#第六十二話 郷への道
サジタを追いかけて拠点を飛び出すと、彼女はすでに王都の門へと向かって走り出していた。
「サジタ、待ってくれ」
声をかけても、足は止まらなかった。振り返った顔には、これまで見たことのない必死さが浮かんでいた。
「待てません。故郷が燃えているかもしれないんです」
その一言に、私は返す言葉を失った。レクシアとマレアもすぐに追いついてきた。
「私たちも行く」
レクシアが、迷いのない声でそう言った。マレアも無言のまま頷いた。
冒険者ギルドには、すでに緊急依頼が発令されていた。エルフの郷まで、王都の援軍と物資を運ぶための隊列が、慌ただしく組まれ始めている。私たちは、その一団に加わることになった。
出発の準備を進める中、拠点にも様々な報せが届いた。
ダレンが、かつての部下たちを率いて、有志として防衛部隊として同行することが決まったという知らせ。ミラが、物資の輸送を準備しているという知らせ。ヨナのギルドが、道具一式を担いで、復旧要員として名乗りを上げたという知らせ。
「私たちの作品を売った金です。少しでも、役に立ててください」
フランチェスカとマリオからは、そんな言葉と共に、まとまった額の寄付がミラのもとに届けられていた。
拠点で育った者たちが、それぞれの持ち場で、この危機に動いてくれていた。かつて、ただ生き延びることしか考えられなかった私が、今、これほど多くの人と繋がっている。その事実に、私は胸を熱くした。
出発の朝、王都の門には想像していたより多くの人が集まっていた。かつて、エルフの郷とは距離のあった王都が、今、これほどの規模で動いている。その事実に、私は少なからず驚いていた。
「僕の弁舌が、少しは役に立ったみたいですね」
見送りに来たヴォクスが、そう言って控えめに笑った。詰まりながらも、確かな響きを持つその声には、以前にはなかった自信が滲んでいた。
「ありがとうございます」
サジタが、深く頭を下げた。ヴォクスは、少し照れたように首を振った。
隊列が動き出す。王都の門が、次第に遠ざかっていく。サジタは、その間ずっと、前だけを見つめていた。
「間に合って」
誰にともなく、そう呟いた声を、私は聞き逃さなかった。
エルフの郷までは、馬を飛ばしても数日はかかるという。隊列の中には、王都から派遣された正規兵、志願した冒険者、そしてダレンの元部下たちの姿もあった。ダレンは、義足の脚で、危なげなく馬を操りながら、隊の後方をまとめていた。
「先生、久しぶりだな」
ダレンが、馬を寄せてきてそう声をかけてきた。
「お互い、忙しくなりましたね」
「忙しいのは、悪いことじゃねえ。誰かの役に立てるってことだからな」
その言葉には、かつての荒んだ様子が嘘のような、確かな充実が滲んでいた。
道中、サジタは、ほとんど口を開かなかった。私は、その横顔を時折窺いながら、声をかけるべきかどうか、迷い続けていた。
二日目の夜、野営の火を囲んでいるとき、私は思い切ってサジタに声をかけた。
「怖いか」
サジタは、しばらく黙っていたが、やがて、小さく頷いた。
「怖いです。あの里は、私を、出来損ないだと、切り捨てた場所でもあります。それでも」
サジタは、そこで、言葉を切った。
「それでも、そこには、私を育ててくれた土地があって、幼い頃、一緒に遊んだ子どもたちもいます。憎んでいるつもりでも、心のどこかで、ずっと、気にかけていたんだと思います」
その言葉には、複雑な、それでいて確かな情愛が滲んでいた。
「間に合わせよう」
私がそう言うと、サジタは、初めて少しだけ表情を緩めた。
「はい」
その夜、レクシアもそっとサジタの隣に座った。
「私も、あなたの故郷を守りたい」
レクシアの言葉に、サジタは驚いたように顔を上げ、それから静かに頷いた。
マレアもまた、道中、休む間も惜しんで、手持ちの金属片を打ち直し、簡易的な矢尻を、いくつも作り足していた。
「サジタ、これ、使って」
差し出された矢尻の束を、サジタは、大切そうに、受け取った。
「ありがとう、マレア」
誰も、多くを語らなかった。それでも、隊列を組む一人一人の中に、確かな覚悟が静かに宿っているのが、私にははっきりと感じられた。
三日目の朝、遠くの空に、うっすらと黒い煙が立ち上っているのが見えた。
サジタの足が、思わず止まった。
「あれが」
「まだ、間に合う」
私はそう言って、サジタの背をそっと押した。サジタは、唇を強く結び、再び前を向いて歩き出した。




