キューピッド
人目を気にせず修行できる日々の中で、ルークは新しい技の開発に没頭していた。
これまで培ってきたのは、隠蔽と具現化、それに影渡り。どれも実戦で頼りにしてきた技だが、いずれも「隠れる」「凌ぐ」ための側面が強い。攻めの選択肢を、もっと増やしたかった。
(――影縛りを、応用できねえかな)
対象の影を操って拘束する技。これを、もっと攻撃的に転用できないか――ルークはそう考えていた。
試行錯誤を重ねること、幾日か。
「――こいつは、どうだ」
地面に伸びる自分の影に意識を集中させる。影が、意思を持ったかのように、ゆらりと形を変えていく。
(――形状を保ったまま、切っ先みたいに硬質化できねえか)
闇の魔力を練り上げ、影そのものに刃のような鋭さを持たせる。地を這う影が、鋭利な棘となって突き出た。
「――おおっ」
思わず声が漏れた。狙った的に向かって突き出した影の棘は、木の幹を貫通するほどの威力を発揮した。
(――これは、使えるな)
シャドウエッジのように具現化した武器を振るう近接技でも、シャドウランスのように槍を撃ち出す遠距離技でもない、地面を這う影から不意打ち気味に相手を突き刺す、新たな攻撃手段。
(――名前は……「影棘」でいいか)
自分で名付けながら、ルークは満足げに頷いた。地道な鍛錬の積み重ねが、また一つ、確かな形になった瞬間だった。
新しい技の手応えを噛み締めながら集落を歩いていたある日、ルークは道端で、一人の青年と行き合った。
犬の耳と尻尾を持つ、線の細い青年だった。手に持った荷物を落としてしまい、慌てて拾い集めている。
「――大丈夫か?」
声をかけながら、ルークも荷物を拾うのを手伝った。
「あ、す、すみません……ありがとうございます」
青年は、恐縮した様子で頭を下げた。物腰の柔らかい、実直そうな人物だった。
「――旅の方ですか? 見ない顔ですね」
「ああ、カレンディア王国から来た。ルークだ」
「ロイといいます。よろしくお願いします」
軽い挨拶を交わしただけの、些細な出会いだった。だが、俯きがちなロイの表情の奥に、何か思い悩んでいる様子があることに、ルークは何となく気づいていた。
(――何か、抱えてそうな顔してたな)
拾い集めた荷物を渡しながら、ルークはふと尋ねてみた。
「――なんか、悩みでもあるのか? 顔に書いてあるぞ」
「――え」
図星を突かれたように、ロイの肩が跳ねた。誤魔化そうとする素振りを見せたものの、結局は観念したように、小さくため息をついた。
「――実は、その……好きな人がいるんです」
「ほう」
「でも、その、僕みたいな非力な男が、告白したところで、相手にされるはずもなくて」
ぽつぽつと、ロイは事情を語り始めた。
相手は、兎族の娘。リゼという名の、明るく気の強い性格の女性だという。ロイは彼女に一目惚れしたものの、この国では「強さ」こそが、交際に見合う「格」を示す基準になる。犬族の中でも取り立てて非力なロイでは、告白する資格すらないと、周囲からも本人からも思われていた。
「――しかも、その」
「――まだ何かあるのか」
「リゼさんに言い寄ってる奴が、もう一人いて。コヨーテ族の……ヴィンスっていう男なんですけど」
ロイの声に、苦い響きが混じった。
「そいつが、また強いんです。しかも、口が上手くて、リゼさんも満更でもなさそうで……。今度の大祭の武闘大会にも出るらしくて、優勝でもされたら、僕なんかもう、太刀打ちできません」
うなだれるロイの姿に、ルークの脳裏に、ふと前世の記憶がよぎった。
(――体格差、才能差で、好きなことを諦めた奴の顔だ、これは)
バレーボールに打ち込んでいた前世の自分。届かなかった夢。今のロイの姿が、あの頃の自分と、どうしようもなく重なって見えた。
「――お前は、リゼって人のこと、諦めたいのか?」
「――そんなわけ、ないです」
即答だった。俯いていた顔が、初めてまっすぐにルークを見た。
「諦めたくないから、悩んでるんです。でも、僕なんかが今更、何をしたって……」
「――なら、決まりだな」
ルークは、ニヤリと笑って続けた。
「その大会、お前も出ろ。優勝できなくてもいい。ただ、お前が本気だってことを、リゼって人にも、周りにも、見せつけてやれ」
「――え、で、でも」
「心配すんな。多少は、稽古つけてやる」
突然の申し出に、ロイは戸惑ったように目を瞬かせた。
「――どうして、そこまで……」
「……まあ、他人事とは思えねえんだよ、色々とな」
それ以上は、詳しく語らなかった。ただ、目の前で怖気づいている青年の背中を、押してやりたいという気持ちだけは、確かに本物だった。
こうして、思いがけない成り行きから、ルークはロイの恋の後押し役を、買って出ることになった。




