ジュリアンとタートレイ
これは夢だ。ジュリアンと過ごした日常の夢。
初めてジュリアンと出会ったのは、私がエルラメド家に入ってすぐのことだった。たくさんの人たちの厳しい視線から逃げ出したくて誰もいない所へと飛び出したが、まだ土地勘がなく彷徨っているうちに敷地外に出てしまったのだ。そして不運にも下級の魔物に出くわしてしまい全力で逃げたけれど足がもつれ転んでしまった。
「いやっ!あっちいってよ!誰か助けて!!!」
もうだめだと思い、きつく目をつぶった瞬間金切り声が聞こえてきた。恐る恐る目を開けるとそこには息絶えた魔物と血の着いた剣を持った少年が立っていた。そして少年は白い髪と亜麻色の瞳を持つ美しい少年に目を奪われた。
「大丈夫ですか?」
なんの反応も示さない様子に違和感を覚えたのか、無愛想に尋ねてきた。
「…大丈夫じゃない。転んで服もぐちょぐちょだし、足も痛いの」
そう言うと少年はこちらの方に寄ってきて抱き上げてきた。
「きゃあ」
さっきから胸が高なって仕方がないというのに彼の胸の中にすっぽりと収まってしまった。この胸の鼓動がバレてしまわないか心配になった。もしバレてしまうことなんてあったら恥ずかしすぎる。
「どうしてあんなところにいたのですか?」
「えっと⋯お散歩してたら迷っちゃっただけ」
「お付きの者は?」
その言葉に顔がカッと赤くなる。誰にも気にされていないと思われるなんで屈辱だ。
「うざったかったから振り切って来たの!」
「それで魔物に襲われてたら世話ないだろ」
ぐうの音も出ない言葉にさらにカッとなる。なんの反論もできないためぷいっとそっぽを向く。
少年は口数が少なく沈黙が続いてしまったため少し気まずい。
「えっと⋯⋯あなたはだあれ?」
「俺の名前はジュリアン・ヒューズ、見習い騎士をしています」
「いくつ?」
「12歳」
「じゃあ私と4つ違いね」
「そうですか」
「えーとえーと」
ジュリアンという少年は簡潔な返答しかしてくれないので会話が続かない。もう何を話していいのか分からず彼のことを見上げた。すると彼の顔が血で汚れているのに気づいた。
「顔、血がついてる。痛いの?」
汚れた頬を袖で拭うと少し驚いた表情を見せた。
「返り血だから心配する必要は無いです」
「そっか。⋯遅くなったけど助けてくれてありがとう」
「気にする必要は無い」
ずっと無表情だった彼から僅かながら笑みがこぼれた。その光景に再び目を奪われていると
いつの間にか庭園が見えてきた。
「着きました」
そう言って彼は私を下ろした。
もう一緒にいられる時間が少ない。この家に入って初めて私を気にかけてくれた人。もっと一緒にいたい。
「ねえ!いつもどこにいるの?」
「訓練場にいます」
「会いに行っていい?」
その言葉にジュリアンは少し目を見開いた。
「⋯好きにするといい」
幼い頃の私は大胆でそれから毎日のように訓練場へと通った。でもジュリアンは私の相手をしてくれていた。それが嬉しくてしょうがなかった。
いつものように訓練場へと赴くと先客が来ていた。栗色の髪の毛に翠玉の瞳の少女。私の姉であった。二人は仲睦まじそうに話していた。ジュリアンの表情もどことなく柔らかい。その光景に胸が締め付けられた。するとわたしの存在に気づいた姉は怯えた表情をしてジュリアンに縋り慰めを要求した。ジュリアンもそれに応え頭を撫でてなだめ始めた。これ以上見たくなくて急いで踵を返した。
沢山走って今はほとんど使われていないであろう朽ちたガゼボを発見しそこに身を寄せた。
衝動的に行動するんじゃなかったと後悔するけど他にどうすればよかったのか思いつかない。膝を抱えて小さくなっていると足音が聞こえてきた。顔をあげるとそこにはジュリアンが立っていた。
「なんの用?」
「用があったのはあなたの方だろ。なのに走り去っていったから追いかけてきたんだ」
「あの女は?」
「ソフィア様ならもうお戻りになった」
どうして姉は訓練場に来ていたのだろうか。私は別邸で暮らしているから本邸にいる姉と兄のことはよく分からないけれど、最近床に伏せりがちになった正妻のそばを離れないと聞く。
「どうしてお姉様は訓練場に来ていたの?」
「最近あなたが訓練場に顔を出していることに不安に感じたらしい。ソフィア様も訓練場に来たいと言い出した。一人の相手くらいならいいと思っていたが二人の対応をすることはできない。訓練場で相手をすることはできないとソフィア様に言った。だからあなたももう訓練場には来るな」
その言葉に頭が真っ白になり目の前が歪む。
「訓練場は名の通り訓練をする場所だ。話をする場所では無い。」
何も言うことができず押し黙ってしまう。涙が出そうにり下を向く。
「話がしたいのなら他の場所ですればいい。例えばこことかな」
「いいの?」
「予定がない時に来る」
そう言って彼は去っていった。涙が頬を伝った。さっきは悲しさ来る涙を溜めていたが、流れたのは喜びの涙だった。
その日から毎日のように朽ちたガゼボに通うようになった。ジュリアンは忙しいらしく待ちぼうけをよく食らっていたが三日に一回の頻度での密会がいつの間にか日々の日課になっていった。
その日課はソフィアとジュリアンの婚約が決まるまで続いたのだった。
✶ ✶ ✶
目が覚めて時間を確認すると朝食を摂ってから4時間ほどが経っていた。呼び鈴で侍女を呼び出し身支度を整える。
「おそようございます。ヘレナ様、なんだか微妙な顔をしてますけどあまり良い睡眠ではなかったのですか?」
「⋯ええ、悪夢だったわ」
嘘。胸が締め付けられたけれど幸せな夢だった。昔はしょっちゅう見た夢であったけれど最近は見ることが少なくなった。朝にジュリアンと会ったから久しぶりに見ることができたのだろうか。
「そうだ!ヘレナ様、これから訓練場に行きませんか?そろそろ模擬戦を行うようなんですよ」
リアムは興奮した目で提案してきた。
「⋯あんたがただ見たいだけでしょ?それ」
「主人が自分の護衛騎士の実力を把握する事も大切ですよ!」
「⋯⋯まあいいわ。行きましょう」
訓練場へと歩みを進めると目の前に会いたくなかった人物が立ちはだかった。
「よぉ、妹」
「あら、お兄様ご機嫌いかが?」
ライアン・エルラメド。ひとつ上の腹違いの兄。私のことを汚らわしいだの売女の娘だの心底嫌っているはずの人物が護衛騎士立ちを引き連れ意気揚々と話しかけてきた。
「一体なんの用?」
「最近新しい護衛騎士がお前の元に就いたそうだな?」
「それがどうしたっていうの?」
小馬鹿にした様子で話し始める。気色の悪い笑みに心底嫌気がさす。
「その護衛騎士の実力測定を見たが剣術も魔力も全て平均で特筆するところなんて一個もない残念なやつだった」
その言葉に不快感を覚えライアンを鋭く睨みつける。
「父様に弱い護衛騎士を就けさせられるなて可哀想だな」
頭に血が登りライアンの頬を叩きつけようと腕を振りあげようとしたところリアムに腕を捕まれ制止される。
「話はそれだけ?私は急いでいるかもう行くわ」
早くこの男から離れたい。これ以上バカにされるだなんて耐えられない。
「訓練場に行くんだろ?そういえばまだ模擬戦があったはずだ。俺は今気分がいいからエスコートしてやるよ。一緒に無様なお前の護衛騎士を見ようじゃないか」
今から踵を返して部屋に戻っても、このまま訓練場に行っても屈辱を味わうことが確定している。……でも模擬戦でタートレイが負けたとして、ライアンにバカにされたとしてもそれはあくまでタートレイの恥であって私の恥ではない。しかし今、部屋に戻るということは私がライアンに負けた気がしてならない。だったら私はタートレイの戦いを見届ける選択をする。
ライアンを無視して訓練場へと歩みを進める。後ろから上機嫌なライアンがついてくる。
訓練場に着くと模擬戦の真っ只中で多くの観戦者が取り囲んでいた。
「こんなに人が集まっているところ初めて見ましたよ」
リアムが驚いた様子で言った。どうしてこんなに人が集まっているのだろうかと思っていると後ろから声をかけられた。
「お父様が直々に推薦した護衛騎士ですから皆さん興味津々なのね」
声の主に驚いて慌てて後ろを振り向く。そこにはライアンの他にもう一人増えていた。
「⋯お姉様も観戦にいらっしゃったの?」
「ええ、私も気になっていたの。でも相手が悪すぎたわね。私の婚約者は強いから。三本先取で今ジュリアンは二本取っているの」
ソフィアの口ぶりのなんと忌々しいことか。ライアンとのやり取りで腹の底が煮えたぎるほどの怒りが湧いたのにそれ以上の怒りが湧いてきた。
「ヘレナ様ー来てたんですねー!」
私を見つけたタートレイはこちらに手を振ってきた。どうしてそんなにへらへらしていられるの?こんなにバカにされているのに。多くの人の前で恥をかいているというのに。
……勝ちなさいよ。これ以上私を惨めにさせないでよ。
そう思いながら私はタートレイを睨みつけた。
すると何かを察したのかタートレイの顔が真剣になり、私に微笑みながら頷いた。
「総隊長、もう一本お願いします」
先程の雰囲気とは違う。こちらの方にも伝わる緊張感をタートレイは纏っている。ジュリアンの表情が強ばるのが見えた。
「用意⋯始め!!!」
「⋯⋯うそ⋯」
はじまりの合図とともに木刀が宙を舞った。信じられないことにその木刀の持ち主はジュリアンだったのだ。観戦者達が呆気にとられており、私もその一人だった。
「ではもう一本、よろしくお願いします総隊長」
タートレイはニヤリと笑い再び木刀を構えた。
「いやー、総隊長って強いですね!」
タートレイはその後もう一本とっていい所まで持ち込んだが結果はタートレイの敗北で終わった。
「総隊長から二本も取るなんて本当にすごいことなんだぞ!」
興奮した様子のリアムはタートレイに労いの言葉をかける。剣術に疎い私ですらすごい気迫であったことだけは分かる。だからリアムからしたら本当に凄かいことなのだろう。
「ただ、模擬戦以外の他の項目は全て平均だったらしいじゃないか。これからは他のことを伸ばしていく必要があるから一緒に頑張っていこう。俺は魔力を剣に纏わせて戦うのが得意だから今度教えるぞ」
「はい、よろしくお願いします先輩」
今日は朝から良くないこと続きで憂鬱であったけどタートレイのおかげでこの後は気分よく過ごすことができると思うと笑みがこぼれる。
「タートレイ、お疲れ様」
私からのいきなりの労いにキョトンとした顔を見せたが目を細めてこちらに笑いかける。
「ありがとうございます。ヘレナ様」
✶ ✶ ✶
「お疲れ様でしたジュリアン」
ソフィアが労いの言葉をかけ、ハンカチを頬に当てようとするとそれをジュリアンは制止する。
「大丈夫です。ソフィア様のハンカチが汚れてしまったらいけません」
ジュリアンはソフィアの申し出を断り、頬をつたった汗を袖で拭う。
「⋯貴方が二本も取られるだなんて」
「体力も技術も平均だったんだ。きっとたまたまだろ。結局勝ったのはジュリアンなんだから気にする必要は無い」
「それもそうね」
姉弟たちが朗らかに談笑しているが、ジュリアンの険しい顔のまま考える。
確かにあの男の実力は平均だった。しかし、ただの平均ではない。全ての記録が今年の平均値なのだ。寸分も違わない。こんな事有り得るのだろうか。
それに加え、あいつは汗をかく様子も息が上がる様子もなかった。ずっと一定でリズムを崩さない。そして模擬戦でのあの気迫。確実に手練だ。底の知れない奴がヘレナの護衛騎士に就いたと思うと腹の底が渦をまく感覚を覚えた。
閲覧いただきありがとうございました。




