人身売買
薄暗い一室に、バズの怯えたような声が響いていた。かつてジャックたちにカツアゲを仕掛け、返り討ちに遭ったあの男だ。
「――だから、その、金髪のでけえ男に、いきなり……」
豪奢な椅子に腰掛けた恰幅の良い男――ナイトシェイドを束ねるボス、ボルガードが、面倒くさそうに片手を振る。
「――もういい。要は、てめえは名も知らねえ野郎一人に、一方的にのされたってわけだ」
「す、すいやせん……」
「詫びなんぞいらねえよ。それより、その金髪野郎の顔と体格、もう一度詳しく言ってみろ」
ボルガードの声色に、これまでの面倒くささが消え、低い凄みが混じった。
バズは震える声で、記憶の限りを絞り出す。金髪、筋骨隆々、年の頃は二十代半ばか――要領を得ない証言だったが、ボルガードはそれを黙って聞き終えると、傍らに控える部下に短く命じた。
「――末端の縄張りで、その面に見覚えのある奴がいないか、それとなく探っとけ。表立って騒ぐんじゃねえぞ」
「はっ」
部下が一礼して下がっていく。ボルガードは椅子の背にもたれ、値踏みするように虚空を睨んだ。
「――ただの喧嘩自慢のはぐれ者か、それとも――な」
その先の言葉は、独り言のまま闇に溶けた。
それから幾日か、ルークたちの日々は、これまでと変わらず過ぎていった。
依頼をこなし、時には魔物と切り結び、夜は仲間たちと笑い合う。バズの一件も、遠い過去のことのように、日常の中に埋もれていた。
その日、依頼を終えて街へ戻る道すがら、ルークは一人で裏路地を歩いていた。ふと、路地の奥から漏れ聞こえる、小さな呻き声に足を止める。
覗き込むと、粗末な布で目隠しをされ、縄で数珠繋ぎにされた子供たちが、屈強な男たちに追い立てられていくところだった。
(――奴隷、じゃねえよな。奴隷にしたって、こんな隠すような真似はしねえ)
この国では、奴隷制度自体は存在するものの、正規の手続きを踏んだ売買であれば、堂々と行われるはずだった。目隠しをしてまで隠さねばならない理由――嫌な予感が、腹の底で疼いた。
気配を殺し、隠蔽魔法で姿を消しながら、ルークは男たちの後を追った。
辿り着いたのは、街外れの寂れた倉庫だった。中に踏み込むと――薄暗い会場の奥、粗末な檻の中に押し込められた、何十人もの子供たちの姿があった。壇上では、品定めをするような目つきの男たちが、値をつけ合っている。
(――やっぱり、か)
込み上げてくる怒りを、ルークは奥歯を噛んで抑え込んだ。
(――落ち着け。これは、ナイトシェイドの本丸に繋がってる場所だ。下手に手を出したら……)
ボルガードを頂点とする組織そのものに手をかける気はない。今の自分では、あの巨大な闇の全てを敵に回して、勝てる見込みなどないと、既に見切りをつけていたはずだった。
だが。
(――これを、見過ごせって言うのか)
檻の中で、体を寄せ合い震えている子供たちの姿が、目に焼き付いて離れなかった。
(――ダメだ。ここだけは、見過ごせねえ)
理屈ではなかった。組織全体を敵に回すつもりはない。それでも、目の前のこれだけは、放っておけなかった。
ルークは、闇の魔力で姿を練り上げた。以前、バズを叩きのめした時と同じ、金髪の大男の姿。
(――ジャックたちを巻き込むわけにはいかねえ)
自分の正体に繋がる手掛かりは、一つも残せない。だからこそ、この姿でいく必要があった。バズと因縁のある「金髪の男」であれば、たとえ組織に目をつけられても、ジャックたちの日常とは切り離された、別の存在として処理されるはずだ。
覚悟を決めると、ルークは倉庫の壁を蹴破り、会場の中心へと躍り出た。
「――ここは、俺が終わらせる」
悲鳴が上がり、会場は瞬く間に混乱に陥った。品定めをしていた男たちが、慌てて得物を構える。
だが、ルークの敵ではなかった。具現化した闇の刃が、次々と男たちを斬り伏せていく。あえて手加減はせず、派手に暴れ回った。壁を破壊し、灯りを吹き飛ばし、これ以上ないほどの騒ぎを起こす。
(――派手にやれば、兵士だって嫌でも駆けつける)
この街の兵士たちは、腐りきってなどいなかった。裏帳簿の一件で、それは既に証明済みだ。ならば、これだけの騒ぎを起こせば、必ず動いてくれるはずだった。
遠くから、けたたましい呼子の音が響いてくる。
(――よし、来たか)
だが、安堵と同時に、重い痛みが胸を刺した。
(――全員は、助けられねえ)
檻を全て破壊し、子供たちを解放する時間はない。兵士が到着するまでの間に自分が去れば、残された子供たちの保護は、彼らの手に委ねるしかなかった。最善を尽くしたつもりでも、この手で最後まで見届けてやれないもどかしさが、胸を締め付ける。
(――すまねえ。あとは、頼んだ)
声にならない謝罪を残し、兵士たちが雪崩れ込んでくる直前、ルークは闇の中へと姿を消した。




