厄介者令嬢の眠れる魔力
両親の所業に愕然とする。子供を自分の欲望のために利用し、私利私欲を満たそうとした両親に反吐が出そうだった。
でもその話を聞くと私は魔力因子適合実験を受けてないじゃない。
「今の話を聞く限り私は被検体じゃないわよね?」
「…この話にはまだ続きがある」
そう言ってユダは再び話を続けた。
─魔力を持たない子供が産まれパトリックは落胆したが、クロエはもう一方の子供に直接魔力を与える方法を試してみると提案をした。パトリックとしては大きなリスクを背負ってまで子供を産んでくれたという時点で頭が上がらないのに、その後も健気にパトリックのために行動をしてくれるクロエに傾倒するのは必然だった。
クロエはあらゆる魔石から魔力を抽出し、生まれた我が子に魔力を与え続けた。魔力を直接与える行為は子供に多大なる負担を強いることになる。体調不良や意識混濁による記憶障害などの副作用があったがクロエは構わず続けた。そしてクロエは実験を終える度に衰弱している我が子を抱きしめ、愛を囁き続けた。子供は次第にこの一連の行為を愛情であると錯覚した。
クロエは長い間魔力因子適合実験を続けたが一向に魔力が発現せず8年たち、遂に失敗だと結論づけた。項垂れたクロエを見て8年の献身と自身の理解者であると思っていたパトリックはエルラメド家にクロエを迎え、娘を引き取ることにした──
私はエルラメド家に来る以前のことは母が優しかったとだけ覚えていたが、どうやらその記憶は正しくなかったようだ。
記憶が曖昧な理由が魔力因子適合実験の弊害だったなんて⋯。
ふとユダとの婚約が決まった時に母に言われた言葉を思い出す。
『あなたのことは失敗作だと思っていたけど、ここに来てようやく役に立ってくれたわね。初めてあなたを産んで良かったと思えたわ』
今思うと本当にとんでもない人達と過ごしていたんだなと思うと背筋が凍る。ユダにエルラメド家を連れ出してもらえて良かったわ。
「⋯ねえユダ、もう一つ聞いていい?」
「もちろん」
「どうして実験の被検体たちを保護してるの?正義感からとか?」
きっとユダが被検体の保護という活動をしていなかったら私は今ここにいないはずだ。そう思ってユダに質問をしたらユダは少し下を向き自嘲したような声で話し始めた。
「俺に正義感なんて大層なものはない。ただの私怨と⋯⋯憧れだ」
私怨⋯?ユダは基本ヘラヘラしていて気楽そうで、でもたまにしっかりして⋯みたいな人だ。だから私怨なんていうものとは全く縁が無さそうな人物に思える。
「俺も、魔力因子適合実験の被検体だったんだよ。でも俺は元々魔力を持ってたのに被検体にされててさ⋯だからあれ全部無意味だったんだよなー。そんな中で被検体だった俺を救ってくれた人がいて、その人みたいになりたくて真似してるんだ」
⋯ユダも被検体だったなんて。だからユダは実験のことが許せないと感じて、被検体の保護をしていたのね。
「まあ、主に今言った理由なんだが、お前の場合はもう一つ理由がある。お前が星の子だったからだ」
「星の子⋯?」
初めて聞く名称だわ。星の子とは一体どんなものなのかしら?
「星の子の説明にはまず魔法についての説明がいるな。
魔法は主に7種類ある。火属性、水属性、土属性、風属性、光属性、闇属性、そしてそれらに当てはまらない無属性だ。得手不得手があるだろうが、魔力を持つものはこれら全ての属性の魔法を使うことができる」
魔力をもつ人って全ての属性を使うことができるの?今までエルラメド家で魔法を使える人たちを見てきたけれど、みんな各属性の魔法を使っていたはず。
2種類使えれば守護師団の中でももてはやされていたわよ?
「⋯言っていることは正しいが、皆お前みたいに全ての属性の魔法を使えるわけないだろ。魔力を各属性に変換する時の絶妙な魔力調整ができる奴らなんて限られてるし、大抵の奴らはひとつの力を極めるのに精一杯なんだぞ。いい加減お前は自分が特異な存在だって覚えろ」
今まで静かにしていた総大将が横槍を入れてきた。呆れたような表情でユダのことを見ているところを見るにユダはだいぶ一般常識から外れた人物なのだろう。
総大将の言葉をユダは意に返さずそのまま説明を続け、相手にされなかった総大将は拗ねた顔で眼鏡の手入れをし始めた。
「だが、無属性魔法の中でも限られた者たちしか使えない魔法がある。無属性魔法の中でも《無属性魔法・実》と《無属性魔法・虚》に属する魔法だ。この二つを使える人間は限られている。それが琥珀色の魔力を持つ星の子と呼ばれる人間だ」
ユダの話を聞くに私が琥珀色の魔力を持っているというの?いや、そんなわけない。
だって私は魔法を使えないし、ユダだって私のことを魔力を持たない子と説明していたわよね?
「お前の両親は魔力因子適合実験が失敗したと思っていたが、それは違う。お前の魔力は眠っているだけだ。」
「魔力が眠っている?」
ユダがそう言うなら私は本当に魔力を持っているのだろう。でも、どうして魔力があったのに私の中に眠ったままなんだろう。もしこの力が発現していたなら少なくとも、もっと生きやすかったはずとどうしても考えてしまう。
「⋯どうして私の魔力は眠っているの?」
「お前の魔力が眠ったままなのは身体の防衛本能が働いたからだろう。強すぎる魔力というのは決していい事ばかりではないんだ。魔力が身体の許容範囲を超えたものなら発現しないように防衛本能が働くし、魔力を無理やり発現させられたものなら制御できず、最悪身を滅ぼす可能性があるからな」
低い声でユダは答えた。
そうか、身を滅ぼさないように身体の防衛本能が働き、私の能力は発現しなかったという事ね。理屈は分かったけれど、すごい魔力を持っているのに使うことができないなんて何となく宝の持ち腐れのような気がしてくる。
「魔力を持っていても発現しないなら魔法は使えないわよね」
魔法のことに興味が湧いてきたところだったから少し落胆してしまった。
「いや、お前の魔力は発現しかかっている」
ユダの言葉を聞いて落胆していた気持ちが一気に高揚するのが分かる。ユダの言い分通りなら、もしかしたら私も魔法を使えるかもしれない。そう考えていると私の思考を読んだのか、それとも今の私の様子がそわそわしていることを察してかユダはクスッと笑った。
「魔力同士は惹かれ合う性質がある。俺と接触したことをきっかけにお前の魔力は目覚め始め、外付けだった魔力もお前に馴染み始めた。そのおかげで眠っていた魔力は許容範囲内となったから、そのうち自然と発現するはずだ」
そっか⋯私も魔法が使えるようになるんだ。
魔法が使えるようになったらきっと私を失敗作だと思っていた両親も、私を疎んじていた姉兄も、厄介者扱いをしてきたエルラメド家の人々を見返せるかもしれない。いや、見返したい。
「ああそうだ、お前に見せた資料どうしたい?」
ユダの言っていることがわからず困惑する。どうしたいとはどういう意味なのか分からず首を傾げる。
「この資料はお前の個人的な資料でもある。残したくないと思うなら破棄するし、今までお前を利用してきた両親への切り札にしたいと思うなら保管して閲覧制限をかけることもできる」
そっかこの資料はユダは私個人の話だからどう取り扱いたいか私に選ばせてるんだ。ユダはそこまで考えてくれてたんだ。
「じゃあ残しておいて、何かに使えるかもしれないから」
今はまだこの資料の使い道が分からない。両親を脅すしたり、復讐したりする材料になることは間違いないだろうけど、今はまだそこまでは考えられない。
私は今日まで自分自身のことを何も知らなかったし、母に入れ込まれた魔力がどんなものかも知らない。
だから脅すにも復讐するにも、私自身のことを知ってからでも遅くは無いはずだ。
「分かった。じゃあ今から大書庫の最奥に資料を保管してくる」
そう言ってユダは執務室から出ていった。
⋯どうしよう、総大将と二人きりになってしまった。少し気まずいわね。
「なあ、ヘレナちゃん」
「は、はいっ⋯」
急に話しかけられてビクついてしまった。しかも初対面で名前にちゃん付けするタイプの人なんだ。
⋯そういえば左大将が総大将は女にだらしないとか言ってたわね。
言い慣れてる感じがすると失礼なことを考えてしまった。
「ユダのことよろしく頼む」
「へっ?」
総大将が思いのほか真剣な様子で言う。総大将の予想外な発言に思わず間抜けな声を出してしまった。
どうしてそんな真剣な表情をしているのだろうと少しの間考えると、先程からユダに対して甘い様子があったと思い出した。
もしかしたらこの人はユダにとってのお兄さんのような存在なのかしら。だから弟分のユダのために真剣な表情をしているのかもしれない。
「ユダは孤独な奴なんだ。あいつは強いから、あいつの傍に立とうとした者は悉くあの才能に焼かれるし、崇拝の域にまで達することもある。いくら真理眼を持とうと⋯いや持っているからこそ、ガキには毒なんだ。」
「毒⋯」
確かに、ユダの眼は様々なものを見通すことができるだろうが万能なものではないと本人も言っていた。おそらくだけど見たくないものだって見通すこともあるだろう。あれ程の実力を持っているなら嫉妬や羨望、他にも色んな想いを抱かれているはずだ。
「だからユダと同じ琥珀色の魔力を持つ君なら、もしかしたらユダの隣に立てるかもしれない。だから⋯どうか等身大のユダを見ていてほしい」
⋯総大将はユダのことを大切に思っているのね。
「分かりました」
そう返事をすると総大将は控えめな笑みを浮かべ感謝の言葉を口にした。
すると、ちょうど資料の保管をしに行っていたユダが戻ってきた。
先程の会話で妙な結束感ができた私たちの様子を訝しげに見ながらも言及することはなかった。
「じゃあ家に行くか」
そう言ってユダは魔法陣を展開した。どうやら瞬間移動で家まで行くようだ。
「ヒメルアウトに乗って行かないのね」
「ああ、あれは先輩が乗りたそうにしてるのが分かってたからな、ヘレナも乗りたいか?」
瞬間移動は一瞬で目的地に行けるから便利だけど、魔法道具に乗るなんてこと今までなかったから乗ってみたいし、クロックタルリス連合の街の風景も見てみたいと思い、何度も縦に首を振った。
「分かった。じゃあヒメルアウトまで案内しよう。じゃあアシェル、俺たちはもう行くな」
総大将は「分かった分かった」と言ってユダにしっしっと手を振った。するとユダは「いやここ俺の執務室」と軽口をたたく。
さっきまでユダのことを思っていたくせにユダの前になると一切そんな素振りを見せない。総大将って天邪鬼なところがあるのねと思っていると総大将は私の方を向いた。
「今日は移動に加え、情報量の多い話を聞かされて疲れただろう。帰ったらゆっくり身体を休めるといい」
「はい、ありがとうございます」
労りの言葉に感謝し、私とユダは共に執務室から出たのだった。
閲覧いただきありがとうございました。




