# 第六十四話 貫く一矢
「マレア!」
私は、折れた矢を握りしめたまま、戦線の近くまで、駆け寄った。
「先生、危ない!下がってて!」
「聞いてくれ!思いついたことがある」
私は、荒い息のまま、矢柄の空洞を、マレアに示した。
「表面からいくら攻撃を叩き込んでも効かない。ならば、外からじゃなく、中から、直接、届かせればいい」
「中から?」
「この矢を、中を空洞にしたまま、関節の隙間に、深く撃ち込む。そこに、レクシアの魔法を、この空洞を通して、直接注ぎ込むんだ」
マレアは、一瞬、目を見開いたが、すぐにその意味を理解したようだった。
「管みたいに使うのか。面白い、やってみる」
マレアは、その場に、即席の作業場を、作り上げた。手持ちの矢柄を、次々と加工し直していく。ただ空洞にするだけでは、飛行中に強度が保てない。マレアは、以前、剣の焼き入れで培った理屈を応用し、外側の壁を薄く、しかし粘り強く仕上げることで、強度と軽さを両立させていった。
「回転をうまくかけられれば、飛行も安定する。だが、普通の矢より確実に重くなる」
マレアがそう告げると、サジタは迷わず頷いた。
「撃てます。私の計算なら、重さの差分は補正できる」
完成した矢は、通常のものより、明らかに重量があった。だが、サジタは、その重さを瞬時に頭の中の計算式に組み込み直した。風の抵抗、落下の幅、そして、回転による軌道の安定。それらすべてを、一射のうちに計算し尽くす。
「レクシア、合わせて!」
サジタの声に、レクシアが、頷いた。
「タイミングは、任せる!」
サジタは、大きく、弓を引き絞った。
重い矢柄が、しなるほどの力で、引かれる。
魔獣が、大きく、脚を振り上げた、その一瞬。
関節の隙間が、僅かに、露わになった。
矢が、放たれた。
回転をかけられた矢は、風を切り裂きながら、まっすぐに、その隙間へと、吸い込まれていった。
矢尻が、深々と、関節の内部に、突き刺さる。
「今!」
レクシアが、叫んだ。
彼女が思い描いたのは、複雑な体内の構造などではなかった。
ただ、目の前にある、一本の空洞を、まっすぐに、駆け抜けていく、熱の奔流。
単純で、確信に満ちた、その像だけを、迷いなく、結晶させる。
矢の空洞を通り、魔力が、直接、関節の内部へと、注ぎ込まれていく。
外から加えるのとは、比較にならない密度で、熱が、内側から、一気に、膨れ上がった。
魔獣が、これまでにない、断末魔のような咆哮を、上げた。脚の関節が、内側から、弾けるように、崩れ落ちる。巨体が、大きく、傾いだ。
「もう一本!」
サジタが、間髪入れず、二の矢をつがえた。同じ箇所に、正確に、撃ち込まれた矢が、レクシアの魔力を、再び、送り込む。
二度目の一撃で、魔獣は、ついに、大地を揺らして、倒れ伏した。
群れの残りも、統率を失い、算を乱して、森の奥へと、逃げ去っていった。
郷に、割れんばかりの歓声が上がった。
サジタは、弓を下ろし、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「終わった……の?」
「終わった」
私は、その傍らにそっと座り、静かに頷いた。全身が泥と煤にまみれ、疲労で、指先まで震えていた。それでも、心のどこかは、不思議なほど満たされていた。
少し遅れて、アウラも駆けつけてきた。その腕には、いくつもの擦り傷が見えたが、表情は達成感に満ちていた。
「皆、無事ですか」
「ああ、お前のおかげで、住民は、誰も巻き込まれずに済んだみたいだ」
私がそう伝えると、アウラは少し照れくさそうに笑った。
「先生の思いつきがなかったら、危なかった」
レクシアがそう言いながら、隣に腰を下ろした。
「俺は、何もしていない。矢を見て、思いついただけだ。形にしたのはマレアだし、当てたのは、サジタだ。それに、注ぎ込んだのは、お前の魔法だ。それに、住民を守り抜いたのは、アウラだ」
私がそう返すと、三人は顔を見合わせ、疲れた様子ながらも笑い合った。
サジタの父が、こちらに近づいてきた。娘に向ける眼差しには、これまでとは明らかに違う色が浮かんでいた。
「お前があれほどの、弓の使い手になっていたとは。それに、あの正確な指示。以前の我らの教えとは、まるで違う」
「王都で、ここにいる皆さんに教わりました。皆、それぞれの理由で、欠けを抱えながら、それでも前に進んでいる人たちです」
サジタは、そう言うと、まっすぐに父を見つめた。
「私は、あの場所で、初めて、自分の生き方を見つけました」
父は、しばらく、何も言えずにいたが、やがて、深く頭を下げた。
「今日のことは、決して忘れん。娘を、育ててくれたこと、感謝する」
その言葉に、サジタは涙を堪えるように、唇を強く結んだ。
それから数日が経ち、郷の復興が少しずつ、始まった頃。王都から、追加の支援隊が到着した。
その先頭に立っていたのは、ミラだった。
「遅くなりました!物資の配分計画を、組み直すのに時間がかかってしまって」
ミラはそう言うと、インクで汚れた手で、荷馬車から大量の帳簿と支援物資の目録を下ろし始めた。
「限られた物資を、どの家にどれだけ、どの順番で配るか。最も効率よく行き渡らせる方法を考えましょう!」
その差配は、驚くほど的確だった。ミラの計算に従って、物資は無駄なく必要な場所へと、届けられていった。ヨナのギルドが建て直す家屋の順番も、ミラの計画に沿って被害の大きい世帯から、優先的に組まれていった。
「数字が、こうして、誰かの暮らしを支える役に立つ。何度経験しても、不思議な気持ちになります」
ミラがそう言って、静かに、微笑んだ。
瓦礫の中から、少しずつ、新しい家屋が姿を現していく様子を見ながら、私はこの場に集まった、すべての縁の重みを、改めて噛み締めていた。




