睨みつける。するとそこ男を始め、私を取り囲んでいた群衆がそれぞれの所へとはけていった。
さすがにエルラメド家でさえ簡単には手を出すことができない重鎮、ヒューズ家の子息となると違うわね。
そう思案していると再びジュリアンが話しかけてきた。
「琥珀色の魔石とは随分と力の入ったドレスだな。そんな貴重なものをドレスに使うとは」
どうやら私が軍事にも使用するような貴重な琥珀色の魔石をたかだかドレスに使用したのだと思っているらしい。
「うふふ、いくら私でも琥珀色の魔石をそのまま砕いて使うなんてするわけないじゃない。この魔石はドレスに使うようなごく一般的な魔石よ。それを琥珀色に染め上げただけ」
「それほどの実力を持つものは守護師団に所属している騎士と魔道士どこを探してもいな⋯い⋯」
自分で喋りながら誰がやったのか検討が着いたのか壁際に待機していたタートレイの方を向いた。ジュリアンと私の視線に気づいたタートレイはへらへらと笑いながらこちらの方を向いていた。
ジュリアンの方をチラッと見てみると無愛想な顔に深くシワが刻まれている。模擬戦の時から薄々感じていたがジュリアンは心底タートレイと相容れないらしい。ジュリアンは溜息をつき私の方へ体を向ける。
「ライアン様達の元へ赴くと仰いましたよね。群衆はいなくなりました。お先にどうぞ」
そう言ってジュリアンは私に道を譲った。本当は行きたくないけれど最低限の礼儀は尽くさなければならないため、仕方がなく姉と兄の元へ足を運ぶ。同じ場所へ行くためジュリアンも後ろに着いてくるが少し距離が近いように感じる。
私は顔が赤くなりそうなのを耐えながら歩みをすすめた。
「ご機嫌いかがかしら?お兄様、お姉様」
ありきたりな挨拶をすると、警戒した様子のソフィアと虫を見るような目でこちらを見つめるライアンの姿があった。周りには少し遠巻きにしながらもレア派の人々がいる状況に居心地の悪さを感じた。
「琥珀を使ったドレスかと思っていたけど、まさか琥珀色の魔石をあしらったドレスなんて」
ソフィアが眉間に少し眉を顰め話しかけてきた。またのこの魔石の経緯について話さなければならないのかと少し面倒になりながら口を開こうとするとライアンが横槍を入れてきた。
「貴重な魔石をこんなもののために使うなんて目立ちたがりもここまで来るとどうしようもないな。そんな風に着飾ったって汚らわしい血を引くお前を取り繕うことなんてできないぞ」
いくらエルラメド家の後継者といっても今日は母の誕生日パーティーだというのになんて言い分なのかしらと呆れているとそんなライアンをソフィアは制止した。
「いくらなんでもいいすぎよライアン。⋯でも確かにドレスに琥珀色の魔石を使うなんてやりすぎよ。琥珀色の魔石は貴重であり、エルラメド連盟皆の持ち物なのだから好き勝手に一人で使うなんていけないことだわ」
「は?」
話の内容がいきなり私配慮の足りなさへの注意にすげかわった。私の言い分も聞かずに私のわがままと決めつけて話をすすめ始める。周りにいた取り巻きたちも同調し始め広い視野を持つ賢明な姉と器量のない愚鈍な妹という構図を作り出した。
この女⋯。頭に血が上り顔がカッと赤くなるのを感じる。言い返そうとしたその時再び入場の合図が聞こえてきた。
「偉大なる盟主、パトリック・エルラメド様とその奥様のクロエ・エルラメド様のご入場です!!!」
間の悪いところに2人が来た。2人はそのまま自分たちの席に行くのかと思ったら私たちの元へとやって来た。そして開口一番
「その琥珀色の魔石はどうした」
同じことを何度も聞かれると少々面倒だなと思うが今回はいいアシストをしてくれた。これで先程のことについての汚名を返上することができる。
「お答えいたします。この魔石は私の護衛騎士のタートレイ卿に染めていただきました」
「タートレイ卿に?」
タートレイの名前を出すと父は目を見開いた。そしてタートレイと話したいと言ってそばに控えていた護衛騎士にタートレイを呼んでくるように言った。
タートレイを待っている間にふと母を見ると興味津々そうにドレスを凝視していた。いつもとは違う様子の母に違和感を感じているとタートレイの到着を待った。
「パトリック様が及び時期馳せ参じました」
「タートレイ卿が魔石を琥珀色に染め上げたというのは本当か?」
「はい、私が染めました。このドレスに使われていたのはドレスに使われるようなごく一般的な魔石でした。私が魔石を染めた時に他の者も見ておりますのでその者達に話を聞けば軍事用の魔石を使った訳ではないと分かるはずです」
タートレイがことの経緯を話してくれたお陰で私の汚名を雪ぐことができた。ふと姉を見てみると普段はお目にかかることができないような歪んだ顔をしており少し溜飲が下がる。タートレイが話し終わると同時に私は姉へと体を向ける。
「お姉様、皆のことを気遣うことはとてもいい心がけでしょうけど事実を確認せずに独断で話を進めるのは良くないことですよ。見当違いなんてことしたらせっかくの配慮も台無しになってしまうでしょ」
ソフィアはカッと赤くなり俯く。いい気味ねと思っていると慰めを求めるかのようにソフィアはジュリアンの袖をキュと握った光景に思わず眉を顰めてしまう。
本当に忌々しい女ね。
見ていられず急いで目を逸らした。
「一体なんの話しだ?」
「私が勘違いをしてしまっただけです。それで少し騒ぎになってしまいました。申し訳ありません」
父がが先程の私の言葉について疑問に思ったらしく尋ねるがこれ以上詮索してほしくないのかソフィアが横槍を入れてきた。
ジュリアンに縋る姿には不快感を覚えたがソフィアに恥をかかせることができただけ十分だと思っていると、母がタートレイを呼び止めてきた。
「魔石を琥珀色に染めるだなんてほんとうにすごいわぁ。今ちょうど私も魔石を身につけているの。ぜひ琥珀色に染めて欲しいのだけれど」
そう言って母は右手の人差し指に嵌められた指輪を差し出す。父は母を制止しようとしたけれどタートレイは快く承諾した。
「それでは失礼致します」
そう言ってタートレイは魔石に手をかざして魔力を注ぎ込んだ。徐々に魔石が琥珀色に染まっていく様子を母はうっとりとした様子で見つめていた。
そしてその光景を群衆も息を呑みながら見守っていた。
「いかがでしょうか」
「素晴らしいわ。これがきっと今日一番の贈り物になるでしょう」
「光栄なお言葉をありがとうございます。僭越ながら謹んで御誕生日のお祝いを申し上げます」
「ありがとう」
ここまで満足した様子の母は見たことがなかった。ご機嫌な様子の母と父はそのまま自分たちの席へと向かっていった。私もタートレイに先導してもらい、いつもの定位置へと向かった。
そのまま穏やかにパーティーは進行し、夜は更けていった。
閲覧いただきありがとうございました。




