ギリセーフ
その集落での滞在は、ルークにとって、これまでの旅のどこよりも心地よいものだった。
誰の目を気にすることもなく、闇属性の魔法を堂々と振るえる。これまでは隠蔽魔法の陰でこっそりと積み重ねてきた鍛錬を、今は真昼間の空の下で、思う存分行えるのだ。
(遠距離魔法の幅を広くしたいと思ってたんだ。遠い程に避けられるし追尾か任意で爆発出来る魔法が出来れば良いんだが)
ソフトボールサイズに魔力を丸めて放出し離れたところで小規模の爆発をイメージする。
「ブンッ!」と音を発して瞬間的に半径2m程に膨れ上がった。
(こめる魔力量でサイズ変更も出来そうだ。射出スピードはもっと速くしないとな)
これまで、常に人目を気にしながらの練習だった。今は違う。伸び伸びと力を試せることが、これほど心地よいとは思っていなかった。
修行の合間の食事も、これまでにない喜びだった。
屋台で買った串焼きは、香辛料の効いた濃厚なタレが絡み、噛むほどに肉汁が溢れ出す。屋台の隣で売られていた汁物は、酸味と辛味が絶妙に絡み合い、汗を吹き出させながらも箸ならぬ木の匙が止まらなかった。
(――これ、前世でいうベトナムとか台湾の飯に近いな……!)
南国らしい、香りと刺激に満ちた食文化。前世の記憶の中の、屋台街の賑わいが重なって見えた。デザート代わりに齧った果実の甘さも相まって、ルークはすっかりこの土地の食に魅了されていた。
夕方、宿に戻ったルークは、いつものように女将と世間話を交わしていた。
「――そういえば、聞きたいことがあるんですけど」
「なんだい、また作法の話かい?」
「いや、ちょっと違うんですけど……もし、誰かが化け物みたいな見た目に変身したら、どう思います? やっぱり、嫌われたり、警戒されたりしますか?」
我ながら唐突な質問だと思いながらも、ルークは核心を探るように尋ねた。
女将は、少し考えるように腕を組んだ。
「――ああ、そりゃまあ、死霊系とか、本物の悪魔みたいなのだったら、そりゃ怖いさ。あんなのが目の前に現れたら、誰だって逃げ出すよ」
「ですよね」
「でもね」
女将が、悪戯っぽく笑って続けた。
「――うちらは獣人だからね。それっぽい姿だったら、別にそんなもんかとしか思わないよ。狼だの熊だの、そういう獣の姿は、むしろ馴染み深いくらいさ」
その答えに、ルークの中で、何かがカチリと噛み合った。
(――狼の顔に、グリフォンの翼、蛇の尾が心配だが……)
変身した自分の姿を、頭の中で思い浮かべる。
(――これ、もしかして――ギリセーフじゃね?)
純粋な悪魔然とした異形というよりは、動物的な要素の強い外見。獣人たちにとっては、あるいは「それほど恐ろしいものではない」と映る可能性がある。
(――いや、待て。あくまで可能性の話だからな。実際どう見られるかは、試してみねえと分からねえけど)
都合の良い方に流れそうになる思考を、自分で軽く戒める。それでも、これまで抱いていた「変身=絶対に見せられない化け物の姿」という認識に、初めて小さな風穴が開いたような気がした。
「――ん? どうしたんだい、急に黙り込んで」
「――いえ、何でもないです。ちょっと考え事してました」
誤魔化すように笑いながら、ルークは椀の中身をかき込んだ。
この国での滞在は、思っていた以上に、色々な発見をもたらしてくれそうだった。




