決戦前夜
準決勝を制し、いよいよ明日は決勝――そんな夜、ルークはふと大会初日の光景を思い出していた。
あの日、開会に先立ち闘技場の特設台に姿を現したのは、王ライオネルその人だった。
「――今日集うは、我が国の誇るべき戦士たち。種族の垣根を越え、正々堂々、その力を示すがいい」
厳かな声が、闘技場の隅々まで響き渡った。堂々たる体躯と、鋭くも穏やかな眼差し。獅子の王という異名に相応しい、威風堂々とした佇まいだった。
「勝者には、我が国の宝物庫に眠る品の中から、選りすぐりの一品を授けよう。――内部の空間を拡張した、稀少な魔法の袋だ」
その一言に、観客席がどよめいた。
「――空間拡張の袋、だと……!?」
「マジかよ、あんなもん金貨積んでも滅多にお目にかかれねえぞ」
周囲の興奮した声を聞きながら、ルークもまた内心で目を見張っていた。
(――空間拡張の魔法袋……そりゃ、とんでもねえ代物じゃねえか)
見た目以上の容量を収められる、稀少な魔法の道具。旅を続ける身にとって、これほど有用な品はなかった。荷物の重さを気にすることなく、必要な物資を必要なだけ持ち運べる――それは、これから先の旅路を、間違いなく大きく変える一品だった。
(――絶対に手に入れたい)
あの瞬間芽生えた欲は大会が進むにつれて、むしろ強くなっていた。
決勝前夜、宿の一室でルークは静かに拳を握りしめていた。
(――明日は、ガロンか)
気の置けない仲になった相手だ。正直、戦いたくない気持ちもある。だが、それとこれとは話が別だった。
(――あの袋、絶対に持って帰る)
ガロンの実力は、既に肌で感じていた。素の身体能力と身体強化を掛け合わせただけでは、恐らく決着はつかない。全力を出し切っても、届くかどうか怪しい相手だった。
(――だったら)
脳裏に、憧れとはかけ離れた、あの化け物の姿がちらつく。
(――使うしかねえ、よな)
この国でならその姿を見せても、いたずらに恐れられることはないかもしれない――そんな一縷の望みも、背中を押していた。
(――勝つ。あの袋のためにも)
目的のためなら、手段を選ぶ余裕はなかった。ルークは静かに、覚悟を固めていた。
考え事をしながら宿の外に出ると、ちょうど井戸端で水を浴びていたガロンと鉢合わせた。
「――お、ルークか。眠れねえのか?」
「――まあな。お前は?」
「おでも、なんか目が冴えちまってなぁ」
ガロンは、のんびりとした調子で笑った。緊張感というものが、そもそも薄い性分なのかもしれない。
「――明日、負けねえからな」
ルークがそう告げると、ガロンは意外そうに目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに歯を見せた。
「――おうよ! おでも負けねえぞ! あの袋、村のみんなにうまいもん詰めて持って帰ってやりてえからなぁ」
その言葉にルークは一瞬言葉を詰まらせた。
(――こいつも、こいつなりの理由があるんだな)
単なる食い意地からくる欲ではなく、その先には故郷の仲間たちの顔があるのだろう。
「――なら、なおさら負けられねえな、お互い」
「――だなぁ!」
屈託のない笑顔で頷くガロンを前に、ルークは複雑な思いを抱えながらも、小さく笑い返した。
明日、この気の良い相手と真正面からぶつかり合うことになる。そのことに一抹の寂しさを覚えながらも譲れないものがある以上、迷いを振り切るしかなかった。




