# 第六十三話 郷の炎
エルフの郷に辿り着いたとき、目に飛び込んできたのは、想像していた以上に、無残な光景だった。
防護柵は決壊し、燃え落ちた家屋、逃げ惑う人々の悲鳴。郷の中心部では、巨大な魔獣の群れがなおも暴れ続けていた。以前、レクシアが大盾と共に討伐した、あの熊型の魔獣よりもさらに一回り大きい個体が、群れの中心にいるのが見えた。
「サジタ!」
誰かがその名を叫んだ。振り返ると、一人のエルフの男がこちらに向かって駆け寄ってくるところだった。
見た目は、青年と言っても通るほど若々しかったが、その佇まいには長い年月を生きてきた者だけが纏う、独特の重みがあった。サジタの父だった。
「お前……戻ってきたのか」
「当たり前です。ここが、私の故郷ですから」
サジタは、短くそう答えるとすでに弓を構えていた。
「状況を教えてください。魔獣の数、負傷者の位置、避難していない住民は」
父は、一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐに状況を簡潔に語り始めた。かつて、感覚だけで弓を放っていた娘が、今、冷静に状況を整理し、指示を出そうとしている。その変化に、戸惑いを隠せない様子だった。
隊列は、すぐさま展開に移った。ダレンと元部下たちが、住民の避難誘導と防衛線の構築を担当する。冒険者たち、レクシアとマレアは、サジタと共に、群れの中心へと駆けていった。
私は、剣も使えず、魔法も使えない。この場において、自分にできることは限られている。それでも、突っ立っているわけにはいかなかった。
「怪我をしている方は、こちらへ! 歩ける方は、私と一緒に東の広場へ避難しましょう!」
私は、声を張り上げながら、逃げ惑う住民たちの間を駆け回った。腰の抜けた老婆を背負って、瓦礫の間を縫うように進む。泣きじゃくる子どもの手を引き、崩れかけた家屋の陰から安全な場所まで、何度も往復した。
その途中、崩れた家屋の下敷きになりかけている青年を見つけた。
「そこにいる人、聞こえますか!」
瓦礫の隙間から、微かな呻き声が返ってきた。私は、一人で持ち上げるには、あまりに重すぎる木材を前に、途方に暮れかけた。だが、諦めるという選択肢は頭になかった。
「誰か、力を貸してください!」
私の叫びに、近くにいたヨナのギルドの職人たちが駆けつけてくれた。
「センセイ、下がってな。ここは、俺たちの仕事だ」
職人たちの手によって、木材は手際よく取り除かれていった。救い出された青年は足を痛めていたが、命に別状はなさそうだった。
「良かった」
私は、その場にへたり込みそうになりながら、安堵の息を吐いた。自分に大した力はない。それでも、目の前の一人をこうして救うための手助けくらいはできる。その事実だけが、今の私をかろうじて支えていた。
その間も、群れの中心では激しい戦闘が続いていた。
巨大な魔獣は、以前、レクシアが戦った個体よりも、遥かに分厚い皮膚を持っていた。放たれた炎は、表面を焦がすだけで、深いダメージには至らない。
「効かない……!」
レクシアが苦々しく呟いた。何度も系統を変え、水を、風を、雷を、次々と試みたが、いずれも表皮の分厚さに阻まれ、決定打には至らなかった。
サジタの矢も、同様だった。狙いを脚の関節へ、幾度となく集中させたが、魔獣の動きがあまりに素早く、正確に急所を捉えることができない。
「駄目だ、狙いが逸れる」
サジタが、悔しげに歯を食いしばった。眼鏡の奥の目が、必死に、魔獣の動きを追っていたが、これまでのどの獲物よりもその挙動は不規則で予測がつかなかった。
マレアも、手持ちの武器を片端から試していた。だが、鍛冶で作られた通常の武具ではあの分厚い皮膚にまともな傷一つつけられなかった。
「くそ、このままじゃ」
魔獣の一撃が、レクシアのすぐ傍を掠めた。地面が、大きく抉れる。三人とも次第に追い詰められていくのが、離れた場所からでも、はっきりとわかった。
私は避難誘導を続けながら、その光景を視界の端で捉え続けていた。何もできない自分が、もどかしかった。それでも、何か力になれることはないか。頭の中で、必死に考えを巡らせていた。
ふと、地面に転がった折れた矢の一本が、目に留まった。
その、中が空洞になった細い矢柄を見つめながら、私の中である考えが形を取り始めていた。




