訣別
「――は? 人身売買の会場が、荒らされただと?」
ボルガードの声が、地を這うように低く響いた。
報告に上がった部下は、震えながら言葉を継いだ。
「金髪の大男が単身で乗り込み、会場を滅茶苦茶にしたと。品も、金も、根こそぎ台無しに……」
「――金髪、だと」
脳裏に、先日の報告が過ぎる。バズを叩きのめしたという、名も知れぬ金髪の大男。まさか同一人物か、あるいは別口か――どちらにせよ、続けざまにこの街での商売に泥を塗られたことに変わりはなかった。
「――ふざけやがって」
拳が、肘掛けを強く叩いた。
「探せ。街中、隅から隅までだ。見つけ次第、二度と立ち上がれねえようにしてやれ」
「はっ。ですが、相手の腕は相当なもので……」
「――だったら、あいつを出せ」
ボルガードの口の端に、剣呑な笑みが浮かんだ。
「ゴールドランクの依頼だって、涼しい顔でこなしてきた奴だ。あいつをぶつければ、素人がいくら暴れようと相手になるまい」
その名を聞いた部下が、小さく息を呑む。
「――かしこまりました。すぐに手配を」
部下が下がっていくのを見送りながら、ボルガードは低く笑った。
「――さて、化けの皮、剥がしてやろうじゃねえか」
街の噂は、瞬く間に広がっていった。
「聞いたか? 昨日の夜、倉庫街で派手な騒ぎがあったって」
「なんでも金髪の大男が一人で暴れ回って、悪党連中の人身売買を潰したらしいぜ」
焚き火を囲む面々の間でも、その話題で持ちきりだった。ジャックが興奮気味に身を乗り出す。
「――また、あの人か? バズをやっつけたっていう」
ルークは何食わぬ顔で、干し肉を齧っていた。だが、内心は穏やかではなかった。
(――思ったより、話が広まるのが早いな)
噂が広まるということは、それだけ組織側の耳にも届きやすくなるということだ。案の定、その日を境に、街の空気がどこか張り詰めているのを、ルークは肌で感じ取っていた。
(――そろそろ、潮時か)
人身売買を潰した以上、組織は本気で「金髪の男」を探し始めるだろう。その捜索の手が、ジャックたちの周辺に伸びてくる可能性は、決して低くない。
(――ここにいたら、こいつらを巻き込む)
覚悟は、すぐに固まった。
「――俺、そろそろこの街を出るわ」
夕暮れ時、いつもの拠点で、ルークは唐突にそう切り出した。
ジャックが、驚いたように顔を上げる。
「――は? 急に、なんだよ」
「なんとなくだよ。そろそろ、色んなとこ見て回りたくなってな」
あえて軽い調子で言い放つ。本当の理由を明かすつもりは、初めからなかった。
「――ふざけんな。急すぎるだろ」
「悪いな。世話になった」
「おい、待てよ!」
ジャックの声が、背中に飛んでくる。それでも、ルークは足を止めなかった。
振り返れば、決意が鈍る。今この瞬間だけは、薄情な奴だと思われたままでいい。それが、彼らを守る一番の方法だった。
「――元気でな、ジャック」
小さく呟いた声は、雑踏に紛れて、誰の耳にも届かなかった。
その夜、ルークは再び金髪の大男の姿に身を変え、あえて人目につく大通りを堂々と歩いていった。
(――俺が目立てば、それだけこいつらから目が逸れる)
自分に注目が集まるほど、ジャックたちへの追及は薄れるはずだった。囮になるつもりで、わざと目立つように、大通りをゆっくりと突っ切り、そのまま街の門をくぐって外へと歩を進める。
街を出てしばらく、月明かりだけが頼りの街道を歩いていた時だった。前方の闇の中から、殺気立った気配が滲み出てくるのを感じた。
足を止めると、そこには一人の男が立っていた。上質な装備に身を包み、只者ではない気配を纏っている。
「――お前が、例の金髪野郎か」
男が、酷薄な笑みを浮かべた。
「ナイトシェイドの用心棒だ。ゴールドランクの実力、とくと味わわせてやるよ」




