# 第五十八話 言葉に詰まる者
ドラゴン族の青年が拠点を訪れたのは、静かな雨の降る日のことだった。
整った身なりに、鱗を思わせる艶やかな肌。ドラゴン族特有の威厳を感じさせる佇まいだったが、その表情には、隠しきれない緊張の色が浮かんでいた。
「あ、あの……」
青年は、口を開きかけたが、言葉が続かなかった。何度も、唇を動かしながら、それでも、音がうまく出てこない。もどかしそうに、拳を、握りしめている。
私は、急かさず、その言葉を静かに待った。
「す……すみません。時間が、かかって」
ようやく、絞り出すようにそう言うと、青年は深く頭を下げた。
「僕は、ヴォクスと、申します」
名を名乗った後、ヴォクスは少しずつ、自分の事情を語り始めた。詰まりながらも、丁寧に言葉を選びながら。
「僕の家は、代々、雄弁を、誇りとする、名家です。兄は、幼い頃から、演説の才に、恵まれていました。誰もが、兄の言葉に、耳を、傾けます」
その声には、隠しきれない羨望と、それ以上の諦めが滲んでいた。
「僕は……物心ついた頃から、言葉に、詰まる癖が、ありました。大事な場面ほど、余計に、うまく、話せなくなる。家では、跡継ぎの座は、とうに、兄のものだと、決まっています。僕には、期待も、されていません」
ヴォクスは、そこで一度言葉を切り、深く、息を吸った。
「それでも、僕は、諦めたく、ないんです。雄弁でなければ、ドラゴン族として、価値がないと、決めつけられるのが……悔しくて」
その一言には、これまでの静かな諦めの奥に、まだ、消えていない確かな反骨心が宿っていた。
「王都の噂で、型にはまらない、教え方をする方が、いると、聞きました。僕にも、何か、できることが、あるのでしょうか」
私は、しばらく考えを巡らせた。吃音というものは、これまで私が向き合ってきた、どの「欠け」とも、少し、性質が違うものだった。だが、根底にある問いは、変わらないはずだった。
「一つ、聞いていいですか。あなたが本当に目指したいものは、何ですか。兄のような、雄弁さそのものですか」
ヴォクスは、少し驚いたような顔をした。しばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「わかりません。ただ……誰かの、心を、動かす言葉を、自分の言葉で、話せるように、なりたいんです。それが、流暢である必要が、あるのかどうかは、正直、自分でも、まだ」
その答えに、私は静かに頷いた。
「一緒に、探してみましょう。流暢さとは別の場所にある、あなたなりの言葉の届け方を」
ヴォクスの目に、微かな光が灯った。
「お願い、します」
その声は、まだ詰まりがちだったが、確かな意志を宿していた。




