# 第五十九話 間合いの言葉
ヴォクスとの授業は、まず、彼の詰まる瞬間を丁寧に観察することから始まった。
「どんな時に、特に詰まりやすいですか」
私が尋ねると、ヴォクスは少し考え込んだ。
「大勢の前で、話す時。それから……早く、伝えなければ、と、焦っている時」
「逆に、詰まりにくい時は」
「一人と、話している時は、まだ、楽です。それに……なぜか、歌うときは、ほとんど、詰まりません」
その言葉に、私は興味を引かれた。
「歌うとき、詰まらないというのは、大事な手がかりかもしれません」
私は、紙に簡単な図を描いてみせた。話し言葉は、一つ一つの音を瞬間ごとに、区切って発する動作の連続だ。だが、歌には、そこに、一定の拍子とリズムがあらかじめ備わっている。
「言葉に、リズムというあらかじめ決まった型を添えてみたら、どうでしょう」
ヴォクスは、怪訝な顔をした。
「演説に、歌うような、リズムをつける、ということですか」
「そうです。一定の間合いで、言葉を区切る練習をしてみましょう」
私は、簡単な拍子を手で叩きながら、ヴォクスにその拍に合わせて、言葉を発してみるよう、促した。
「ひ、ふ、み……この拍に合わせて。まずは、一音ずつでいい」
最初は、ぎこちなかった。だが、繰り返すうちに、ヴォクスの言葉に少しずつ一定のリズムが宿り始めた。
「不思議です。拍が、あると……次に、何を言うか、身体が、先に、わかっている感じがします」
ヴォクスが、驚いたようにそう漏らした。
「詰まるのは、次の言葉への切り替えの瞬間に、身体がうまく対応できていないからかもしれません。拍という、あらかじめの型があれば、その切り替えの負担が減る」
それから幾度となく、練習が重ねられた。単なるリズムだけでなく、間の取り方、呼吸の合わせ方。ヴォクスは、一つ一つを根気強く自分のものにしていった。
ある日、レクシアが授業の様子を見に来た。
「面白いね、その練習」
レクシアは、興味深そうに、ヴォクスの様子を眺めていた。
「私も混ぜてもらっていい?」
ヴォクスは、少し戸惑いながらも頷いた。レクシアは彼の前に立つと、簡単なお題を出した。
「私に何か伝えたいことを、話してみてください。何でもいいので」
ヴォクスは、しばらく考え込んだ後、拍を意識しながらゆっくりと、言葉を紡ぎ始めた。
「僕は……いつか、自分の言葉で、誰かの、心を、動かしたいと、思っています」
詰まりながらも、その言葉には確かな実感がこもっていた。レクシアは、静かに耳を傾け、聞き終えると深く頷いた。
「ちゃんと伝わってきました。むしろ、その丁寧な間の取り方が、言葉に重みを与えている気がします」
その一言に、ヴォクスは目を大きく見開いた。
「重み、ですか。詰まることが、弱点だとばかり、思っていました」
「詰まることと伝わらないことは、別です」
私は、そう付け加えた。
「きっと兄上の雄弁さとは違う形で、あなたの言葉にはあなたにしかない、伝え方が育ちつつあります」
ヴォクスはしばらく、その言葉を噛み締めるように黙り込んでいた。それから、静かに、確かな声でこう言った。
「もっと、この、自分なりの話し方を、磨いていきたいです」




