# 第六十一話 詰まりながらの弁舌
エルフの郷への救援の可否を話し合う緊急の評議会が、王都の議事堂で開かれることになった。
私たちはその報せを受け、居ても立ってもいられなかった。だが、身分もない一介の教師と、その教え子たちに議場に立ち入る資格は与えられていなかった。
その扉を、こじ開けたのがヴォクスだった。
「僕に、行かせてください」
ヴォクスはそう申し出た。
「あの議場には、僕の、父と兄がいます。名家の一員として、発言する権利だけは、僕にも、あるはずです」
その声には、これまでの詰まりがちな話し方とは、また違う切迫した緊張が滲んでいた。
議事堂の大広間には、王都の重鎮たちが並んでいた。壇上には、ヴォクスの父と兄の姿もあった。さらに奥、一段高い玉座には、若くして即位したこの国の王の姿もあった。
「エルフの郷とは、これまで深い関わりを持ってこなかった土地だ。多大な犠牲を払ってまで、救援に乗り出す理由があるとは思えん」
保守的な貴族の一人が、そう、切り捨てるように発言した。議場の空気は、明らかに消極的な方向に傾いていた。
その時、末席から一人の青年が立ち上がった。
「発言、を、お許し、ください」
ヴォクスだった。議場が、一斉にその姿に注目した。
「あの出来損ないの次男が何を」
誰かが、そう小さく嘲るように呟いた。ヴォクスの父の顔にも、明らかな苦々しさが浮かんでいた。
だが、ヴォクスは怯まなかった。ゆっくりと、拍を意識しながら、言葉を紡ぎ始めた。
「エルフの、郷が、今、この、瞬間にも、滅びようと、しています。この場に、いる誰もが、遠い、他人事だと、思っている、かもしれません」
声は、震えていた。それでも止まらなかった。
「ですが、今、この時を、逃せば、助かる、はずの命が、明日には、もう、この世に、存在しなくなります。老いた者も、幼い子どもも、等しく、炎に、飲まれていく。それが、今、まさに、起きていることです」
議場が静まり返った。
兄が、椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「弟よ、感傷論で国政が動かせると思っているのか」
その声には、これまでにない鋭い苛立ちが滲んでいた。
「犠牲に見合う利益がなければ、援軍は送れん。それが、現実というものだ。お前のような机上の綺麗事しか知らない人間には、わからんだろうがな」
「利益、ですか」
ヴォクスは、兄をまっすぐに見据えた。
「では、兄上に、伺います。人の命に、見合う、利益とは、一体、いくらなのですか。いくつの、命なら、切り捨てても、良いという、計算になるのですか」
兄の顔が、大きく歪んだ。
「屁理屈を言うな! 国を動かす者には非情にならねばならん場面が、あるということだ!」
「非情と無関心を履き違えているのは、兄上の方ではありませんか」
ヴォクスの声が、初めて、詰まりを感じさせないほどの、強さを帯びた。
「僕は、その郷から来た、大切な、仲間を、知っています。彼女は、故郷から、認められず、苦しみながらも、それでも、故郷を、憎むことは、ありませんでした。そんな彼女の、大切な人たちを、見捨てろと、僕に、言うのですか」
「できそこないの、分際で……!」
「兄上!」
ヴォクスの一喝が、議場に響き渡った。これまでの、詰まりがちな声とはまるで違う、鋭い一喝だった。
「僕は、兄上のような、流暢さは、持っていません。それでも、僕は、僕の、言葉で、伝えたいことが、あります。見捨てることは、簡単です。ですが、見捨てた先に、残るのは、何も、ありません」
議場が、水を打ったように静まり返った。兄は、何かを言い返そうとしたが、言葉に詰まり、そのまま口を噤んだ。
その長い沈黙を破ったのは、玉座からの静かな声だった。
「面白い」
若き王が、そう呟いた。
「利益で測れぬものを切り捨て続けた先に、この国に何が残る。今の一言、私の胸にも深く突き刺さった」
王は、ゆっくりと立ち上がった。
「エルフの郷への、救援を正式に決定する。反対の声はあろう。だが、今、この場で私が決める」
その裁定に、議場からどよめきが起こった。ヴォクスの父は、複雑な表情のまま何も言葉を発さずにいた。
評議会が解散となった後、議事堂を後にするヴォクスの背に声がかかった。振り返ると、兄がそこに立っていた。
「兄上」
「……さっきのは」
兄は、そこで一度言葉を切り、それから、決まりの悪そうな顔で続けた。
「なかなか、良かったぞ」
その一言だけを残し、兄は足早にその場を去っていった。ヴォクスは、しばらく、その後ろ姿を呆然と見つめていた。
ヴォクスが評議会に向かって間もない頃、拠点に戻ってきたサジタは、その報せを聞くなり、迷わず弓を掴んだ。
「行きます」
その声には、これまでにない切迫した響きがあった。誰かが止める間もなく、サジタは拠点を飛び出していった。
「待て、サジタ!」
私は慌ててその後を追った。レクシアとマレアもすぐ後ろに続いた。




