見捨てられた男
館の惨状を目の当たりにした後、ガロンは、それまでとは違う静かな決意を胸に秘めていた。
「――ルーク。おで、お前と一緒に旅を続けさせてくれねえか」
夜、詰め所近くの宿で、ガロンが改まった調子でそう切り出した。
「――兄貴のこと、このまま放っておけねえ。村を守る力も、まだまだ足りねえ。だったら、外の世界を巡りながら、両方追いかけてぇんだ」
その目には、迷いのない強さが宿っていた。ルークは、少し驚きながらも、自然と口元が緩むのを感じた。
「――望むところだ。タンク役が一人いてくれると、心強い」
「――おうよ! よろしく頼むぜ、相棒!」
差し出された拳に、ルークも自分の拳を打ち合わせた。新たな仲間との、静かな契りだった。
翌日、ルークは再び詰め所を訪れていた。目的は、捕らえたリーダー格の男との再対面だった。
「――また来たのか。何度来ても、話すことなんざねえよ」
変わらぬ余裕を崩さない男に、ルークは静かに切り出した。
「――一つ、教えてやろうか」
「――あ?」
「――お前らの仲間、館から逃げた連中な。あんたのことも、もう見捨ててる」
男の顔に、僅かな動揺が走った。
「――……何が言いてえ」
「――簡単な話だ。あんたが今頃、こうして捕まって尋問されてるってのに、助けに来る気配一つねえ。証拠隠滅も済んで、あんたを回収する理由なんざ、もうねえんだよ」
ルークは、努めて淡々と続けた。
「――どこの息がかかってるかは知らねえが、後ろ盾がどこの国だろうと、任務に失敗した駒をどう扱うか。あんたの方が、よく知ってるんじゃねえのか」
鎌をかけるような物言いだった。本当にどこの手の者かなど、この時点では分かりようもない。だが、これだけの規模の作戦を組める組織だ、大方は国家の後ろ盾があるはずだ――そのくらいの見当はついていた。
沈黙が落ちた。男の表情から、徐々に余裕が削げ落ちていくのが分かった。
(――図星、か)
「――……あんたに、何が分かる」
「――さあな。だが、少なくとも、ここで大人しくしてる方が、今のあんたにとっちゃ安全なんじゃねえかってのは、分かる」
畳み掛けるように、ルークは続けた。
「――知ってること全部話せば、悪いようにはしない。この国の兵士も、鬼じゃねえ。だが、黙り続けりゃ、あんたの立場はどんどん悪くなる一方だ。お前を差し向けた連中からも、この国からも見捨てられて、行き場を失くす――そうなりたいのか」
男は、長い沈黙の後、深く息を吐いた。
「――……分かったよ。話せば、いいんだろ」
諦めを滲ませた声だった。
「――俺たちは、ヴォルグラード帝国の人間だ。あの館の研究も、帝国の指示によるものだった」
その一言に、詰め所の空気が、一斉に張り詰めた。
「――研究者本人の行方は?」
「――知らねえ。俺たちも、指示を受けて動く駒に過ぎねえんだ。研究者本人が、どこの誰かも、俺には明かされてなかった」
(――どこの誰か、か……)
ルークの脳裏に、あの館の棚に並んでいた、「A」「B」と書かれた試験管がよぎった。だが、それを口にすれば、自分の素性まで説明する羽目になる。ルークは、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
断片的ながらも、これまで曖昧だった輪郭が、少しずつ形を成していく。
(――帝国、か)
予想はしていたが、こうして本人の口から聞かされると、その重みが違った。
「――他に、何か知ってることは」
ルークの問いに、男は苦々しげに、記憶を絞り出すように語り続けた。
その様子を黙って見ていた隊長格の兵士が、男が連れて行かれた後、静かに口を開いた。
「――話半分に聞いておいた方がいいだろうな」
「――ですよね」
ルークも同意見だった。窮地に追い込まれた末の自白とはいえ、自分の罪を軽く見せかけるための嘘が紛れ込んでいてもおかしくない。特に「依頼主も知らされていなかった」という部分は、都合よすぎるとも思えた。
「――館で見つかった書類と、あとで別々に、あの二人からも同じ内容を聞き出してみよう。話の食い違いがねえか、そこで見えてくるはずだ」
兵士の提案に、ルークは頷いた。
(――一人の言い分だけを鵜呑みにするのは、危ねえよな)
裏取りを終えるまでは、まだ気を抜けそうになかった。




