大祭 開幕
その日、首都レオニスは、朝から異様な熱気に包まれていた。
各地の部族が一斉に集結する、年に一度の大祭。石畳の大通りには色とりどりの屋台が立ち並び、香ばしい匂いと賑やかな声が街中に満ちていた。
「――肉だ! 肉! でっけえ串焼き、うまそうだなぁ!」
ガロンが、涎を垂らさんばかりの勢いで屋台に駆け寄っていく。その巨躯に、周囲の人垣が自然と割れていった。
(――相変わらず、食い意地張ってんな、こいつ)
特訓中に知り合ったガロンとは、いつの間にか気の置けない仲になっていた。武闘大会に出場するという話も、屋台の前で意気投合したついでに聞き出したばかりだった。
広場の中央では、各部族による出し物が披露されている。虎族の勇壮な剣舞、猫族のしなやかな軽業、兎族の子供たちによる可愛らしい合唱――種族ごとに全く違う色を持った芸が、次々と披露されていく光景は、見ているだけで飽きなかった。
(――こういうお祭りの空気、好きだな)
前世でも祭りは好きだった。屋台を冷やかしながら歩くだけで、気分が浮き立ってくる。
そんな賑わいの中心にあるのが、大祭の目玉、武闘大会だった。
闘技場に設けられた受付には、既に長い列ができている。ルークはロイと連れ立って、その列に並んでいた。
「――緊張してるか?」
「――少し、いえ、かなり」
正直に答えるロイの手は、微かに震えていた。それでも、その目には、これまでにない強い光が宿っていた。
受付を済ませ、対戦表が張り出される。ロイの初戦の相手を確認した瞬間、二人の間に、緊張が走った。
「――ヴィンス……」
対戦表に記された名前を見て、ロイが呻くように呟いた。
「――ちょうどいいじゃねえか」
ルークは、ニヤリと笑ってロイの背中を叩いた。
「初戦でぶつかるってことは、決着つけるのも早い。さっさとぶちのめして、すっきりしようぜ」
「――そう、ですね」
まだ硬さの残る表情ながら、ロイは小さく頷いた。
闘技場の観客席は、いつの間にか満員に近い賑わいを見せていた。
ルークは、ガロンやリゼと共に、最前列近くの席を確保していた。リゼは、平静を装いながらも、どこか落ち着かない様子でロイの登場を待っている。
「――来た!」
ガロンの声に、ルークも視線を闘技場に向けた。
入場口から現れたロイは、緊張の面持ちながらも、しっかりと前を見据えていた。対する側から現れたヴィンスは、余裕たっぷりの笑みを浮かべ、観客に軽く手を振っている。
「――よぉ、ロイちゃん。悪いけど、手加減しねえからなぁ?」
「――こっちも、望むところだ」
これまでにない強い口調で言い返すロイに、ヴィンスが一瞬、意外そうに眉を上げた。
審判の合図と共に、試合が始まった。
(――行け、ロイ!)
ルークの胸の奥で、何かがぐつぐつと沸き立っていた。
ヴィンスが、素早い踏み込みで距離を詰めた。俊敏な動きは、さすが恋敵と目されるだけあって、なかなかの実力者だった。
だが、ロイも、この日のために積み重ねてきたものがあった。
「――そこだ!」
ヴィンスの拳を、紙一重で躱す。特訓で叩き込んだ、重心を外す動きだった。
「――うおおおおおおおっ! いいぞロイ! そこだ! そこ! 行けえええ!!」
ルークは、気づけば席から身を乗り出し、絶叫していた。周囲の観客が何事かとこちらを振り返るが、そんなことに構う余裕はなかった。
「――おい、ガキ。静かにしろ!」
近くの席から、苛立たしげな声が飛んできた。虎族らしい、いかつい体格の男が、迷惑そうにこちらを睨んでいる。
だが、ルークは怯むどころか、むしろ勢いよく振り返った。
「――あぁ? 応援は熱を持ってこそだろうが! あんたは何のためにこの会場に来てんだよ!? ただ眺めるために来てんのか!?」
「――なんだと……!」
思わぬ勢いで言い返され、男が言葉に詰まる。
「眺めるだけなら後で酒場で吟遊詩人から歌って貰えよ、ここは生の勝負が見られる場所だろうが! だったら、声出して盛り上げるのが礼儀ってもんじゃねえのか!?」
まくし立てるルークの剣幕に、男はしばらく呆気に取られていたが、やがてふっと表情を崩し、豪快に笑い出した。
「――違いねえ! いいこと言うじゃねえか、坊主!」
男は機嫌を直したように、自らも拳を突き上げた。
「――よぉし、俺も一丁、声出すとするか! おらぁ、そこの犬っころ、頑張れやぁ!」
思わぬ形で観客を味方につけたルークは、満足げに口の端を上げると、再び闘技場へと視線を戻した。
「――ちっ……! なかなかやるじゃねえか!」
ヴィンスの余裕の表情に、初めて焦りの色が滲む。それでも、地力の差は、まだ埋まりきっていなかった。
一進一退の攻防が続く中、ロイの足運びが、じりじりとヴィンスを追い詰めていく。躱し、捌き、隙を窺う――派手さはなくとも、堅実に磨き上げてきた技術が、確かに実を結びつつあった。
「――いっけぇぇぇ、ロイィィィ!!」
ルークの絶叫が、観客席に響き渡った。




