# 第六十五話 郷の陽だまり
魔獣を退けた後もしばらくの間、私たちはエルフの郷に留まることになった。
復興の作業には人手がいくらあっても足りなかったし、何より住民たちの心の傷が癒えるまでには時間が必要だった。ヨナのギルドが建て直す家屋の音が響く中、郷にはゆっくりと日常が戻りつつあった。
その穏やかな空気の中で、私はある変化に気づき始めていた。
「先生、隣、いいですか」
夕食の席で、サジタが当たり前のように私の隣に座ろうとする。だがその瞬間、横から素早く割り込んできたのはレクシアだった。
「私が先」
「私の方が先に声をかけました」
「関係ない」
二人の間に、火花が散るような緊張が走る。私は、その様子を眺めながら、ただ首を傾げるばかりだった。
「二人とも、仲がいいな」
私がそう漏らすと、マレアとアウラが、噴き出すように笑い声を上げた。
「先生、それは違うと思います」
アウラが、笑いを堪えながらそう言った。だが私には、その意味がよくわからなかった。
「仲が悪いようには見えないが」
「そういう話じゃ、ないんだよなあ」
マレアも、呆れたように肩をすくめていた。私は、二人の反応に首を捻りつつも、それ以上深くは考えないことにした。
郷での暮らしの中で、私は思いがけず、サジタの父にも気に入られるようになっていた。
「あなたの教え方には、驚かされてばかりだ」
ある夜、サジタの父が、そう言って酒を勧めてきた。長い年月を生きてきたエルフの言葉には、含蓄があった。
「娘を、あそこまで変えてくれた。感謝してもしきれない」
「私は、きっかけを与えただけです。育ったのは、サジタ自身の力です」
私がそう返すと、父は満足げに笑い、それからも何度か、私を家に招いてくれるようになった。
郷の住民たちからの目も、次第に変わっていった。最初は余所者として警戒されていたが、復興の手伝いを続けるうちに、少しずつ、打ち解けた挨拶を交わす相手が増えていった。
ある日、郷の外れを歩いていた私は、ある植物の群生に目を奪われた。
「これは……見たことのない葉の付き方だ」
しゃがみ込んで、その葉脈の形を、飽きることなく観察する。茎の断面を割ってみると、内側の構造にも、独特の規則性があった。
「先生、また何か見つけたんですか」
通りかかったサジタが、呆れたような、それでいて面白がるような声をかけてきた。
「見てくれ、この葉の並び方。螺旋になっている。角度を測ると、ある一定の数に近づく気がする」
「先生のそういうところ、変わってますよね」
サジタは笑いながらも、隣にしゃがみ込み、一緒にその葉を覗き込んでいた。
そんな私の様子を見た郷の子どもたちが、いつしか、興味津々に集まってくるようになった。
「先生、それ何してるの」
「僕にも見せて」
子どもたちにせがまれるまま、私は、郷の広場に、簡単な青空教室を開くことになった。黒板の代わりに地面を使い、木の枝を筆代わりにして、植物の仕組みや、星の動き、簡単な数の数え方などを、思いつくままに語って聞かせた。
最初は数人だった生徒が、日を追うごとに増えていった。エルフの子どもたちの吸収の早さには、私自身、驚かされることが多かった。
「せんせい、明日も来る?」
ある子が、そう無邪気に尋ねてきたとき、私は、この郷での日々が、思っていたよりずっと、自分の中に、深く根を下ろしていることに気づいた。
だが、いつまでもここに留まっているわけにはいかなかった。王都からは、そろそろ戻ってきてほしいという催促の使者が、幾度か訪れていた。
「そろそろ、帰る頃合いか」
私が呟くと、レクシアが少し寂しげな顔をした。それでも、すぐに、いつもの調子で頷いた。
「帰りましょう。ここで学んだことも、たくさんありますし」
旅立ちの朝、郷の入り口には、見送りの人々が集まっていた。子どもたちが、口々に「また来て」と声をかけてくる。サジタの父も、静かに、深く頭を下げてくれた。
王都への道を、私たちは、少し重い足取りで、それでも確かな充実を胸に、歩き出した。




