変装
「――よぉ、ガキども。ずいぶん、羽振りが良いみてえじゃねえか〜」
柄の悪い笑みを浮かべた男が、じりじりと距離を詰めてくる。バズと名乗ったその男は、腰の得物をちらつかせながら、舌なめずりをした。
「お前らみたいなガキが稼いだ金だ。俺様に、少し分けてくれてもいいだろうがよぉ〜」
「――ふざけんな。俺たちが稼いだ金だぞ」
ジャックが、震える声を押し殺しながらも、精一杯睨み返す。
「あぁ? 生意気な口叩いてんじゃねえぞ、クソガキが」
バズが一歩踏み出した瞬間、ジャックは咄嗟に叫んだ。
「――みんな、逃げろ!」
その号令に、子供たちが一斉に散っていく。ルークも、他の仲間たちと一緒に路地の奥へと駆け出した。
だが、少し離れた物陰から様子を窺い、皆が無事に逃げ切ったのを確認すると、ルークは足を止めた。
(――ジャックだけ、置いてかない。勿論助ける、だが絵に描いたような無法者だな。お約束的な)
人気のない路地の隅に身を潜め、ルークは静かに息を整える。旅の道中で身につけた技を、実戦で使うのは初めてだった。
(――やってみるか)
全身から気配を消すように、魔力を薄く広げていく。同時に、足元の影に意識を集中させた。影が意思を持ったように盛り上がり、ルークの輪郭を覆い隠していく。
路地の暗がりに、一人の男が立っていた。
金色の髪、岩のように隆起した筋肉。ルークとは似ても似つかない、屈強な大男の姿だった。
(――よし、こんなもんか)
声も少しくぐもらせながら、ルークは元来た道を戻っていった。
「――放して……くれ……」
胸ぐらを掴まれ、宙に浮かされたジャックが、苦しげに呻いていた。
「金の在り処、吐きやがれ。じゃねえと、痛い目見んのはお前だぜぇ」
「――そこまでだ」
低く唸るような声が、路地に響いた。
「あぁ? 誰だ、テメエ」
振り返ったバズの前に立っていたのは、見たこともない金髪の大男だった。
「ガキいじめて、楽しいか?」
「知ったこっちゃねえよ! 邪魔すんなら、テメエもぶちのめしてやらぁ!」
得物を振りかぶって突っ込んでくるバズを、ルークは軽く半歩躱すと、その腹に拳を叩き込んだ。
「がはっ――!?」
崩れ落ちるバズの姿に、ジャックが呆然と目を見開いている。
「な、なんだよ、この人……」
「ぐ、があぁッ……! テメエ、ただの通りすがりじゃねえな……!」
腹を押さえながらも、バズはにやりと下卑た笑みを浮かべて立ち上がった。
「いいぜぇ、上等だ! 久しぶりに、骨のあるやつをいたぶれそうだ、ヒャハハハッ!」
叫びながら突っ込んでくるバズの拳を、ルークは難なく受け流す。がら空きになった脇腹に、追撃の一撃を叩き込んだ。
「がふうっ……!」
白目を剥いて崩れ落ちるバズを、ルークは容赦なく蹴り飛ばした。
「口だけは達者だな、おい」
抵抗する間もなく、ルークはバズを地面に組み伏せ、腰帯から抜き取った縄で手早く縛り上げた。
「うぐっ……! 放せ、放しやがれ!」
「うるせえな。大人しくしてろ」
もがくバズを引きずるようにして、ルークは近くの兵士の詰所へと向かった。
「――こいつ、子供たちから金を脅し取ろうとしてた。突き出しとく」
突然のことに、詰所の兵士は驚いた様子で目を丸くした。
「お、おう……分かった、預かる。しかし、あんた一人でこいつを……? 名前を聞かせちゃくれねえか――」
「礼はいらねえ。じゃあな」
食い下がろうとする兵士を軽くいなし、ルークは足早にその場を後にした。
人混みに紛れ、路地裏まで戻ったところで、ルークはようやく息を吐いた。影が解け、元の小さな体が姿を現す。
(――ふう、なんとかなったか)
少し離れた場所で、ジャックが仲間たちと合流し、興奮気味に何かを話しているのが見えた。
「すげえ人だったんだよ! 金髪の、めちゃくちゃデカい奴で……!」
その様子を、ルークは物陰からこっそり眺めながら、内心でにやりと笑った。
(――誰にも、バレてねえよな)
自分だけが知る秘密。それが、少しだけ誇らしかった。
しばらくして、興奮気味の輪から離れたジャックが、まだ胸に手を当てながら、独り言のように呟いた。
「――俺も、あんな風になりたいな」
その横顔には、恐怖の名残の奥に、確かな憧れの光が灯っていた。
(――なあ、ジャック)
ルークは物陰から、その横顔をじっと見つめた。
(――お前は、ちゃんと強くなれるさ)
声には出さず、そう心の中だけで呟く。振り出しの街での日々は、思わぬ形で、また一つ絆を深めていくようだった。




