どうやら俺には剣の才能は無いらしい
「――俺、冒険者になる」
バズの一件から数日が経ったある晩、焚き火を囲んでいたジャックが、唐突にそう切り出した。
「今更かよ」
からかうルークに、ジャックは真剣な顔で首を振った。
「今までは、その日暮らしができりゃ十分だと思ってた。けど……」
そこで言葉を切り、ジャックは自分の手のひらを見つめた。あの日、バズに殴られ、なす術もなく地面に転がされた感覚が、まだ体のどこかに残っているようだった。
「――自分の身くらい、自分で守れるようにならねえと。仲間のことも、な」
その横顔には、以前にはなかった、確かな覚悟が浮かんでいた。
「……いいんじゃねえの」
ルークは素っ気なく答えながらも、内心では素直に感心していた。
(――ちゃんと、前を向いてんだな)
ジャックの決意を聞いて、ルークにも一つ、思うところがあった。
(――俺も、いい加減、拳だけってのもなあ)
これまでは、前世の記憶にある格闘技の心得と、魔力による身体強化だけで乗り切ってきた。だが、剣を扱えるようになれば、また一つ武器が増える。
そう考えたルークが向かったのは、以前ポーターの依頼で世話になった、実直な中年の冒険者のもとだった。
「――剣、教えてくれよ」
「はぁ? お前、また変なこと言い出したな」
「頼むよ。金は今すぐには払えねえけど、そのうち必ず稼いで払う」
しばらく渋い顔をしていた冒険者だったが、根負けしたように頭をかいた。
「……まあ、暇な時にでもなら、な」
教わり始めてすぐ、ルークは一つ、自分に課題を課していた。
(――身体強化は、使わない)
魔力で身体能力を底上げすれば、多少の無茶な動きも力任せにできてしまう。だが、それでは本当の意味で技術が身につかない。せっかく教わるのだから、ちゃんと基礎から積み上げたい――そんな、柄にもない真面目さが、ルークの中にはあった。
木剣を握り、素振りを繰り返す日々。最初のうちは、思うように振れず、何度も体勢を崩した。
「――お前、思ったより不器用だな」
「う、、、」
軽口を叩かれながらも、ルークは黙々と剣を振り続けた。
(ボクシングや剣道でもそうだけどいかに予備動作を無くすかって作業が難しいんだよな、、、どうも読まれてしまう。
最後に間、相手が気を抜くであろう瞬間の予測はもう解らんわ。もうここは完全に俺なら気を抜くね!ってとこで仕掛けてるけど)
ある日、暇な時間を見つけて一人で素振りをしていると、通りかかったトッドが足を止めた。ジャックと同い年の、仲間の一人だった。物静かだが、力仕事になると誰よりも黙々とこなす、そんな少年だ。
「――何やってんだ、それ」
「剣の練習だよ」
「俺もやってみたい」
興味津々といった様子で、トッドは木の棒を拾い上げた。見よう見まねで振ってみせたその一振りは、ルークの目にも、驚くほど滑らかだった。
「――お前、初めてだよな、それ」
「ああ、初めてだけど」
不思議そうに首をかしげるトッドに、ルークは何とも言えない気分になった。
それから、二人で並んで素振りをする日々が始まった。しばらくすると、冒険者の提案で、木剣を使った打ち合いの稽古も取り入れることになった。
「――お、いいねえ、じゃあ試しに、全部で十本、勝負してみるか」
始めたばかりの頃は、トッドの筋の良さは光るものの、十本やれば五分と五分。ルークが正面から素直に打ち込めば、トッドも似たような真っ向勝負で応じ、勝ったり負けたりを繰り返した。
だが、日を追うごとに、その均衡は少しずつ崩れていった。五分だった星取りは、いつしか六対四になり、やがて七対三になった。
「――っと」
ルークの袈裟斬りを、トッドは紙一重で受け流す。かと思えば、次の瞬間には、フェイントを織り交ぜた一撃が、ルークの脇腹すれすれを掠めていった。
「うおっ……!?」
トッドの攻撃は、いつしか単調さを失っていた。振りかぶると見せかけて止め、逆の間合いから仕掛けてくる。虚と実が入り混じったその剣筋を、ルークは防ぐだけで精一杯になっていく。
十本を終える頃には、勝敗はすっかり偏っていた。今ではもう、八本をトッドが取り、ルークが取れるのは、わずか二本だけになっていた。
「はぁ、はぁ……」
肩で息を切らし、木剣を杖代わりにするトッドの傍らで、ルークは息一つ乱さず立っていた。これだけ見ると逆の結果に見えるだろう。
「……お前、成長速すぎだろ」
呆れたように呟くルークに、トッドは息を整えながら答えた。
「そうか? 夢中でやってたら、いつの間にか、こう動けって体が分かるようになった気がする」
悪気なく答えるトッドの言葉に、ルークは乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「――なあ、俺、なんかおかしいか?」
思わず漏らしたルークの言葉に、稽古をつけていた冒険者が苦笑した。
「おかしくはねえよ。ただ、剣の筋ってのは、こればっかりは持って生まれたもんだからな。お前は――まあ、平凡ってやつだ」
「……そうかよ」
ルークは、拍子抜けしたような、それでいて妙に納得するような気分で、乾いた笑いを漏らした。
(――そう言えば、前世でも運動神経は普通だったっけ。掴みはそこそこだったけど県大会出れる程ってのは無かったもんなぁ〜)
規格外なのは、あくまで身体能力だけ。剣の才能までは、与えられていなかったらしい。
「――お前は筋がいいんだな、トッド」
「そうか? 自分じゃよく分かんねえけど」
照れくさそうに頭をかくトッドを見ながら、ルークは小さく息を吐いた。
(――ま、それが普通だ。出会ったコイツ等の中でさえもある道で自分が及ばない才を持つ者がいる。前世を思えば一つでも強みがある今世には感謝しないとな。)
何でもかんでも一番でなくてもいい。そう思えることが、少しだけ、心地よかった。




