弱者の奇跡
「――いっけぇぇぇ、ロイィィィ!!」
ルークの絶叫が、観客席に響き渡った。
ロイの動きは、明らかに研ぎ澄まされていた。ヴィンスの繰り出す拳を紙一重で躱し、体勢を崩したところへ、鋭く踏み込む。決定打には至らずとも、確実に、着実に、優位を築きつつあった。
(――お前は、俺だ。ロイ)
拳を握りしめながら、ルークは胸の内で呟いていた。
体格に恵まれず、才能にも見放され、それでも諦めきれずにもがき続ける姿。前世で夢を諦めた自分自身が、今、目の前で戦っている――そんな錯覚すら覚えた。
(――人並み以下の人間が起こす奇跡が、俺たちみたいな弱者に勇気を与えるんだ)
脳裏に、前世の記憶が蘇る。
あれは、まだ会社を継ぐ前――たまたま連れて行かれた競馬場でのことだった。大穴の馬が、大方の予想を裏切って先頭に躍り出た瞬間、後ろの席で、頭の禿げ上がった、歯の抜けたおっさんが絶叫していた。
「――行けぇぇぇ! 頼むぅぅぅ! そのまま行けぇぇぇ!!」
唾を飛ばしながら、狂ったように叫ぶその姿を、当時のルーク(一条将聖)は、正直、心底引いた目で眺めていた。
(――いやいや、ありえないでしょw いくら賭けてんのか知らねえけど、あーりえない。やめてくれ……)
あの時は、そう思っていた。恥も外聞もなく絶叫する大人の姿が、ただただ滑稽に映っていた。
(――今なら、その気持ち、分かるぜ。おっさん!)
自分よりも遥かに恵まれない条件で戦う者が、それでも一縷の望みに懸けて足掻く姿。それは、見る者の胸の奥に眠る、諦めや悔いを、否応なく揺さぶってくるのだ。
(――それを為すのは、俺じゃなくたっていい。見せてくれ、ロイ)
弱者が起こす奇跡は、弱者自身の手で成し遂げられてこそ、意味がある。ルークにできるのは、ただ、声を嗄らして送り届けることだけだった。
「――行けぇぇぇ、ロイぃぃぃ!!」
再び上げた絶叫に呼応するように、ロイの足が、地を強く踏みしめた。
ヴィンスの拳が、大きく空を切る。特訓で染み込ませた体捌きが、今、この瞬間に結実していた。
「――ここだあああっ!」
がら空きになった懐へ、ロイの拳が吸い込まれていく。
鈍い音と共に、ヴィンスの体が大きくよろめいた。
「――う、うおっ……!?」
体勢を崩したヴィンスに、追撃の隙は与えられなかった。ロイの二撃目が、確かな手応えと共に炸裂する。
膝から崩れ落ちたヴィンスが、そのまま地面に沈んだ。
審判の腕が、大きく振り上げられる。
「――しょ、勝者、ロイ!」
その宣告が響いた瞬間、闘技場が、割れんばかりの歓声に包まれた。




