金の壁
「――ゴールドランクの実力、とくと味わわせてやるよ」
男はそう言うと、腰の剣を静かに抜いた。剣身に走る紋様が、月明かりを受けて鈍く光る。
(――魔剣、か)
ただの得物ではない。魔力を纏わせた特別誂えの一振りだと、一目で分かった。
構えを見ただけで、只者ではないことが伝わってくる。無駄のない重心、隙のない足運び。バズのような、力任せの荒事しか知らない下っ端とは、明らかに格が違った。
(――ここまで来ると、正直やべえな)
だが、退くという選択肢は、初めから持ち合わせていなかった。
先に仕掛けたのは、男の方だった。
踏み込みと同時に、剣を一閃する。速い――だが、見えない速さではない。ルークは半歩下がってこれを躱すと、すぐさま懐に踏み込み、拳を叩き込もうとした。
しかし、拳は空を切った。
(――は?)
男の姿が、ふっとぶれるように消える。次の瞬間には、ルークの背後に回り込んでいた。
(――速い……いや、違う。これは)
斬撃が背中を掠め、皮膚が裂ける感触があった。とっさに前へ転がるようにして距離を取る。傷口から滲む血の熱さを感じながら、ルークは今の動きを頭の中で反芻した。
(――瞬間移動じゃねえ。恐ろしい程に予備動作を消した無駄の無い動きだ。)
「あれ?最初の一振りで取ったと思ったのにお前やけに反応良いんだな」と男が意外そうに言う。
(一一魔剣の効果は今のところ定かではないが切られた傷から毒や状態異常にはなっていないのが幸いだがこのままではどちらにせよ分が悪い。)
(――なら、どうする)
闇の力で具現化した刃を両手に生み出し、ルークは構え直した。
(――あの加速には、前兆がある)
先の一撃を思い返す。踏み込む直前、男の腰が僅かに沈んだ。それが加速の予備動作だとすれば、対処のしようはある。
案の定、男が再び仕掛けてきた瞬間、腰の沈みを見て取ったルークは、構えから剣の振りを予測する。
踏み込みからの横薙ぎを右手の刃で受けると同時に左手の刃を相手に振り下ろす。
(――取った!)
そう思ったが相手はそのまま剣を滑らせ左の刃に合わせると同時に蹴りをはなった。苛立ったのか男は言う。
「――ちっ。しぶといな」
睨み合う。荒い息を吐きながら、ルークは頭を高速で回転させていた。
(――このままじゃ、確実に殺される。向こうの方が、圧倒的に場数が違う)
純粋な技量、経験、そのどれを取っても、ゴールドランクの実力者との差は歴然だった。どうにか相手を出来ているのは、ルークが身体強化全開で単純な反射神経や速さで上回っているからだ。技術の応酬が続けば続くほど、じわじわとその差が明暗を分けていくだろう。
男が、再び加速の構えを見せた。今度は先程よりも、明らかに沈み込みが浅い。
(――学習しやがった。同じ手は食わねえってか)
読み切れないまま、加速した斬撃が肩を捉えた。骨まで届くような、鈍い痛みが走る。
「――ぐっ……!」
たまらず片膝をつく。追撃とばかりに、男の剣が振り下ろされた。
とっさに影縛りで足元を拘束しようと試みるが、間に合わない。
(――まずい)
咄嗟に生み出したシャドウベールが、辛うじて直撃を防いでいた。だが、防御魔法ごと弾き飛ばされ、体は無様に地面を転がる。
砂利に塗れながら、ルークは荒い呼吸を整えた。全身に走る痛みが、現状の厳しさを何よりも雄弁に物語っていた。
(――このままじゃ、負ける)
冷静な部分が、そう結論を下していた。技術で劣り、経験で劣り、純粋な地力でも、決して優位とは言えない相手。このまま同じ戦い方を続ければ、待っているのは敗北だけだ。
(――だったら)
脳裏に、最後の切り札がちらついた。あの、憧れとはかけ離れた、化け物の姿。使えば、確実にこの均衡を覆せる。だが、使うたびに戻らない部分が蓄積されていくという代償を、頭の片隅が冷静に思い出させてくる。
(――迷ってる場合か)
男が、三度目の加速の構えを取った。今度こそ、避けられる保証はない。
ルークは、覚悟を決めた。
「――悪ぃ。本気、出すぜ」
声と共に、体の奥底で眠っていた力が、堰を切ったように溢れ出す。
二足歩行の狼のような輪郭が、影の中から立ち上がった。金色の瞳が、闇の中で妖しく輝く。焦げ茶色の翼が広がり、紫がかった鱗に覆われた尾が、地を打った。
変貌を目の当たりにした男の顔から、初めて余裕が消えた。
「――な、なんだ、その姿は……」
だが男は次の瞬間には動揺を抑え込み、一気に加速し斬りかかる。直前に予測されるであろう剣筋を変えてだ。
ルークはこの直前のフェイントにまんまと騙されるがそれでも尚、変身したルークの反射反応と動きの速度がそれを凌駕する。ルークにとって見てから動いて充分間に合うものであった。
男の剣をガードし反撃に爪を男の胸元に振るう。
「がああああっ!」
悲鳴が上がった。慌てて距離を取ろうとする男に、ルークは容赦なく追撃を仕掛ける。
「シャドウランス✖️10」
(当たればそれで良し、避けて体勢を崩したところで詰める。)
相手が避けたところに突っ込んで
ストレートを打つ。予備動作もある技術的にはつたないものだがそれでも尚避ける事が難しい速度を伴っていた。
更に避けにくいであろう胴体狙い、魔力を纏った拳が男の剣を叩き折り、そのまま相手の肩を砕く。
「――ば、化け物が……!」
「――ンだよ、それ)
その言葉に、内心で小さく自嘲する。今更、何を言われても驚きはしない。
トドメとばかりに放った蹴りが男の体を吹き飛ばした。地面を転がり、動かなくなったその姿を見届けると、ルークはようやく肩の力を抜いた。
(――勝った、のか……)
荒い息を整えながら、変身を解く。体中の傷が、遅れてやってきた痛みと共に主張し始めた。
(肩がクソ痛ぇ、、前世じゃ自然治癒で塞がるのを期待出来ない傷だな、ポーション買っときゃ良かったわ)
崩れ落ちそうになる体を叱咤し、ルークは月明かりの街道を、街から遠ざかるようにして歩き出した。
振り返ることはなかった。
バロメアという街で過ごした日々――ジャックたちとの、かけがえのない時間。それらを胸の奥にしまい込みながら、ルークは新たな道へと、一歩を踏み出していった。




