↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/56

人身売買

 薄暗い一室に、バズの怯えたような声が響いていた。かつてジャックたちにカツアゲを仕掛け、返り討ちに遭ったあの男だ。

「――だから、その、金髪のでけえ男に、いきなり……」

 豪奢な椅子に腰掛けた恰幅の良い男――ナイトシェイドを束ねるボス、ボルガードが、面倒くさそうに片手を振る。

「――もういい。要は、てめえは名も知らねえ野郎一人に、一方的にのされたってわけだ」

「す、すいやせん……」

「詫びなんぞいらねえよ。それより、その金髪野郎の顔と体格、もう一度詳しく言ってみろ」

 ボルガードの声色に、これまでの面倒くささが消え、低い凄みが混じった。

 バズは震える声で、記憶の限りを絞り出す。金髪、筋骨隆々、年の頃は二十代半ばか――要領を得ない証言だったが、ボルガードはそれを黙って聞き終えると、傍らに控える部下に短く命じた。

「――末端の縄張りで、その面に見覚えのある奴がいないか、それとなく探っとけ。表立って騒ぐんじゃねえぞ」

「はっ」

 部下が一礼して下がっていく。ボルガードは椅子の背にもたれ、値踏みするように虚空を睨んだ。

「――ただの喧嘩自慢のはぐれ者か、それとも――な」

 その先の言葉は、独り言のまま闇に溶けた。


それから幾日か、ルークたちの日々は、これまでと変わらず過ぎていった。

 依頼をこなし、時には魔物と切り結び、夜は仲間たちと笑い合う。バズの一件も、遠い過去のことのように、日常の中に埋もれていた。

 その日、依頼を終えて街へ戻る道すがら、ルークは一人で裏路地を歩いていた。ふと、路地の奥から漏れ聞こえる、小さな呻き声に足を止める。

 覗き込むと、粗末な布で目隠しをされ、縄で数珠繋ぎにされた子供たちが、屈強な男たちに追い立てられていくところだった。

(――奴隷、じゃねえよな。奴隷にしたって、こんな隠すような真似はしねえ)

 この国では、奴隷制度自体は存在するものの、正規の手続きを踏んだ売買であれば、堂々と行われるはずだった。目隠しをしてまで隠さねばならない理由――嫌な予感が、腹の底で疼いた。

 気配を殺し、隠蔽魔法で姿を消しながら、ルークは男たちの後を追った。

 辿り着いたのは、街外れの寂れた倉庫だった。中に踏み込むと――薄暗い会場の奥、粗末な檻の中に押し込められた、何十人もの子供たちの姿があった。壇上では、品定めをするような目つきの男たちが、値をつけ合っている。

(――やっぱり、か)

 込み上げてくる怒りを、ルークは奥歯を噛んで抑え込んだ。

(――落ち着け。これは、ナイトシェイドの本丸に繋がってる場所だ。下手に手を出したら……)

 ボルガードを頂点とする組織そのものに手をかける気はない。今の自分では、あの巨大な闇の全てを敵に回して、勝てる見込みなどないと、既に見切りをつけていたはずだった。

 だが。

(――これを、見過ごせって言うのか)

 檻の中で、体を寄せ合い震えている子供たちの姿が、目に焼き付いて離れなかった。

(――ダメだ。ここだけは、見過ごせねえ)

 理屈ではなかった。組織全体を敵に回すつもりはない。それでも、目の前のこれだけは、放っておけなかった。


ルークは、闇の魔力で姿を練り上げた。以前、バズを叩きのめした時と同じ、金髪の大男の姿。

(――ジャックたちを巻き込むわけにはいかねえ)

 自分の正体に繋がる手掛かりは、一つも残せない。だからこそ、この姿でいく必要があった。バズと因縁のある「金髪の男」であれば、たとえ組織に目をつけられても、ジャックたちの日常とは切り離された、別の存在として処理されるはずだ。

 覚悟を決めると、ルークは倉庫の壁を蹴破り、会場の中心へと躍り出た。

「――ここは、俺が終わらせる」

 悲鳴が上がり、会場は瞬く間に混乱に陥った。品定めをしていた男たちが、慌てて得物を構える。

 だが、ルークの敵ではなかった。具現化した闇の刃が、次々と男たちを斬り伏せていく。あえて手加減はせず、派手に暴れ回った。壁を破壊し、灯りを吹き飛ばし、これ以上ないほどの騒ぎを起こす。

(――派手にやれば、兵士だって嫌でも駆けつける)

 この街の兵士たちは、腐りきってなどいなかった。裏帳簿の一件で、それは既に証明済みだ。ならば、これだけの騒ぎを起こせば、必ず動いてくれるはずだった。

 遠くから、けたたましい呼子の音が響いてくる。

(――よし、来たか)

 だが、安堵と同時に、重い痛みが胸を刺した。

(――全員は、助けられねえ)

 檻を全て破壊し、子供たちを解放する時間はない。兵士が到着するまでの間に自分が去れば、残された子供たちの保護は、彼らの手に委ねるしかなかった。最善を尽くしたつもりでも、この手で最後まで見届けてやれないもどかしさが、胸を締め付ける。

(――すまねえ。あとは、頼んだ)

 声にならない謝罪を残し、兵士たちが雪崩れ込んでくる直前、ルークは闇の中へと姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。