サイラス・オルグレイブ パート4
国境の山中、人目につかぬよう闇の魔力で覆い隠した小屋の中に、サイラスはいた。
部屋の中央、水属性の魔法で編み上げられた氷の棺の中に、イリスは眠っていた。あの日のままの、穏やかな寝顔。時を止めたその姿を見るたび、サイラスの中で、あの夜の記憶が鮮明に蘇る。
(――待っていてくれ。必ず、お前を取り戻す)
棺に触れる指先は、いつも冷たく強張っていた。それでも、この冷たさこそが、イリスをこの世に繋ぎとめている証だった。
壁一面に積み上げられた書物と、乱雑に広げられた資料の山。その中心で、サイラスは日々、蘇生への糸口を探し続けていた。
蘇生の可能性として、サイラスが目をつけたのは、かつて視察に訪れた辺境の祠にまつわる、大悪魔の伝承だった。
バラバラにされても死なない、不死身の化け物。その身体の欠片には、何かしらの再生の理――魂を繋ぎ止める術理が、宿っているのではないか。確証など何もない、あくまで一つの可能性に過ぎなかった。それでも、他に縋る当てのないサイラスにとって、それは十分すぎるほどの希望だった。
(――まずは、確かめなければ)
だが、伝承を漁れば漁るほど、サイラスは思い知らされることになった。正統な闇属性魔法の知識だけでは、到底、蘇生という奇跡には届かない。
肉体を留め置く技術を突き詰めるなら、錬金術の領域に踏み込む必要があった。魂そのものに干渉する術理を求めるなら、正規の魔法体系の外にある、黒魔術や呪法にまで手を伸ばさねばならない。
どれも、まっとうな魔法使いが触れるべきではない、禁忌の知識だった。だが、サイラスに躊躇いはなかった。
(――今更、何を恐れる必要がある)
すでに、大勢の命を奪った身だった。これ以上、失うべき何かなど残っていない。
サイラスは、闇市や裏の伝手を頼り、禁書と呼ばれる古文書を買い漁った。錬金術の秘伝書、呪術師の手記、出所も定かでない黒魔術の断片資料。どれも一つとして体系立った知識ではなく、断片同士を継ぎ接ぎしながら、独学で理解を組み上げていくしかなかった。
根気のいる作業だった。だが、天才ではない自覚があるからこそ、サイラスは焦らなかった。一つずつ、確実に。石を積むように、知識を積み上げていく。
そんな中、サイラスがどうしても手に入れられずにいる書物が、二つあった。
一つは、「屍霊典」。人の皮を装丁に用い、血で文字が綴られているという、実在すら定かでない伝説の禁書。生者の肉体を死してなお操るという、蘇生とはまた異なる方向性の秘術が記されているとされていた。
もう一つは、「腐屍録」。腐敗という現象そのものを力の源に変換する術理を記した書物だという。手に入れば、遺体の保存という今の泥縄的な対処に、根本から光を当てられるかもしれない。
どちらも、闇の学者たちの間ですら、半ば伝説扱いされている代物だった。存在するという噂だけが独り歩きし、実際に手にした者がいるという話は、聞いたことがない。
(――いつか、必ず)
手に入らないと分かっていながらも、サイラスはその二冊への渇望を、捨てられずにいた。むしろ、手が届かないからこそ、余計に焦がれるものがあった。
夜な夜な、蝋燭の灯りの下で、断片的な資料を読み解いていく。時折、氷の棺の中で眠るイリスに視線をやり、また資料に向き直る。その繰り返しの中に、サイラスの日々のすべてがあった。
(――待っていてくれ)
誰に届くわけでもない言葉を、サイラスは今日も、静かに繰り返していた。




