南への道
夢の中
『侵食が進んでいるな』
「お前にとっちゃ良い事だろ?それにあいつらを放って置ける訳無いだろ、俺は間違っていない。」
『、、、そうか』
「何だよ、その言い方」
『いや、昔同じ事を言ってた者を知っててな、、』
そこで目覚めた。
バロメアを発ってから、幾日が過ぎただろうか。
戦闘で負った傷は幸い自然治癒で癒えてしまったのは宿した悪魔の力かもしれない。
しかし力を使った代償か、右足の薬指まで黒く変色していた。
街道の景色は、南へ進むにつれて、少しずつその表情を変えていった。針葉樹が疎らになり、代わって幅広の葉をつけた木々が目立つようになる。肌に触れる風も、日を追うごとに湿り気を帯び、生温くなっていった。
(――暑くなってきたな)
着込んでいた上着を脱ぎ、荷物にしまい込む。汗ばむ肌に、じっとりとした空気がまとわりついた。
道中に現れる魔物も、これまでとは顔ぶれが違っていた。鎌のような前脚を持つ巨大な蟷螂が、茂みの奥からじっとこちらを窺っていることもあれば、樹上から不意に毒蛇が襲いかかってくることもあった。地を這う食虫植物が、ゆっくりと蔓を伸ばしてくる様には、さすがのルークも思わず身を引いた。
「――こいつは、植物なのか、魔物なのか、どっちなんだよ」
独り言ちながら、闇の刃で蔓を斬り払う。
道端に実る果物も、見慣れないものばかりだった。濃厚な甘さのする橙色の果実を頬張りながら、ルークは南国の恵みに舌鼓を打った。椰子に似た木の実を割れば、中から出てきた液体が、乾いた喉を潤してくれる。
(――前世で言う、南国フルーツってやつか)
旅の厳しさの中にも、こうした小さな発見が、道中の楽しみになっていた。
やがて、国境を示す標が見えてきた。
カレンディア王国を出て、初めて足を踏み入れる異国。緊張と高揚が入り混じった気持ちで、ルークは一歩を踏み出した。
(――郷に入っては郷に従え、だな)
前世で染み付いた処世術を、頭の中で反芻する。
(――たしか、前世でバズったサッカーの試合か何かで、誰かが叫んでたっけな。「テ◯◯ス イズ グッド! エブリシング イズ ビッ◯!」とか、そんな感じの……)
肝心の部分がどうにも思い出せず、ルークは苦笑いを浮かべた。異国の地で異国の文化に敬意を払う、という心構えだけは、なぜかしっかりと記憶に刻まれていた。
国境を越えてすぐ、最初に辿り着いたのは、小さな集落だった。
木々の間に建てられた、素朴な作りの家々。行き交う人々の姿は、これまで見てきたどの国とも違っていた。犬のような耳と尻尾を持つ者、猫のようにしなやかな身のこなしの者、長い耳をぴょこぴょこと揺らす者――獣人たちが、当たり前のようにそこで暮らしていた。
(――可愛い奴らばっか! ヤバい! モフりたい!)
ぴょこぴょこと揺れる兎の耳や、機嫌良さそうに左右に振れる犬の尻尾を目で追いながら、ルークの内心は静かに沸き立っていた。
(――が、我慢だ! いきなり初対面の相手に触りに行ったら、それこそ礼儀作法もへったくれもねえだろ)
こみ上げる衝動を必死に抑え込みながら、ルークは何食わぬ顔を装って歩を進めた。傍から見れば、ただの旅人が物珍しげに周囲を眺めているようにしか映らなかっただろう。
(――ここが、ベスティア連合王国か)
物珍しさに視線を巡らせながら、ルークは集落の一角にある宿を訪ねた。旅の情報収集も兼ねて、しばらく世話になるつもりだった。
「――旅の方かい? 見ない顔だね」
宿の女将が、興味深そうに声をかけてくる。人懐っこそうな垂れた耳が、犬族であることを示していた。
「はい。カレンディア王国から来ました。この国について、色々教えてもらえたら助かります」
「そりゃいいけど、何が知りたいんだい?」
ルークは、これまでの旅で身につけた慎重さから、まず確認しておきたいことを尋ねた。
「――この国で、忌避されてるものとか、やっちゃいけないこと、礼儀作法とか、そういうのはありますか」
「ああ、そういうことか」
女将は少し考えるように顎に手を当てると、いくつかの作法を教えてくれた。食事の作法、部族ごとの挨拶の違い、争いごとの持ち込み方――どれも、これまでの旅で得た常識と大きく変わるものではなかった。
そして、何気なく発した次の質問に、思いがけない答えが返ってきた。
「――属性とかは、どうですか。何か、良くないとされてる属性とか」
「――ん? 属性?」
女将が、きょとんとした顔をした。
「属性なんて、別にどれも良い悪いなんてないよ。火だろうと水だろうと、何だろうとね。この国じゃ、力があるかどうかが全てさ。属性なんぞで人を測るなんて、そんな窮屈な話は聞いたことないね」
その言葉に、ルークは思わず息を呑んだ。
(――属性に、良し悪しがない……?)
物心ついて以来、ずっと隠し続けてきたもの。闇属性だと知られれば忌避され、命すら危うくなる――それが、これまでルークが生きてきた世界の常識だった。
(――ここでなら)
胸の奥に、じわりと熱いものが広がっていく。
(――ここでなら、隠さずに、闇属性の修行ができるのか)
これまで、人目を忍びながら、こっそりと積み重ねてきた鍛錬。それを、堂々と、思う存分振るえる場所が、ここにはあるのかもしれない。
「――どうかしたのかい?」
黙り込んだルークを、女将が怪訝そうに覗き込む。
「――いえ、何でもないです。ありがとうございました」
笑みを浮かべてそう答えながらも、ルークの胸中では、静かな高揚が渦巻いていた。
(――この国でなら、俺は)
新たな可能性を秘めたこの土地で、ルークの足取りは、心なしか軽くなっていた。




