# 第六十六話 断りきれない誘い
エルフの郷での復興が、ある程度軌道に乗った頃、私たちは王都への帰路についた。
王都の門をくぐると、待っていたのは、思いがけない光景だった。門の前には、大勢の人々が詰めかけていた。
「帰ってきたぞ! エルフの郷を救った連中だ!」
誰かの声を合図に、割れんばかりの歓声が上がった。押し寄せる人々の中には、見覚えのある顔も多くあった。ダレンの元部下たち、ヨナのギルドの職人たち、そして、その様子を少し離れた場所から静かに見守り、軽く会釈をするヴォクスの姿もあった。
その熱狂の中を、私たちはひとまず、拠点へと戻った。だが、落ち着く間もなく王城からの使者が訪ねてきた。
「陛下より、正式な拝謁の許しが下りました。此度の働きに対する褒賞と、ご下問がございます」
数日後、私たちは王城の謁見の間に通されることになった。玉座には、評議会で救援の決定を下した、若き王の姿があった。
「此度の働き、見事であった」
王はそう切り出すと、私たち一人一人の顔を順に見渡した。
「魔獣の脅威を退け、多くの命を救った。その功績は、正式に記録に残す。褒賞として望むものがあれば、遠慮なく申し出るがよい」
その言葉に、レクシアが一歩前に出た。
「畏れながら、申し上げます。私たちは、褒賞のために動いたわけではありません」
レクシアの声は、はっきりとしていた。
「私は、ただサジタの、故郷を守りたかっただけです。褒賞はいただけません」
マレアも、頷いた。
「あたしも同じです。仲間のために動いただけで、何かを求めたわけじゃない」
私も、静かに頭を下げた。
「私自身も、望むものは特にございません。皆が、それぞれの力を尽くした結果です」
王は、その様子を興味深そうに眺めていた。
「褒賞は不要、か。だが、それでは私の立場がない」
王は、そう言うと、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「国を治める者として、これほどの功績に何も報いぬわけにはいかん。そこで、一つ提案がある」
王は、そこで、傍らに控えていた書記官らしき者に目配せをした。
「この国には、国家冒険者指名制度、というものがある。国家の要請に基づき、特定の人物を、期間限定で特別な任務に指名できる制度だ」
その言葉に、私は嫌な予感を覚えた。
「そなたを、王立アカデミーへ指名しようと思う。あそこの型にはまった教育に、そなたのあの理屈で気づきを与える指導法を、一度試してみてほしい」
「畏れながら、私はそのような大層な場に相応しい人間では」
私が遠慮しようとすると、王はそれを遮るように続けた。
「これは命令ではない。あくまで提案だ。断ってくれても構わん」
その言葉に、私は少し拍子抜けした。
「ただし」
王は悪戯っぽく続けた。
「そなたの、あの弟子の……ヴォクス、と言ったか。あの若者の進言があったから、こうしてそなたに、目をかけているということもある。あの、評議会での弁舌がなければ、私はそもそも、エルフの郷を救おうとすら思わなかったかもしれん」
その言葉に、私ははっとした。ヴォクスが、私のために、王に何かを進言していたとは初耳だった。
「あの若者は、そなたの教えが、いかに人を変えるかを、身をもって語ってくれた。私は、その話にいたく感銘を受けてな」
王はまっすぐに、私を見た。その目には、権力者の傲慢さではなく、純粋な好奇心にも似た、熱意が宿っているように見えた。
「一年だけで構わん。そなたの教育というものを、この国の中枢で、試してみてはくれぬか」
私はしばらく答えに詰まった。断ろうと思えば、断れたはずだった。だが、このどこか、憎めない王の頼み方に、私は次第に、心が揺らいでいくのを感じていた。
「……一年、だけでしょうか」
「約束しよう。一年経てば、そなたの好きにするがいい」
私は、深く息を吐いた。
「わかりました。一年間、お引き受けいたします」
その返事に、レクシアたちが驚いたようにこちらを見た。私は、少し苦笑いを浮かべながら、その視線に応えた。
「断れる雰囲気じゃなかった」
王は、満足げに頷いた。
「では、早速手続きを進めさせよう。良い返事を聞かせてもらった」
謁見の間を出た後、私は王都の空を見上げた。一年間。王立アカデミーという、まったく違う場所で、自分の教育がどこまで通用するのか。不安と、それでも、微かな好奇心とが、胸の中で入り混じっていた。




