新しい日課と総隊長との邂逅
「今日も来てくれたんですねー。今日は今から鮭のムニエルとスープ、サラダを作っていきますよー」
まんまと口車に乗ってしまい厨房に顔を出すようになって早4日がたった。タートレイ作る料理は予想以上に美味しくて目の前で作っているから注意深く食事をする必要がなくなったため食事という行為に苦痛を感じることが無くなった。料理をしているタートレイを見ながら昔のことを思い出す。
エルラメド家に入った当初から愛人の子で汚らわしい存在であるとされ忌み嫌われている。善良に過ごしていればいつかみんなに迎え入れられてもらえると思っていたが結果はつけ上がらせるだけだった。食事には腐ったものを入れられて食事をするのが怖くなった。食べられるものかそうではないかを慎重に調べるために人一倍食事をとる時間を要する。冷めた食事はあまり美味しくない。そうこう考えているうちにいつも間にか料理が完成していた。
「部屋に運びますね」
そう言ってカートに料理を積み部屋へと向かう途中で最も出会いたくなかった人物にあってしまった。
ジュリアン・ヒューズ
確か姉と兄と一緒に外遊をしていたはずだ。今日帰って来る日だったのかと思い出す。
「⋯別の道で部屋に行くわよ」
「了解でーす」
しかし、踵を返そうとした瞬間にジュリアンと目が合ってしまいこちらへ向かってくる。ダメだ逃げられない。なら堂々と前に立ちはだかってやる。そう意気込んでいると私を庇うようにタートレイが前に立った。先程の砕けた雰囲気はいつの間にか消えていた。
「お前が新しく着任した護衛騎士か」
「はい、タートレイと申します。以後お見知りおきください」
ジュリアンはタートレイに鋭い視線を送り、次に料理の方に目を向けた。
「これは貴卿がつくったのか?」
「はい、最近ヘレナ様が口にする食事は私が作っています」
「どうやら護衛騎士ではなく料理人に役職を変更した方が良さそうだ」
普段無表情ながらも基本は落ち着いた様子で人と関わる彼が初対面であるタートレイに対してはきつく当たっているようだ。
「リアムさんに主人の健康に気を使うのも仕事だって仰っていたので実行した結果です」
「エイベル卿か、素晴らしい忠誠心だな」
完全にリアムに投げたわね。最近リアムからジュリアンのあたりが日に日に強くなっているだのなんだの嘆いていたことを思い出す。ジュリアンが何に対して機嫌を悪くしているのか分からないけれどリアムへのあたりは今後も強くなりそうだと考えているとジュリアンの視線がいつの間にか私へ移っていた。
「ヘレナ様、護衛騎士の仕事はあなたの護衛であって食事を作ることではありません。料理は料理人に任せればいいのです」
「別に私は任せてなんていないわ!」
理不尽な説教に苛立つ。どうして私がそんなことを言われなければならないのか。
「タートレイ卿に食事を作らせるのが初めてでは無いという時点で任せているとと同義でしょう」
反論しようのない事を言われ唇をかみしめる。
「私の護衛騎士なんだから私がどう扱ってもいいでしょ。タートレイだって嫌がってないし、むしろ喜んでやってるんだから!」
「こんな短時間で一人の男を傾倒させるなんて素晴らしい技量の持ち主ですね」
「なんですって!?」
ジュリアンとヘレナが睨み合いを続けているとタートレイが口を開く。
「失礼ですがヘレナ様の食事が冷めてしまいますので、そろそろ部屋まで行かせてもらえませんか?」
「⋯いいだろう。だが食事を運び終わったら私の執務室へ来い。俺は守護師団の采配を担っているが貴卿は私を通さずにヘレナ様の護衛騎士となった。だから貴卿の実力がどれ程あるのか知りたい」
了承の返事も待たずジュリアンは踵を返し去っていった。会話に疲れため息を吐く。そしてタートレイの方を向くと笑いをこらえるような顔をしていた。
「なんでそんな顔をしてるの?何も面白いことなんてなかったじゃない」
訝しげに問うとヘラヘラした雰囲気に戻って話し始めた。
「いやー難儀な人だなと思って、自分の責務をまっとうすることを最優先にして自分の感情を置いてけぼりにしてるんですよ。いや自覚すらしていないというところかもしれないですね。それでヘレナ様と噛み合わないんだなーって思いまして。ほらさっさと行きましょう。お腹すいてるでしょ?」
急ぎ足で部屋に戻ると待ちぼうけを食らったリアムがいた。
「随分と遅かったなタートレイ。そんなに手の込んだものを作っていたのか?」
「いえ見ての通りシンプルな料理ですよー」
いつの間に打ち解けあったのか二人ともフランクなやり取りをするようになっていた。
「部屋に向かう途中で総隊長とあいまして話をしたんですよ。しかもこの後呼び出しを食らってるんですよねー」
そう言ってタートレイはテーブルに料理を並べ始めた。ジュリアンの名前が出た瞬間にギョッとしたリアムは慌ててタートレイを問いただす。
「一体どんな用で呼び出されたんだ!もしかして無礼な態度でもとったのか?」
「いえ、総隊長は俺の実力を測りたいらしいです」
それを聞いたリアムはタートレイに同情の視線を送った。
「これから実力測定を受けるのか⋯結構きついから俺も覚悟を決めてから受けるのに、急に言い渡されて即測定なんてしんどいと思うぞ」
「うわーそれはしんどいかもですねー」
リアムの沈んだ様子をよそに本人はお気楽そうにしている。
「本当にきついんだからな!特に最後の総隊長との1体1なんて悪夢だぞ!」
「まあ大丈夫ですよ、命を取られることはないでしょうから。料理を並び終えたので総隊長の所へいってきまーす」
そう言ってタートレイは部屋を後にした。
「……本当に大丈夫でしょうか?」
どうやらリアムは心底タートレイのことを心配いているようだった。
「そこまで心配する必要があるの?ジュリアンとの実践は守護師団に所属しているものなら必ず通る道でしょうに」
ジュリアンは護衛騎士の配属を司ると同時に育成も担っているため隊員たちは必ず一度はジュリアンと模擬戦を行う。特に護衛騎士に着くような人材は何度も指導を受けたはずだ。リアムが護衛騎士になる前の私は護衛騎士を次々に替えていたのにも関わらずジュリアンは指導を疎かにすることはなかった。
「それはそうなんですけど護衛騎士相手だとやっぱり厳しくなるというか」
「それは当然のことでしょ、護衛騎士は私だけじゃなくて、あの男が掌中の珠のように大切にしているソフィアとライアンにも付くんだから」
ソフィアとライアン、ジュリアンは私がこの家に入る前からの付き合いだ。ソフィア達の母親であるレアはエルラメド連盟の重鎮のヒューズ家の家門に属していた女性だったため、ヒューズ家嫡男のジュリアンとソフィア達の関係は深いのである。加えてレアは遺言にソフィアとの婚約を言い残し、二人は婚約者となった。
ライアンはエルラメド家の後継者で代替わりをしたらジュリアンは正式にライアンに仕えることになる。だから守るべき存在である二人の護衛騎士の育成に力を入れるのだ。私はただのおまけ。義務をただ全うしているだけなのだ。
「ライアン様とソフィア様の護衛騎士にはあまり当たりはきつくないんですよ。実力は当然必要ですがお二人の護衛騎士は人柄の方が重視されているんです。ヘレナ様の護衛騎士は思いっきり実力主義ですから」
「そうなの?」
そんなこと全然知らなかった。私の護衛騎士の人柄を気にすることに時間を割く暇などないということかしら。
「こんな話をしているとせっかくの食事が冷めてしまいます。急いで食べましょう」
色々なことを考えていたせいで食欲がなくなってしまった。
「食欲が出ないからいらない」
「⋯せっかくタートレイが作ってくれたんですからスープだけでもお腹に入れてください」
リアムに説得されスープだけに口をつける。お腹がじんわりと暖かくなる。
「おいしい」
スープに口をつけると次第に食欲が湧いてきた。皿の中は徐々に空になっていく。美味しそうに食事をするヘレナの姿にリアムは優しく見つめていた。
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